三十四、無実の罪で捕まりました
とっさに振り返った私が目にしたものは言い争う旦那様とエリクの姿。といってもエリクが一方的に旦那様に詰め寄っているだけで、旦那様は聞いているのかいないのかといった様子だけど。
「ねえ、ジェス君! どうしちゃったの? この人、君のお嫁さんでしょ。どうして助けてあげないの!?」
エリクだけは最後まで私のことを助けようとしてくれた。
「ねえホントにどうしちゃったの! 君のこと助けてくれた恩人なんでしょ!? ねえ、なんとか言ってよ……」
私ではなかったんですか?
私だと言ってくれたのは間違いだったんですか?
好きだと言ってくれたことも、一緒に過ごした時間も……これは、旦那様のことを忘れていた私への罰ですか? 忘れられてしまうことは、こんなにも心が痛むもなのですね。
この時になって私は初めて忘れられる痛みを知った。それを痛みと認識するほど、旦那様の存在が大きくなっていたことにも驚かされる。
私は心配そうに見つめていたエリクに首を振った。もういい。このままだとエリクまで疑われてしまう。貴方まで捕まることはない。私は大丈夫だからと伝わるように。
私の意図が伝わったのか、エリクは旦那様に詰め寄ることを止めてくれた。悔しそうな表情を浮かべ、私から視線を逸らす。
それでいいわ、エリク。私のせいでエリクと旦那様が喧嘩するなんて嫌だもの。
だから、だからね……? まずは誰か私に水を差し入れてちょうだいね! これから投獄されるかもしれないのに悠長ですって? 私の喉だって大変なんだから!
牢屋につれていかれると考えていた私は身ぶり手振りで必死で水を要求したけれど、連れていかれたのは自分の部屋だった。多少荒らされてはいるけれど、いつもと変わったところはない。部屋の前には見張りはいるけれど、とても王子暗殺容疑で連行された人間が押し込められる場所とは思えなかった。
身に覚えはないけれど、罪人といえば牢屋ではないの?
不思議がる私に兵士たちも察したようだ。なんでも旦那様からの指示で私を牢屋には入れることは出来ないらしい。彼らの話によると、旦那様が昔誰かと交わした約束なのだとか。
どうしてですか旦那様。約束のこと、憶えているんですか? それとも私のことなんて忘れてしまいましたか? どうしてですか、旦那様! 私は、貴方と話がしたくてたまらないのです!
「あ、あ、あー!」
ようやく私も、私の喉も落ち着いてきた。閉じ込められた後だから歌えるようになっても遅いけど!
歌は聴かせる相手がいなければ意味はない。私に残された特別な力といえば、あとは人間よりも泳ぎが速いことくらいだ。
「お邪魔しまーす。はいこれ水の差し入れ」
「エリク、来てくれてありがとう!」
普通に面会も許されているし、拘束はされてしまったけれど軟禁というところかしら?
私は友人の来訪を喜んだけど、エリクは不機嫌そうに眉をしかめた。
「それ嫌味? 僕は君のこと見捨てたんだけど」
「エリクまで一緒に捕まる必要ないじゃない。あれでよかったのよ。貴方は何もしていないし、というか私もよね!?」
「奥様っ!」
エリクに続いて扉を蹴破る勢いで入室してきたのはニナだった。
「な、何が起こって、どうしてこんなことに!?」
ニナに聞くとあのお茶は旦那様から渡されたものらしい。私に飲ませるように指示されたらしいけれど、つまり旦那様もあちら側ということ? でも私のことは忘れているみたいだし、いえ約束は憶えているみたいだけれど……
「もうわけがわからないっ!」
「ちょっと大丈夫?」
エリクが心配してくれる。取り乱しかけた私だけど、自分よりも取り乱している相手を見ると少しだけ冷静にもなれた。こんなことになってしまってニナの方が大変そうだったから。
「あああっ……どうしてこんなことに!? イデットさんが留守にしている間にこんな、大変なことになってしまうなんて……わ、私、どうすればいいんでしょうか!?」
「知らないよそんなの! 僕だって聞きたいんだから! なのにジェス君はあの人と海に出ちゃうしさ」
「え、海って、どうして海に?」
「なんか二人で行きたい場所があるんだって。誰も止めようとしないし、ホントみんなどうしちゃったの!?」
「でも旦那様、私と交わした約束は憶えていてくれたのよ。だから私、もう一度旦那様と会ってちゃんと話したい。そのためにはここから出たいんだけど……」
私は協力者となってくれる可能性がある二人の反応を窺った。反対するのなら眠らせてでも出て行く必要があるからだ。
「僕さ、さっきのジェス君は人が変わったみたいで怖かった。僕はいつものジェス君に戻ってほしいよ。君のことが大好きで仕方がないって、締まりのない顔を晒してるジェス君の方がいいよね」
「結構酷いこと言ってない?」
「そうかもね。だから内緒だよ?」
「任せて」
「けどさ、船で海に出たのなら今から追いかけても間に合わないんじゃない?」
「あら、泳げばなんとでもなるわ」
「いや君どれだけ泳ぎに自信があるわけ!?」
「これでも家族や友人の中では一番だったのよ」
「自信ありすぎでしょ!?」
「あるから二人に聞いているのよ。二人は私の敵、それとも味方?」
ニナは私からの質問に戸惑っていたけれど、エリクが躊躇うことはなかった。
「僕はジェス君の味方。だからジェス君のお嫁さんには協力してあげないとね」
「わ、私、私は……」
ニナは蒼白な顔で悩んでいた。見ているこっちが可哀想になるほどで、私は助言していた。
「ニナはここにいなさい。それで全てが収まるわ。何かあったら脅されたと言えばいいのよ」
「そんな奥様! わ、私は……ど、どうしよう……イデットさんはいないし、私、どうしたらいいですかエリク様!」
「そんなの自分で考えなよ。僕は自分で考えて答えを出したんだから。僕は自分とジェス君の想いを信じたよ」
「旦那様の想い、ですか?」
「僕はジェス君が、この人のことが大好きでしょうがないって知ってるの。なのにあんな風に冷たくあしらってさ。昔から金髪に青い瞳の女の人ばっかり探してたくせに、今さら何やってんだか」
金髪に青い瞳、それは旦那様の恩人である人魚の特徴だった。はっとするニナにも思い当たる節があるらしい。
「あ、そのお話……私も知っています!」
「でしょ。それで?」
「旦那様は、いつも話していました。ご自分の恩人である女性の話を。その方は青い瞳で、金色の髪で……! 奥様、エリク様、私も自分で決めました。奥様、私は何をすればいいですか!?」
頼もしい見方を得た私は見張りを部屋に引き入れ眠らせることに成功する。部屋からでた私たちはニナのおかげで人のいない通路を上手く進むことが出来た。時にはエリクが兵士の注意を惹きつけてくれたおかげでもある。
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また二人揃ってごはんを食べるために、エスティーナは頑張ります。私も頑張って更新しますよー!




