三十一、もしかして倦怠期?
そんな色々あった夜が過ぎてもエリクの授業は待ってくれません。私たちのために力を尽くしてくれた旦那様も仕事に励んでいるのです。私でって、眠いなんて我儘を言えるはずがありません。眠たい目を擦り、今日も厳しい先生に教えを乞うのです!
「それで、どうだった?」
授業が始まるなり、深刻な表情に緊張を浮かべた先生から問い詰められる。良い先生に恵まれたおかげと、勉強熱心な生徒の努力のかいもあって、私だってそれなりに長文が読めるように成長しているのよ!
「エリクの書いた物語、とても面白かったわ!」
「お世辞だったら怒るから」
今にも怒り出しそう空気を滲ませて言わないでほしい。感想を言う方だって緊張してしまう。けど面白かったのは本当なので、臆することなく感想を伝えられた。
「主人公と王子様の逃避行、身分違いの恋のお話だったわね。どきどきしながら読み進めたけれど、悲しい結末で終わってしまって、最後には泣いてしまったのよ」
「そんなにちゃんと読んでくれたんだ……」
「読み始めたら徹夜で読んでしまったわ。本当にとっても面白かったんだから! 私、昔から恋愛小説が好きだったの。だからまた読むことが出来て嬉しくて」
「君のいた国にもこういう物語があるの?」
「漫画に小説、アニメにドラマ、あの頃はなんでも嗜んだわ」
「何それ……まあ、なんでもいいけど。僕の小説、それと比べてどう?」
エリクはさらに問い詰めてくるけれど、比べられるものでもない。物語にはそれぞれの良さがあるからだ。
「比べられるものじゃないと思うけれど、でも……」
「でも!?」
「えっと、これは私個人の、とっても贅沢なお願いよ?」
「いいから言って」
「エリクが書いた幸せな結末が読んでみたいなって」
エリクの物語には涙を誘うほどの面白さがあったけれど、本来の私はハッピーエンドを好んでいたわけで。
「僕に書けるかなー……幸せ、幸せか……」
真剣に悩むエリクはもう私の授業のことなんて忘れているのかもしれない。それほど集中して悩み抜いてから、私にとっては嬉しい結論を出してくれた。
「あんまり自信ないから期待しないでよ? 僕、幸せな結末ってよくわかんないし。けどせっかくファン一号から期待されちゃったからね。挑戦してあげてもいいかなって」
「本当!? 楽しみにしているわ!」
「あんまり期待しないでって言ったからね? まあ、これから頑張って書いてみるよ。だからさ、君たちはちゃんと幸せになりなよ?」
思いがけないエリクの発言に驚かされる。エリクにまで念を押されるなんて、よほど今日の私たちは他人から見ていておかしいらしい。そして私の驚きはしっかりと顔にも表れていたようだ。
「僕が気付いてないと思った? 今日の君たち明らかにおかしいよね」
エリクの指摘が正しすぎて言葉に詰まる。
昨夜二人で城に帰ってから、事件は解決したずだった。長く探していた姉も見つかり、海に帰すことが出来た私は幸せの絶頂だったと思う。浮かれていた私は旦那様に何度も感謝を告げてから眠りについた。そして朝、再び旦那様と顔を合わせた時にはもう様子がおかしかった。
目を合わせた瞬間からぎこちなく、同じテーブルで食事をしていても口数は少ない。いつものように軽口を叩くこともなく、メニューについての質問をしてもぎこちない。旦那様の様子はまるで何かに悩んでいるみたいだった。悩み事でもあるのかと踏み込めば逃げるように仕事へ向かう。
「昨日の夜会でなんだか大変だったって聞いたけど、喧嘩でもしたの?」
「してないわ!」
してないわよね!? 迷惑はたくさんかけてしまったと思っているけれど、仲良く平和に帰ってきましたよ!?
「それにしてもエリクにまで指摘されるなんて、私たちそんなにわかりやすかった?」
え、何? その何を言ってるんだろうこの人的な呆れた眼差しは?
「あのね。ジェス君て、君のことになるとわかりやす過ぎ。いつもは聞いてもいないのに君のことばっかり話してくるけど、今日は僕から話振っても内容が薄いっていうか、そもそも話しかけても上の空だから!」
「まさかこれが世に言う倦怠期!?」
「そんなわけないじゃん!」
「どうしてそう言い切れるのよ!?」
お嫁に来てからそれなりに時間が経ったじゃない? もしかしたら旦那様は人魚との恋愛に夢をみていたのかもしれないでしょう? それなのに蓋を開けたら私みたいな食い気の多い人魚が来ちゃったわけで、どうにか返品しないではいてくれるけれど飽きられてしまったとか……
私にだって食い気ばかりの自覚はある。それに思い当たる節はもう一つ。今日まで旦那様は真っ直ぐすぎるほどの好意をくれたけれど、私は歌さえ満足に返すことが出来ていない。
もう飽きられてしまったのかもしれないわね。
「考えれば考えるほど倦怠期疑惑よ!?」
「まったく、ジェス君がどれだけ君のことが好きか、わかってないのは君だけなんだね……て何言わせるの!」
「今のはエリクが勝手に」
「聞いたの君でしょ!」
「そうだけど……」
「だから倦怠期とか馬鹿なこと言ってないで、僕に幸せな結末ってやつ、見せてよね。ちゃんとジェス君のこと幸せにしてあげてよ? お嫁さん」
「旦那様って、愛されてますね」
「何それ」
エリクは軽く笑い飛ばすけど、私は二人の仲の良さに嫉妬してしまう。
……嫉妬?
旦那様を想って嫉妬するような感情が芽生えていたことに驚いた。出会ったばかりの頃は考えもしなかった感情だ。でも今は、旦那様のことをなんでも知っているエリクのことを羨ましいと思っている。
「エリクが羨ましい。私はこんなにも旦那様との距離を遠く感じているのに、エリクは旦那様のことをなんでも知っているのね。狡いわ」
「僕とジェス君は腐れ縁なんだからさ。なんでも知ってて当たり前だよ」
「そうなの?
私、そんなことさえ知らずにいたのに……」
「学生時代に知り合って、そのまま側近にって引き抜かれたの。僕ってばこれでもいいところの息子だったんだよ。それなのにジェス君てば勝手に許可取って、卒業と同時に僕は連行されたってわけ。ジェス君て意外と強引だから気をつけなよ?」
ほら、また見せつけられている。私が知っていることはせいぜい旦那様が強引だってことくらいなのに……
「ちょっと! せっかく僕が慰めてやってるのに落ち込まないでくれる!?」
「え!?」
エリク、慰めていてくれたの?
「君、今失礼なこと考えてるでしょ」
今日のエリクは鋭くて、私は図星を刺されてばかりいる。でもそれと同じ分だけ今日のエリクは優しくて、失礼な件については追求せずにとびきりのアドバイスをくれた。
「だいたい知らないから何? 知らなきゃ聞けばいいじゃん。君たち夫婦でしょ。何に遠慮してるんだか」
アドバイスは至ってシンプルなものだった。でも私は一人で悩んでそのシンプルな解決策さえ導き出せずにいた。エリクはエリクなりに、厳しく見えても私たちのことを応援してくれていたことを知る。私は笑顔で頼もしい先生に感謝を告げた。
旦那様、帰ってきたらたっぷり聞いてやりますよ。旦那様が私を避けるのなら、今度は私から思い切り踏み込むのです!
前回一段落したかと思いきや、旦那様には思うところがあるようです。
今日からまた頑張りますのでよろしくお願い致します!
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