責任
夜ふけまで続いたパーティーも、私の寝落ちとともに締めくくられたらしい。聞いた話によると、寝落ちした私を、狐影さんが部屋まで運んでくれたようだ。もともと、支部にそう長くいる予定はなかったので、私の部屋は、出発する前と大差ない状態にある。
「ん……。昨日の夜部屋に戻ったっけ?」
初めての朝は、懐かしさと共に訪れた。見知った天井も、一ヶ月も経てば忘れていた。第34支部での死闘も、昨日の蓋棺虚神との死闘も、所長の自殺も、パパが殺されたことも、すべてが私の長い長い夢だったんじゃないかと、そう思った。それと同時に、この空間の、居心地の悪さにも気づいた。大してみんなと関われてはいないけど、第34支部のあの空間が、自分は居心地良かったのだと、そう気づいた。
不意になったスマホには、マンガアプリからの通知が来ていて、メッセージを削除しつつ、私は連絡先を開いた。そこには変わらず表示されているパパという連絡先と、所長の連絡先。空音ちゃんや優愛ちゃん、槿花ちゃんに白さん。駿くんと鷹清くん、紅玉くんまで。第34支部で出会った、ほぼ全員の連絡先が入っている。そこで初めて、昨日までの事は、夢じゃなかったのだとわかった。心底安心した。
コンコンコンと、部屋のドアがノックされた。
「瑠衣さん、起きましたか?」
ドアの向こうから、狐影さんの声が聞こえた。
「はい!」
私は大きな声で返事をして、タンスから適当に出した服に着がえてドアを開けた。
「話したいことがあるので、所長室に来てください。瑠衣さんの分の食事は、もう運んでありますので」
狐影さんは、昨日とは打って変わって(昨日もそうだったかもしれないが)、少し険しい表情でそう言った。こころなしか、声にも少し棘があるような気がする。
「わ、わかりました」
「では、所長室で」
狐影さんが軽く会釈して去っていったのを見て、私はドアを閉める。正直なところ、昨日、あんなことがあったばかりだから、私としてはあまり所長室にも近づきたくないのだが、狐影さんの言い方からして、かなり大事な話なのだろう。呼び出されたからには、行くしかあるまい。
私は、手早く済ませた身支度を、もう一度、今度は細かく行う。空音ちゃんに教えてもらったことだが、身支度というのは、その人の心の余裕と関係しているらしい。なんでも、身支度ができる人は、心に余裕のある人なのだとか。かなり大事な話をするのだから、身支度もそれなりに綺麗にしていく必要があるだろう。軽くシャワーを浴びて身を清め、洗顔をして化粧をする。服をもう一度選び直した頃には、30分が経っていた。
「まあまあだな」
道中、海豚さんにあったので、これから所長室で狐影さんと大事な話をするいう旨を伝え、自分の身なりを採点してもらったが、そう評価されてしまった。私としては、過去一綺麗な身なりになったと思ったのだが、そうでもなかったらしい。
「もともと、霊能力者っていうのは、霊力が勝手に身なりを整えてくれるから、化粧とかしても、あまり効果がないんだよね。服を選ぶセンスは必要になるけど、ニキビとかもできないし、肌荒れもしない。痩せることも、太ることもない。体にとって、最高のコンディションを、霊力が常に整えてくれる。だから、服と風呂さえ気を使えば、基本的にあまり変わらないんだよね」
言い訳がましくも聞こえるが、海豚さんはそう言い足した。
「それもそうですね。ありがとうございました」
私は海豚さんに礼を言い、大急ぎで所長室に向かった。
「失礼します」
「失礼されます」
私の入室の言葉に、狐影さんは、面白おかしく返してくれた。
「座って」
「はい」
座るよう促された席には、既に私の分の食事が用意されていて、向かい側には、まだ手つかずの狐影さんの分の食事があった。
「いただきます」
「いただきます」
私が食指を伸ばしたのをみて、狐影さんも食べ始める。味噌汁を飲み、副菜を食べ、主菜を食べ、主食を飲み込む。
「それで、話ってなんでしょう……?」
私は、狐影さんがある程度食べたのを見て、そう投げかけてみた。狐影さんの動きが一瞬止まったが、大急ぎで持っていた茶碗を下ろし、箸をおいて何やら鞄から資料を取り出し、私に一冊渡してきた。
「これを見てほしいんですが……」
その資料には、『怪異研究所本部所長死亡に伴う新所長の選出について』と、書かれいる。
「規則に則って、新所長は瑠衣さんになります」
「え?」
狐影さんの口から、信じられない言葉が発せられた。
「私が、新所長ですか?」
もっと、相応しい人物がいるだろう。例えば、狐影さんとか。
「私、書類仕事とかやったことないですよ?」
私は、自分がいかに相応しくないかを、一生懸命アピールしようとした。
「大丈夫ですよ、そういうのは、印鑑以外は私がやるので」
「あ……。それなら……」
大丈夫か。確かに、所長が書類仕事しているの、あまり見たことがないな。10年一緒にいたけど、大体私の付き添いで訓練棟にいたし、そうじゃないときも、私と一緒にいたし。
「なので、毎日、もしくは週に1回、印鑑を押していただければ、あとは今までとあまり変わりない形になります」
私が渡された資料をめくり、業務内容や、コンプライアンスについて書かれたそれを見ていく。
「質問等はありますか?」
私は大雑把に一通り見る。
「これと言ったのはないんですけど……」
今の私にとって、いちばん大事なのは……。
「第34支部でも、その仕事って、できますか?」
「できません」
狐影さんは、即答した。できない、と。
「研究自体も、所長がいないと成り立たないものも多いんです。これ以上、怪異の研究を停滞させるわけにはいかないんです」
資料では、怪異研究所本部所長の選出についてこう定めている。
第一項 怪異研究所本部の所長は、当代における最高の霊能力者が務めること。
第二項 第一項について、相当人物に処理能力及び責任能力がないとみなされた場合、次席の霊能力者が代理で行うことを認める(以下についても同様とみなす)。
第三項 第二項について、処理能力があるとみなされる年齢、または状態になった場合、次席以下の者は、上位の者にその業務を速やかに移動すること。
つまるところ、私が小さい時から昨日まで、村田終夜がそれを引き受けていたわけだ。昨日の、村田終夜による騒ぎのなかで、彼の役目は空席になった。さらに、私が何者かによって、ここで言うところの"処理能力"があると認められた。
「私は、これを拒否することはできないんですか?」
「できません」
狐影さんは資料をめくり、所長の業務についてのページを開いた。
第一項 怪異研究所本部所長の業務の最重要業務は、研究で使用された怪異たちの処理であるものとする(このため、代理人には当人と同等の実力者であることを求める)。
第二項 当人及び代理人が、業務を拒否することは、当国の法によって禁じられている。
第三項 怪異研究所本部は、この国の怪異研究の最先端施設であり、最重要研究施設である。当施設で行われる研究は、怪異研究を導く研究であり、研究者たちがそれぞれの研究を気兼ねなく行える環境を作ることが、所長の責務である。そのため、研究所内外で研究に使用された怪異の処理を行えるものを、所長とする。
「特に重要なのが、第三項です。この項では、所長になる人物を指定しています。暗に、選出基準を上げています。さらに、ここの第二項で、拒否権を剥奪しています。だから、本部所長の任を拒否することも、他者に譲ることもできません」
――諦めてください。と、そう言われているような気がした。
「ちなみに、参考までに聞きたいんですけど」
「はい」
「国内での、第3席って、誰なんですか?」
「はい?」
「ですから、首席は私ですよね。で、昨日まで、次席は村田終夜でした。だけど、第3席の人、私知らないんですよね」
狐影さんは、少し悩む素振りを見せたが、しばらくして口を開いた。
「霊能界から追放された方ですけど、透石偉黎って人が、第3席かなって、個人的には思います。公認の第3席だと……。蛇崎家の当主か、石谷家の当主になってくるんじゃないでしょうか」
じゃあ、透石偉黎って人を連れてきたら、私の代わりに怪異の処理とかをしてもらえるかもしれないってことか。書類仕事は、データさえ送ってもらえば、第34支部でもできるもんね。
「何を考えているか当てましょうか」
私は狐影さんの目をじっと見た。
「第3席の人に、業務を代わってもらおうとしていますよね」
私はさらに見つめ続ける。5秒ほど見つめたあたりで、狐影さんが「はぁ」と、ため息をついた。
「村田所長も、こんな気持だったんですかね」
「?」
「いいですよ、できるならね」
「やった」
私は、声に出してあからさまに喜ぶ。しかし、狐影さんは「ただし」と圧のある声で私を制した。
「期限は1週間です。これ以上は待ちません。1週間以内に、代理人を見つけられなかった場合、村田所長が何を考えていたとしても、所長の業務も、あなたにやってもらいますからね」
狐影さんのだした条件に、私は無言で頷いた。
霊能物語本編第五篇「本部」第七話「責任」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします!コメントまでしていただけると嬉しいです。誤字報告等は、小説家になろうのログインに関係なく、常時受け付けておりますので、作品の質の向上のため、報告していただけると助かります!それでは、次のお話でお会いしましょう!




