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霊能物語  作者: 野沙朝臣
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2週間前 語り手:村田終夜

 瑠衣が34支部に行って、かなりの時間が経った。最強である瑠衣がいなくなったことで、必然と、研究者としての業務よりも戦闘員としての業務のほうが多くなった。正直、こんな事を言ったら炎上するかもしれないが、所長としての業務は、私以外の誰にでもできる。この組織は少し特殊で、所長代理という役職があり、通常の霊能力者の3大要素である霊力、霊能、血筋のどれよりも、学歴や知識の深さが求められる。逆に言えば、それ以外の役職では3大要素の方が重視されるのだから、なかなかに理不尽な組織だ。

「所長、今日も怪異の処理をお願いしたとのことです」

 部下が私に所属研究者たちの申請書を渡してきた。

「モノノケの処理、ですよ」

「それは、瑠衣さんの口癖でしょう」

「私が昔言ってやつを瑠衣が真似たんです」

「そうなんですか」

 モノノケという概念も知らなかった少女が、私の手によって最強の霊能力者になってしまったことに、罪悪感がないわけではない。だが、それも私の目的のためだ、仕方のないこと。私は私の目的を果たして、その後のことは何も考えていない。死ぬにせよ、殺されるにせよ、すべてはその後だ。この世界に面白さはない。

「ええ、怪異という概念がこの業界全体で認められたのは、割と最近なんですよ。私のような老獪にとっては、モノノケのほうがしっくりくるんです」

「そうなんですね。それにしても、村田さんはあまり老獪にみえませんが」

「ははは。冗談がお上手で」

 あまり老けているように見えないと昔からよく言われるが、私自身はあまりよくわからない。顔の皺だって、昔よりは深くなっているし、最近は肌のハリも弱くなってきた。髪だって、随分前に総白髪である。

 「今日は何体くらいですか?」

 部下はパラパラと紙をめくり、枚数を数えていく。

 「えーっと、30体くらいですね」

 研究者たちが実験に使った怪異の処理は、代々最強の霊能力者の仕事である。今は、当人が不在のため、私がまとめて1日の終わりに処理している。

 「……やっぱり減ってますね」

 「まあ、瑠衣は処理できる量が違いますから」

 研究者たちも、私の年齢を気にしているのだろう。小出しにしているという話も聞く。そんな事されなくても、今の私でも日に100体くらいまでは余裕なのだが。

 「瑠衣さんと比べたら全員そうでしょう?」

 「それもそうですね」

 私は机に手をついて立ち上がる。

 「行きましょうか」

 「はい」

 怪異の処理室は、使われなくなった模擬戦闘室である。幻の棟――もとい、来客用の施設からそう離れていないこの棟は、訓練棟という名称で、周辺被害の大きい戦闘訓練を行う。こうは言っても、正直周辺に大きな被害をだせるような霊能力者は、本部にとどまることが少ない。現在の本部でそんな霊能力者は、私1人だろう。

 「今日の怪異は、1等から6等までです」

 「そうですか。では、離れててください」

 今回も、手応えのある怪異はいない。私が手応えを感じるのは、9等くらいからだろうか。若い頃は、なぜ私が微級怪異に等しい1等怪異のような怪異を処理しなければならないのかと思っていたが、今ではもう慣れてしまって、思うこともない。それに、極度に霊的な変化に弱い体質の者は、微級怪異でですら体調に異変をきたす。

 「ふぅー」

 私はゆっくりと息を吐き、霊力の出力を徐々に上げていく。この年になると、霊力を一気に上げてしまうのはかなりきつい。

 「ゲート、開きますね」

 スピーカーからのアナウンスに、私は首を縦に振って答える。すると、私の前にあるゲートが上に滑らかに動き、虫のような構造をした怪異から、人間に近い形をした怪異まで、多種多様な怪異が一気に溢れ出てくる。

 「全く、なんで君達のようなやつがこの世界に来れたのでしょうね」

 暴力的なまでに流れ出てくる怪異のほとんどが、私の霊力の壁にぶつかって潰れていく。それでも、何体かは周囲の霊力濃度のおよそ3000倍の濃度の私の霊力を突き進み、私のすぐ近くまでやってくる。物質化している彼らには、私の霊力が壁に見えるだろう。私のこの戦法は藤樹瑠衣にすら教えていない。身体への負担が大きいからだ。

 「こっちに来るのですら、大変だったでしょうに」

 私はたった一体で立ち上がる人間もどきの怪異の頭に、袂から取り出したナイフを突き立てる。のっぺらぼうのような顔に、ぎょろぎょろと動く目玉が点対称についた頭から、刺す瞬間に勢いよく血が吹き出る。彼らからしてみれば、私は悪魔だが、それも致し方ないだろう。理論上、こうやってこの世界で殺すことで、彼らは元いた世界に帰れるのだ。そういう意味では、私は天使なのかもしれない。

 「ゲートを閉じます。霊力濃度が下がるまで、しばらくお待ち下さい」

 機械的な音声が流れ、私の霊力を含む、この部屋の中の霊力が渦を巻き始める。霊力はダクトを通って本州各所にある重要な結界の霊力源となる。

 「室内の霊力濃度が外界と同程度になったことを感知しました。扉の開閉を許可します」

 機械的な音声が再び流れ、それと同時に部下が部屋のドアを開けた。

 「何度見ても、意味わからないですね」

 「よく言われますよ」

 まあ、霊力の少ない連中からしたら、私の戦闘スタイルほど意味のわからないものもないだろう。私だって、彼らの戦闘スタイルの理屈こそ理解できれど、共感できるのは瑠衣の戦闘スタイルだ。

 「これからのスケジュールはなにかありますか?」

 部下は、先ほどと同じように紙をめくり、スケジュール表らしきものを見た。

 「予定は……ないですね。お勤め、ご苦労さまでした」

 私はまだあがる気はないのだが、その部下はしっかりと頭下げた。

 「いいえ。あなたこそ、今日も頑張ったではありませんか」

 そう言うと、部下は勢いよく頭を上げて「滅相もございません」と言った。

 「所長に比べればそんな……」

 「そこで、もう一つ頼まれてほしいのだけど」

 「はい」

 「藤樹瑠衣の父親を、ここへ連れてきてくれませんか?」

 そう言うと、部下はきょとんとした表情になった。

 「瑠衣さんの、お父さんですか?」

 「ああ、恐らく研究棟で助手をやっているだろう」

 部下は、少し勘ぐるような仕草をしたが、結局怪しいところは思いつかなかったのか、「わかりました」と言った。

 「ありがとう」

 「いえいえ」

 怪しいところが見つからないのも当然だろう。私はこまめに彼とは会うようにしているし、それこそ、部下たちから見れば、彼と私は親友に近いものだろう。もっとも、彼がどう思っているのかは石谷空音じゃあるまいし、知る由もないのだが、それは彼も同じ事。私が彼のことをどう思っているのかを、彼らが知ることもできない。


 「お久しぶりです。村田所長」

 程なくして、藤樹瑠衣の父、藤樹榴が模擬戦闘室にやってきた。相変わらずの痩せこけた肌は、もはや病的にすら見える。

 「久しぶりですね、榴さん」

 何度も見てきたその顔は、出会った頃の面影もないくらいにくぼみ、私よりも一回りは若いはずの頭は、早くも白髪が目立っている。

 「何か、用でしょうか」

 手をもみながら顔をこちらに向けつつも、目は忙しなくあたりを見ている。

 「瑠衣さんがでて、もう少しで1ヶ月が立ちますね」

 瑠衣、というワードに身体をビクッと震わせたようにも見えたが、彼は落ち着いた声で「ええ」と応えた。

 「それが、どうかしましたか?」

 にこやかな笑顔を浮かべながらも、どこか余裕がないようにも見える。

 「そろそろ、出張の期間が終わりますね」

 「はい」

 「どうでしょうか。瑠衣さんを本格的に34支部に移すというのは」

 彼の表情が少し硬くなった。顔には相変わらずの笑顔が張り付いているが、視線が私で止まっている。

 「それは、どういう意味でしょうか」

 「お恥ずかしながら、瑠衣さんは同世代と活動していた時期が非常に短い。――私のせいでもありますが。瑠衣さんを超える霊能力者は、恐らく彼女が生きている限り現れないでしょう」

 「……」

 「つまり、瑠衣さんは自分より弱い人間と付き合う練習をしたほうが良いでしょう。力でなく、心で付き合う練習が必要」

 私は榴の目をしっかりと見る。

 「瑠衣さんを、本格的に34支部に移してみませんか?」

 榴のなけなしの霊力が大きく揺ぎ、減っていく。

 「俺は……瑠衣に親らしいこと何もしてやれてません」

 「……」

 予想外の言葉に、私は少し戸惑った。何を言い出すのだろう。答えになっていない。

 「そんな状態で、いつ死ぬかもわからない世界に、娘を押し出せるでしょうか」

 この言葉は、ノーということだろうか。

 「反対、ということでしょうか」

 「ええ。娘と会う時は、これが最後かもしれないと思うようにしているんです。娘は、この出張で大きく成長しているでしょう。我が子の成長を感じる前に、我が子を見ないという判断はできません」

 別に、見ることくらいはできるだろう。彼が言っていることは、すごく非合理だ。

 「所長には、分かってもらえると思ってますよ」

 そこまで言われて、わからないと答えられるほど、私の心は強くできていない。

 「わかりました。これだけなので、戻ってもいいですよ」

 「失礼します」

 榴は、私に背を向けて扉の方へと歩く。私は、その背中に「そうでした」と言った。

 「榴さん」

 榴の歩みが止まった。彼の体が、私の方に少しだけ向いた。

 「渡し忘れていたものがありました」

 私は、榴の方に小走りして近寄る。

 「なんです……か?」

 私は、持っていたナイフの柄で、彼の背を強く叩いた。彼は、白目をむき、口から泡を吹いて私の方に倒れた。

 「失礼しました。これが、メインでしたね」



 私の心には、20年前の蓋棺虚神の出現から埋まることのない穴が大きな口を開けて居座っている。その口を塞ぐことは、死んでもできないだろう。ならば、せめて原因に報いなければ。数日前に、桃斬童子を瑠衣が倒したと、空音から連絡があった。その際に、感情器官も修復したとも。霊力と感情には相関がある。これは私が提出した論文ではない。妻が提出した論文だ。私はそれを補強したに過ぎない。瑠衣の霊力の流動性は、感情を得ることによって高くなっただろう。それは、使える技術の幅が広くなったということだ。

 つまるところ、瑠衣は依然より戦略的に格段に強くなっている。少し、きっかけを与えれば、きっとあの悪神にだって勝てるはずだ。

霊能物語第四篇第二話「2週間前」を語り手村田終夜でお送りしました。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価と感想を書いていただけるとすごく嬉しいです。ブックマークも、忘れずにお願いします。

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