最強がいない時 語り手︰美倉紅玉
「誰も来ないな」
隣に立っている双子の妹、槿花に俺はそう言った。秋といえど、気温はまだまだ夏だ。それでもすぐに動くためには、外で見張りをしていなくちゃいけない。俺と槿花は一番高い建物の上で、見張りをしている。
「そう——だね」
槿花は今にも壊れそうな笑みを浮かべて答えた。俺の内心は穏やかではない。美倉家の間では、野田優愛の名前は有名すぎるほどに有名だ。当主殺害の名で指名手配もされている。霊能界で最も大きな大家である美倉家では、指名手配された人間を100名の霊能者で構成されている精鋭部隊である『正倉』が調査、処理することになっている。
今回、野田優愛に出された手配書の内容はこうだ。――当人には、美倉家当主の殺害の疑惑あり。正倉が調査、処理を行われたし。なお、美倉家の者が当人を確認、もしくは捕獲し場合、正倉に通報、引き渡しの義務を果たせ。当人がこれを拒む場合、殺害処置を行なってよいものとする。この命に反したものを、同罪とみなし、同様の処理を行うものとする
つまり、俺は野田優愛に会った時点で、通報を行わなければならなかった。もちろん、この手配書通りに手を打った。けれども、正倉の者を追い払うなとは言われていなかった。だから、俺は研究所に来た正倉の構成員を殺した。仕方なかったとは言わない。だが、美倉家は身内に厳しい。霊能界で1番大きい家なのに、1番臆病なんだ。裏切り者は、絶対に許さない。すぐに正倉が全員で殺しに来る。それこそ、今夜にでも来るかもしれない。
「怖い?」
「いや。槿花がいるから怖くないよ」
槿花は強い。霊力は変わらないのに、精錬する刃物の高度も、切れ味も、全く違う。こういうのを、才能と言うのかもしれない。
「そうそう、聞いてよ紅玉」
「なに?」
「駿さん、かっこよくない?」
「そうか?」
槿花も中学生だ。年頃の女の子なんだから、異性にも目がいくだろう。
「あんまり近づくなよ。バレちまう」
「そうかな?」
「そりゃそうだろ。なんたってお前は――」
「コンコン」
俺と槿花の会話に、声でノックしてきたのは、空音だった。
「なんですか?空音ちゃん」
夜だというのに、むしろ昼間よりも映えて見える見た目は、霊能で飾られているらしい。人数は少ないのに、霊力が有り余っているせいか、離れていても強力な霊力の片鱗を感じる。
「紅玉くんでしょ」
「?」
「何の話ですか?」
「優愛ちゃんのこと、通報したの」
騙りの霊能者からしてみれば、俺が吐く嘘など、とるに足らない嘘だったのだろう。あっという間にバレてしまった。
「なんのこと?」
槿花が返してくれたことに、俺はホッとする。
「式神は黙っててよ。私は今、両方を裏切った怠け者と話してるんだから」
空音は、槿花に冷たく言い放った。式神――と。槿花の目が、大きく開かれた。
「あれ?意外だったかな。私に気づかれてないと思ってた?」
いや、遅かれ早かれ気づかれるはずだっただろう。むしろ、気づかれるべきでさえある。ただ、気づくべきだったのは、石谷空音であるべきではなかった。天才の石谷空音ではなく、正倉の構成員であるべきだった。ライバルではなく、身内の調査員であるべきだった。
「確かに、この式神すごいよね。視覚だけじゃなくて、聴覚にも、触覚にも、嗅覚にも騙りかけてくるし、何よりも体温がある。――食べるしね。でもさ、それだけだよ。思考もなければ、霊力の流れもない私みたいな嘘つきにとって、それが1番の不自然なんだよ」
石谷空音は、畳み掛けるように言った。俺の嘘が、まるで最初からバレていたと言わんばかりの速さだ。
「わかってたよ、最初から。ひと目見たときから、君が嘘つきだってことはね」
――裏切り者だとは、思ってなかったけど。
「嘘つきでも、嘘つきなりに頑張ってるんですけどね」
俺は槿花を解除した。槿花は、俺とは別の霊力の波を持っている。元は、実在した人間だったのだから、当然だ。
「でも、不思議なんだよね。石谷家のデータバンクを探したら、美倉槿花の名前が本当にヒットしたんだよ。これって、どういうことなのかな?」
話そうか、話すまいか。どちらが俺に有利に働くのだろうか。
「無駄だよ?悩むだけ。君の思考は私に筒抜けなんだから、話したことも、話さなかったことも、全部私に聞こえてる」
俺は、今まで悩んでいたことがすべて馬鹿らしくなって、笑いが溢れた。
「あはは。あはははははははははは!」
確かにそうだ。俺が考えて駆け引きしようとしていることも、俺が悩んだことも、俺が抱いている感情も、すべて、この人にだけは、筒抜けなんだ。駆け引きなんてしようとするだけ無駄だ。そもそもの大前提が成り立っていないのだから。
「そうだよ。全部喋っちゃいなよ」
「そうですね。全部喋るよ」
槿花は、元々俺の双子の姉だった。美倉家は、子育てを親がしない。美倉家の中で生まれた子供は、生まれてすぐに親から引き離され、美倉家独自の養育施設に入れられる。理由は、親の霊能者をすぐに復帰させるためだ。だから、出産した2週間後には、8割の女声が前線に復帰する。ただでさえ人材の足りていない業界なんだ。ただの1人でも抜ければ、他の人間に被害が行く。質を量でカバーする。それが、美倉家の方針だから。
姉の槿花が生まれた10分後に、弟の俺が生まれた。小さい頃はそりゃあ、マウントをとってきた。たったの10分で。小学生くらいまでは、それがtすごくうざったく感じたが、中学生になってからは前線に送られることも多くなって、同い歳の友達が死ぬところも見た。だからか、あと何回、このやりとりができるんだろうと、会話の1回1回が、すごく重く感じた。
死はリレーのように回ってくるものだと、俺達はそう感じていた。
次に誰がバトンを受け取るか。
いつ受け取るのか。
その程度の話でしかないのだと。死ぬときなんて選べない。自分で死なない限りは。俺達は2人とも、そう感じていた。だから、顔を合わせれば喋ったし、時間があれば一緒にいた。双子だからか、話したいと思うタイミングも一緒だったし、とる行動も同じだった。でも、能力の差は、同じじゃなかった。
悪魔の主、野田優愛を捕獲し、研究する。そんな話を聞いた時、俺は馬鹿だと思った。悪魔を研究なんてするべきじゃない。そんな事、石谷家にさせればいい。第一、悪魔を捕獲できる程の戦力が、うちにあるのか。そんな俺の杞憂も虚しく、その作戦は実行された。結論から言うと、作戦は成功した。悪魔が全面に出ている状態の野田優愛を、精鋭部隊の正倉が捕獲し、厳重に警戒された地下牢に入れた。エクソシストも呼んで、監視体制も万全に見えた。
「地下牢から野田優愛が逃げた」
「当主様が殺された!」
そんな伝令が館中を駆け巡ったのは、捕獲成功から1時間と経たない時だった。大の大人が声を裏返して叫び、殺されていった。なんでも、エクソシストも、監視も殺して、監禁小屋の近くにいた当主も殺したのだとか。美倉家は、家中の戦闘員を集めて事態の鎮圧に動いていた。その中には、学生ながらに美倉家の中ではかなりの成績を修めていた槿花も含まれていた。
「行くなよ。どうせ殺されるだけだ!」
「行くしかないよ。死ななかったときが怖いもん」
裏切り者には厳しい美倉家の信念が、マイナスに働いた瞬間だった。
槿花は双刀を出して障子を開け、廊下に出た瞬間に頭を蹴り飛ばされて殺された。当然の結果だった。何十年も最前線で戦ってきた手練たちが殺されてるんだ。誰も勝てるわけがない。
「お前は、かかってこないのか?」
俺の前に立った悪魔は、俺にそう聞いてきた。
「勝てるわけないだろ。勝てないやつに挑んでも、苦しいだけだ」
「くだらない。殺すだけ無駄だな」
悪魔は俺の前から一瞬で消えて、霊視の範囲から消えた。
「槿花……。槿花……」
俺は槿花の体を抱き寄せた。誰も知らない俺の霊能。それは、魂の抽出とそれを中心とした式神の構成。不老不死につながる、忌まわしい霊能だ。俺は頭を回収して首をつなげ、心臓の場所に手を置いた。その手は体の中に溶けるように入り込む。しかし、指先に触れたのは心臓ではない。魂だ。死んだらすぐにどこかに行ってしまう。この方法は、死んですぐの相手にしか使えない。
「お願い、戻ってきて」
泣きそうになりながら、俺は魂を引き上げて槿花の口に入れ直した。物質としての体が溶け、霊力で再構築される。
「あれ?私、死ななかったっけ?」
数秒後、横たわった体を起こして槿花はそう言った。
「だから、データ上では槿花は死んでいない。生存したまま。たまたま、悪魔が逃げていただけだ」
「なるほどね。つまるところ、紅玉くんはシスコンだったわけだ」
石谷空音はそう言って、体を後ろに向け、ドアの方へと歩き出した。俺はその背中に問いかけた。
「もういいのかよ」
「紅玉くんが裏切り者じゃないって、わかったからね」
「でも、美倉家は裏切ったぜ」
「私達の事は、裏切ってない。それだけで十分だよ」
石谷空音はそう言うと、今度こそドアから涼しい室内に入っていった。俺はそのことを羨ましく思いつつも、仲間と認められた気がして嬉しかった。
「てか、次の見張り空音じゃん」
霊能物語本編第六篇「最強の不在」第一話「最強がいない時」を、語り手美倉紅玉でお送りしました。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




