三十三、私は無実です!
「あれ、出掛けたわりには早いんだ」
城に帰ると私を迎えてくれたのはエリクだった。忙しい日はほとんで顔を合わせないこともあるから、今日はエリクと縁のある日だと思う。私は正直に早く帰った理由を告げた。
「旦那様のことが気になって早く戻って来たわ」
「それ、僕じゃなくてジェス君に言ってあげてよね。もうすぐ帰ってくると思うからさ」
「本当!?」
早く旦那様に会いたい。そう感じていることを一人で自覚してから、今度はエリクに冷やかされた。冷やかしは遠慮したいところだけれど、エリクだって心配してくれていた一人だ。まずは仲直りしてよねという応援に、旦那様が立ち寄るという部屋で一緒に待たせてもらうことにする。
けど、そもそも喧嘩をしたわけではないと言わせてほしいわね。とはいえ出掛ける前にもニナから心配されてしまったし、ここにイデットさんがいたら心配どころか顔を青くさせてしまったわね。実家に帰省していてくれて不幸中の幸いかしら。
イデットさんの心の平穏のためにも帰ってくるまでに解決しておかなければと気合を入れ直す。となるとタイムリミットは残り少ないどころか僅かとなってくる。
「そういえば、イデットさんは今日帰ってくる予定だったわね」
「あーあ、もう帰ってくるんだ。僕、あの人ちょっと苦手なんだよね」
「そうなの? とてもそんな風には見えなかったけど」
「甘い物食べ過ぎるなって口うるさいんだもん!」
子どもっぽい理由にうっかり笑ってしまったら身構えた通りに怒られた。エリクは頬を膨らませて、自分の話を誤魔化すように早くこの気まずい空気なんとかしてよねと再度念を押す。
まだ帰らない旦那様を不安に思いながら、私は落ち着こうとメイドが用意してくれたカップを手に取った。じっとしていると悪い想像ばかりしてしまうから、気を紛らわせるためにもと手配してもらったものだ。ほんのりと赤く見える紅茶からは美味しそうな香りがする。
けれど一口飲み込んでから、喉の奥には違和感が残った。消えたはずの液体は爪痕を残し、私はとっさに口元を手で覆う。
「君、どうしたの!?」
異変に気付いたエリクが席を立つ。慌てて私の隣に膝を着くと様子を窺っていた。
咳き込み、飲み干しきれなかった液体が口元を伝う。じわじわと涙まで滲み始めた。
「まさか毒!? 誰か……い、医者!?」
狼狽えるエリクを安心させようと私は彼の手を握り手のひらに文字を書く。
「か、ら、い……え、辛い?」
私が書いたのは辛いという単語だ。その瞬間のエリクの冷め切った眼差しといったらない。私は辛くて声あげられないに!
「なんだ、焦って損したよ。砂糖と塩でも間違えたのかな?」
そういう次元の辛さとは違うんと思うけど……
生憎主張は出来そうにない。まだ喉の奥が燃えているような気がする。
「水、貰ってきてあげるからそこになよ」
エリク様!
思わず様付けしてしまうほどの有り難さだ。何度も頷く私に呆れながらエリクは部屋を出ようとする。同時に扉が開き、慌ただしい足音が室内になだれ込む。武器を構えた兵士たちが私を中心に取り囲み距離を取る。まるで何かの罪人のような扱いだ。
「ちょっとどういうつもり! この人が誰だかわかってるよね!?」
喋れない私の分までエリクが代弁してくれる。エリクの強気な態度はこんな時には効力を発揮するものだった。
「ですがエリク様、その女は危険なのです! すぐに離れて下さい!」
「はあ? この人がなんだっていうの」
「その女は恩人であると嘘をついてラージェス様に取り入った挙げ句、暗殺を企てていたのです!」
それ、私のこと?
「はあ!? 何馬鹿なこと言っちゃってるわけ?」
ほら、エリクもこう言っているでしょう!
「証拠でもあるの? だいたいこんなことしてジェス君に怒られてもしらないからね!」
エリクの忠告に兵士たちが動揺することはない。それもそのはずで、後から現れた人物が全てを語っていた。
旦那様?
それは彼の指示だということ。
旦那様の隣は見覚えのない女性がまるで寄り添うように立っていた。黒い髪に真っ赤な唇が印象的で、金色の瞳が妖しさを放つ。同じ瞳の色だからつい姉を思い出してしまったけれど、マリーナ姉さんとはまた違った美しさだ思った。
「気をつけてちょうだい。短剣を隠し持っているはずよ」
その一言から私はその場に取り押さえられてしまう。けど身に覚えのない私には探されても困るようなことはなかった。しばらく経っても何も見つからず、困惑したのは兵士たちだ。
「何も所持しておりませんでしたが……」
「本当に? よく探したのかしら?」
困り果てる兵士に女性はおっとりと指摘する。旦那様は口を閉ざしたまま、私たちの様子を眺めていた。でも私の姿はまるで目に入っていないみたいだ。
「部屋でも探しておいでなさい。何か怪しいものを隠しているはずよ」
探したければ探せばいい。どうせ何も見つかるはずがないのだから。これで短剣でも持ち帰っていたら本当に大騒ぎだったけれど……まさかマリーナ姉さんとの会話を聞かれていた?
あの人は私が短剣を所持していると確信していた。あの会話を聞かれていたら王子暗殺事件だと誤解されても仕方はない。
私が悩んでいるうちに部屋の捜索を終えた兵士が戻った。
「ラージェス様! なにやら怪しげな本を見つけました」
そんなものあったかしら?
「見て下さいこの内容を! 一見してただの日記のように見えますが、所々に暗号が混じっています! きっと暗殺の計画書に違いありません」
違う違う! それ私の日記! 文字が覚えきれなくて日本語混じりで書いていただけなのよ!
取り返そうともがいた身体は抵抗として押さえつけられた。
「証拠はこれでいいでしょう? さあお連れして」
完全に今でっち上げましたよね!? ちょっと待って! 人の日記を暗殺未遂の証拠にしないで! まったく関係のないことしか書いていないのよ! ほとんどごはんのことしか書いていないの!
「言い逃れも出来ないようですし、大人しく罪を認めているようね」
思いっきりしているわ! 心の中でだけれど……だから声が出せないのよ! 誰かさんの用意してくれた紅茶のせいでね!?
いくら心の中で叫んでも届くことはない。取り乱す私に向けて、女性は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。私が短剣を所持していなかったことは計算違いだったみたいだけれど、つまり貴女が黒幕ということでいいのかしら? 敵という認識でいいのかしらね!?
旦那様は私が連行されることになっても言葉すら発しない。でも女性の方は、しっかりと私の表情を眺めていた。
「ごめんなさいね。お嬢さん」
聞き覚えのある呼び名に思い出すのはあの占い師の姿だ。確かに思い返せば声は似ているし、背格格好も一致する。でもあの占い師がどうして私を貶めようとするのか、肝心なことは何一つわからないまま、部屋から連れ出されてしまうことになりそうだ。
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三十三話、タイトルは主人公の心の叫びです。
お楽しみいただけましたら幸いです。続きはまた明日に!




