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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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故郷

 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

 誰が詠んだか知らないが、確かこの歌の意味は人の心はどうだか知らないが、ふるさとの花は昔と変わらず美しく咲いているといったような意味合いだったはずだ。研究所育ちの私に、故郷と呼べるほどの物があるのかは知らないけれども、強いて言うのなら、怪異研究所の本部が、私の故郷になるのだろう。人生の大半を私はここで過ごしたし、人生の大半を、ここに費やした。ここを故郷と呼ばずして、私に故郷と呼べるものはない。

 もっとも、故郷だなんだと言ったが、私の今の戸籍はここに置かれているし、住所を移したわけでもないから、今も私はここに住んでいることになっているのだが。そういう意味では、ここは故郷ではなく、現住地になるのかもしれない。現に、今見ても大した感想は出てきていないし、懐かしい気持ちもなければ感動で涙が出てくるわけでもない。ただ、そこに帰ってきたという感想があるだけだ。

 「お帰り、瑠衣」

 「ただいまです。所長」

 私を迎えてくれたのは、村田所長だった。相変わらず――2,3週間で変わるはずもないが――の若々しく性別を困惑させる見た目は、私にとってのこの研究所の象徴でもある。村田所長を見ることで、私は本部に帰ってきたのだという実感が初めて湧いた。

 「34支部はどうでしたか?」

 「まあ、そこそこ良かったですよ。本部とは違う経験ができました」

 自分でも、少しませた回答だと思っている。しかし、大人にはこれが受けるのだから、仕方あるまい。所長の質問は、常に大人の回答が用意されている。それ以外の回答は、基本的に不正解だ。物腰の柔らかい彼だが、質問に対しては正確に答えることを要求してくる。お世辞にも、所長は教育がうまいとは言えないのだ。

 「そうですか。それは良かった」

 「……」

 「後でゆっくり、土産話を聞かせてくださいね」

 「はい」

 私としては、ここに呼び戻された理由を早く聞きたいのだが、そうは言えない。彼は自分のペースを乱されるのをすごく嫌がる。私は静かに彼の後ろをついていく。本部しか知らなかったから、今までなんとも思わなかったが、怪異研究所の本部は、結構年季が入っているようだ。34支部に比べて、細部の汚れやヒビがすごく多い。こういうのが、古い建物に見える原因なのだろう。

 「石谷空音はどうでしたか?」

 「はい?」

 どうでしたか、とはどういう意味なのだろう。人についてどうこう言うのは、無粋というものではないのか。

 「あなたとは、馬が合いそうと思ったのですが」

 馬が合ったかと言われたら、合ったという回答になるだろう。逆に、彼女と馬が合わない人間などいるのだろうか。彼女は人の心が読めるのだから、誰とでも気が合いそうなものだ。

 「そうですね。大きな喧嘩もなく、馬が合ったのかと言われたら合ったのだと思います」

 「そうですか。それは良かった」

 「ところで、どの棟に向かっているんですか?」

 話をしていたから聞かなかったが、私が10年近くを主に過ごした研究棟でもなく、幻の棟でもない場所に、今私は向かっている。明らかに、今までとは違う。

 「ん……。言ってませんでしたか?今から向かうのは、保管棟ですよ」

 ――監視棟ともいいますがね。

 保管棟の話など、聞いたこともない私は、思わず顔をしかめてしまった。確かに、名前を知らない棟は、いくつかある。10年近くを過ごしたと言っても、所詮は子供なのだからそんなものだ。大人たちは、子供に隠し事をつくりたがる。だから、私は10年近くここで過ごしても、未だに名前を知らない棟があるが、それは棟と名前が一致していないと言うだけで、聞いたことがないというものとはわけが違う。

 「聞いたことなかったですか?」

 「……はい」

 私がそう言うと、所長はゆっくりと頷いて、保管棟について教えてくれた。

 「保管棟はね、実験で使う怪異とか在中している戦闘員では処理できない怪異を保管、管理、監視している棟だね。だから、監視棟とか、いろんなあだ名がつけられる」

 なるほど、そんな感じの場所なのか。

 「でも、研究棟の地下にも、同じような場所がありますよね?」

 確か、そこにも怪異を閉じ込める場所があったはずだ。

 「!」

 「?どうかしました?」

 所長は、面食らったような表情をしたが、すぐに元に戻った。

 「いえ、そこを知っていたことに驚きまして」

 「?」

 何を言っているのだろうか。所長が連れて行ってくれただろうに。

 「所長が連れて行ってくれたんですよね?」

 「そうでしたか?」

 本当に、何を言っているのだろうか。この見た目でも、中身は老けてしまうのだろうか。

 「ああ、そう言えば、見えてきましたよ」

 研究棟からは見えない位置にその棟はあった。比較的新しく見えるその棟は平屋で、木造のように見える見た目をしていた。確かにこれなら、私が知らないのも無理はない。

 「気づきましたか?」

 「はい」

 不思議な建物だ。この建物からは、霊力を全く感じない。こんな建物が、この世にあるなんて。

 「この造りで、すべてを造るのは無理がありましてね。どうしても、この大きさになってしまったんですよ」

 それで、こんなにも小さいのか。この建物の大きさは、せいぜいバスくらいのものだろう。どんなに繕っても、それより大きくは見えない。

 「その代わり、地下に空間が広がっています」

 そう言って、所長は建物のドアを開けた。保管棟と言うだけあって、試料だけを保管しているようではなかった。備品の保管場所も兼ねているのだろう。開けてすぐ目に入ったのは、大量の仏具・神具であった。こんなに霊力に満ちたものがあったら、怪異たちもさぞ苦しかろう。

 「どこに、地下の入口があるんですか?」

 私が急かすように言うと、所長は「まあまあ」と宥めるようにいった。

 「ここですよ」

 所長は、何の変哲もない床を、強く踏んだ。静かな音をたてて床が上に動くと、人が並んで3人は入りそうなほどの幅のある階段が、姿を表した。

 「この下に、今回見せたいものがありまして」

 なんだろうか。この下からも、霊力は感じられない。私が先にこの空間の答えを探すのは、難しそうだ。死ぬことはないだろうが、早くパパにも会いたいし、手早く終わらせよう。


 「研究棟の地下とこの地下の保管棟には、大きな違いがあるんですよ。なにかわかりますか?」

 「霊力の干渉を受けない物質で造られていることですか?」

 「正解です。ですから、より凶悪な怪異でも、簡単に閉じ込めておくことができます」

 そんな素材の存在自体、彼から習ったことがないが、この棟が存在しているということは、そういう事なのだろう。

 「ですが、人間というのは暗い生き物でして、この棟は次第に別の目的でも使用されるようになっていきました」

 「?」

 「刑務所は、知っていますよね?」

 当然だ。知らない人間のほうが、圧倒的に少ないだろう。

 「怪異政策における政治犯を使った、歴代の研究者による人体実験も行われてきました」

 気持ち悪いとか、おぞましいという感情よりも、真っ先に湧いてでたのは驚きだった。そんな事があるのか、あっていいのか。

 「そして、それは今も続いています」

 そんな彼の言葉と同時に、私達は1つの大きな窓が取り付けられた、やけに大きい部屋の前に着いた。

 「あなたに見せたいのは、この部屋です」

 彼が、大きな窓の横についたスイッチを押した。窓の向こう側が、ぱっと明るくなる。向こう側には、1人の男が椅子に縛られていた。どうやら目隠しと口枷もされているようだ。その様子は落ち着いていて、こちらが見ていることにも気づいていないようだ。痩せてはいるが、椅子から立ち上がれば、そこそこの170センチはかたいだろう。

 「誰かわかりますか?」

 所長の言葉に、私が知っている人なのだろうかと、目を凝らした。

 「パ……パ……?」

 私の反応に、所長は満足そうに頷いた。

 「ええ。瑠衣さんの父親、藤樹榴ですよ」

 父に何をするつもりなのだろうか。おおかた、いいことではないだろう。

 「私のパパに何をするつもりですか?」

 私は所長を強く睨んでそう聞いた。私には、彼にそこまでの権利があるようにみえない。明らかに、これは違法行為だろう。

 「何と言われましても、これからどうなるのかは、彼の実力次第ですよ」

 私は、視線を窓の向こう側に戻す。強く殴れば、この窓を割ることもできるだろうか。

 「無駄ですよ、この窓は、蓋棺虚神を封印してきた窓です。この窓には、建物と同じ、霊力の影響を受けないような加工がされています」

 そんな事は、やってみないとわからない。私は、全力で窓を殴った。ばああんという低い音が建物全体に大きく響いた。

 「無駄だと言ったでしょう」

 窓には、傷どころか拳の痕すら残らなかった。

 「パパ」

 「瑠衣さんの愛するお父さんには、これからあることをしてもらいます。何だと思いますか?」

 わからない。所長が今から何をしようとしているのか。全くわからない。

 「見たらわかりますよ」

 所長は、さっきとは別のボタンを押した。すると、パパを拘束していた枷が全て外れ、パパが立ち上がった。パパは周囲を頻りに見ている。

 「さあ、実験を始めましょうか」

 もう一度、別のボタンを所長が押すと、拘束具が何処かに収納され、代わりに上から何かが降ってきた。異国の人々のように美しい黒い肌には、金色のタトゥーが入っている。波のようにうねりながら模様を成すそのタトゥーは、太陽を形どっては月を浮かべ、陸を創っては海に沈めた。球を2つ創ったら、それをぶつけた。その体躯は大きく、体つきは丸かったが、男とも女ともとれた。服は白く、彫刻にあるような、ギリシャ神話の神々の出で立ちをしていた。身体の威圧感もさることながら、それだけでは説明のつかない恐怖を放っていた。

 「何か、知っていますよね」

 そいつは、私のいる方向を見て、にやりといやらしい笑みを浮かべた。

 「蓋棺……虚神」

 「正確には、その分身ですがね」

 それは、実験と言うにはあまりにもあっという間で、戦闘という形さえ保てていなかった。蓋棺虚神は右手に持った短槍で、私のパパを一突きで殺してしまった。

 「あああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」

 生まれて初めて、心の奥底から私は叫んだ。

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