第61話 手を取り合う事の意味
漆黒のコアルームを満たしていた青白いホログラムの光が、静かに霧散するように消えていく。
部屋全体を包んでいた無機質な静寂はそのままに、中央のコンソールは再び微動だにしないただの黒い石碑のような佇まいへと戻った。
「……終わったか」
バノックが大斧の柄をギュッと握りしめ、低く呟く。
その顔に怯えはない。だが、目の当たりにした「神々の過剰文明の崩壊」という壮絶な光景の余韻は、同行していた数名の自警団員たちの顔にも重い影として落とし込まれていた。誰もが言葉を失い、ただ足元の金属板を見つめている。
「ハル。長居は無用だ……戻ろう」
ヨハンが静かに声をかけてくる。私は大きく息を吸い込み、固く頷いた。
「そうだね。行こう、みんな」
私たちは背筋を正し、先ほどまで進んできた青いラインが走る金属の回廊を再び引き返していった。
行きと同じように、魔物の気配も、罠の起動音すらもない。ただ自分たちの足音だけが、数千年の眠りについた空間に規則正しく反響している。
やがて、遠方に見慣れた巨大な灰銀色の「門」のシルエットが浮かび上がってきた。
外から漏れ入るわずかな自然光が、妙に懐かしく感じられる。
「――待て。ハル、あれを見ろ」
門の手前まで差し掛かったところで、先頭を歩いていたレンがピタリと足を止め、右手を挙げて私たちを制した。
私たちが通り抜けてきた重厚な門の隙間。その巨大な金属の牙のような構造体が、私たちが完全に出切った瞬間を感知したかのように、突如として微小な駆動音を立て始めたのだ。
――ウィイイイイイイイイイ……ン。
「なっ……!?」
「門が……閉まるぞっ!?」
自警団員たちが慌てて飛び退く。
轟音すら立てず、しかし逃れようのない絶対的な重みをもって、灰銀色の巨大な門がみるみるうちに閉ざされていく。そして――。
――ガキイイイインッ!!
重厚な金属音が洞内に響き渡り、門は完全に最初の「封印された状態」へと戻ってしまった。隙間は一切なく、先ほどまで見えていた内部の青い光も完全に遮断されている。
「おいおい、冗談だろ……。たった今俺たちが中から出てきたばかりだぞ?」
バノックが驚愕の表情を浮かべ、門の表面に分厚い手甲を当ててグッと力を込めた。だが、ピクリとも動かない。まるで最初から一枚岩の崖であったかのように、強固なロックが施されている。
「……入る時に門が開いた理由は、本当に偶然だったんだろうか。少し確かめさせてほしい」
私はバノックを制し、一歩前に進み出た。
開錠の真の条件は何なのか。目の前で固く閉じられた門を前に、私は試してみることにした。
私はまず、同行している現地人(バノックやレン、自警団員たち)をその場に残し、自分一人だけが門の正面、光の文字が浮き上がっていた壁面の真下に歩み寄ってみた。
……何も起きない。
頭の中に翻訳された文字が浮かぶこともなければ、門の表面が青く光る気配すらない。ただ冷たい金属の質感がそこにあるだけだった。
「やっぱり……私一人、つまり『降臨者』だけでは反応しないんだ」
私は振り返り、バノックたちにそう告げた。
次に、私は一度門から数メートルほど離れ、今度はバノックとヨハン、そして自警団員たちの「現地人だけで」門の前に立つように促した。
バノックたちが怪訝な顔をしながらも門の前に歩み寄り、分厚い手甲や武器で扉を叩いてみる。だが、どれだけ強く叩こうが、長年その地に暮らす彼らだけで立ち塞がろうが、門は一切の反応を示さない。青い光の文字が浮かび上がることも、ロックが緩むこともなかった。
「本当だな……俺たちだけでいくら近づこうが、ビクともしねえ」
ヨハンが槍の石突を床にトントンと突く。
「……そういうことだったんだね」
私はバノックたちの傍らへと戻り、閉ざされた銀色の門をじっと見据えた。
「この門を開くには、私のような『異邦人(降臨者)』の存在だけでもダメだし、この世界に生きるあなたたち『現地人』の存在だけでもダメだ。――私たちが共に立ち、互いの存在を認め合って初めて、この世界の扉が開く仕組みになっているんだ」
その言葉に、バノックは深く腕を組み、ふっと不敵な笑みを漏らした。
「ハッ……徹底してやがるな、あの神様もよ。お互いが手を取り合わなきゃ、先へは進ませねえってか」
「ああ。俺たちだけで勝手に暴走する奴らも、逆に現地人の力を軽視して力ずくで行こうとする奴らも、最初から門前払いを食らう仕組みってわけだ」
レンが納得したように頷く。
私たちはこの厳格で、しかしどこか温かさすら感じる「神の防衛ルール」を肌で確信し、深淵の口を後にすることにした。
洞窟を抜け出し、雪道の続く帰路を急いだ私たちは、日が傾き切る前に最北の寒村へと無事戻ってくることができた。
村の入り口の柵をくぐると、夕刻の作業を終えつつあった村人たちが一斉にこちらへ駆け寄ってきた。
「おおいっ! 調査隊が戻ってきたぞ――っ!」
「みんな無事か! 日暮れ前に帰れてよかった!」
その輪の中から、見慣れた小麦色の豊かな髪をなびかせた影が飛び出してきた。
「――ハルっ……!」
エマだった。彼女は私の姿を見つけるなり、安堵に満ちた表情で駆け寄り、その細い腕で私にぎゅっとしがみついてきた。震える小さな背中から、無事を祈って待っていてくれた想いが痛いほど伝わってくる。
「エマ、ただいま。無事に帰ってきたよ」
「よかった……本当に、無事でよかった……!」
エマの髪の温もりを撫でながら安心感に浸っていると、背後から村長であるネルソンが、杖をつきながらゆっくりと歩み寄ってきた。その皺の刻まれた老いた顔には、無事の帰還を喜ぶ深い笑みが浮かんでいた。
「……ご苦労だったな、ハル。それにバノック、レン、ヨハン。全員怪我もなく日暮れ前に戻るとは、見事な手際だ。で、あの『戒めの蓋』の奥で……何を見てきた?」
ネルソン村長の問いかけに、集まった村人たちのざわめきが静まった。
「村長、集会場へ行こう。すべて話すよ」
私たちは村の集会場へと移動し、ネルソン村長、エマ、そして村の主要な幹部たちを集めた。暖炉の炎がパチパチと温かい音を立てる中、私はコアルームで目の当たりにした過去視の光景と、試練の仕組みを語り始めた。
「――やはり、村長のおっしゃっていた通りでした。かつてこの世界には神々の時代の過剰な技術と文明が存在し、それが暴走して滅びかけたため、先祖たちはすべてを大地の底へ封印したんです」
ネルソン村長は深く頷き、静かに杖の頭をさすった。
「……やはりそうか。古くから語り継がれてきた『大災厄』と『神々の封印』の伝承は、まごうことなき真実だったというわけだな」
「はい。そして……かつて神が『異邦人が降臨する』と世界に告げられた、あの宣言の本当の意味もわかりました」
ネルソン村長の眉がピクリと跳ねる。
「あの宣言の……本当の意味、だと?」
「ええ。神が異邦人をこの世界に呼んだのは、ただ試練を与えるためでも、神の使徒として遣わしたわけでもありませんでした。封印によって停滞した世界を再び正しく動かすために、私たち『異邦人』と『現地の人々』が手を携えて進むことが絶対の条件だったんです」
私は、あの閉ざされた門での実証結果を詳しく説明した。
「あの遺構の門は、私のような異邦人の力だけでも開かないし、現地の人々の力だけでも絶対に開きません。神の宣言通り異邦人は現れましたが……私たちが共に立ち、互いを信頼し合って初めて、世界の次の扉が開くように作られていたんです」
ネルソン村長は深く息を吐き出し、感嘆と強い納得の入り混じった表情で私を見つめた。
「……そうか。かつて神が空から示された『異邦人の到来』の刻印……あれはただ『外から人が来る』という報せではなかったのだな。封印された時代を終わらせ、わしら現地人と異邦人が共に手を携えて歩み出すための、神の誓約そのものだったというわけか……」
「はい。神が求めているのは、過剰な力に溺れることではなく、こうして同じ目線で暮らし、助け合う関係なんです」
村長は杖をつきながら立ち上がり、私のまっすぐ前に歩み寄ると、その温かい手で私の肩をぽんと叩いた。
「ハル……お前たちがこの村に来て、泥に塗れ、薪を割り、畑を耕して共に生きてくれた日々。あれは、神の宣言が実を結び、わしらが真の家族となるための時間だったのだな。お前たちがどんな存在であれ、この村にとって、今やかけがえのない大切な家族だ」
「村長……」
「そうだぜ!」
バノックが豪快に笑い、太い腕を組み直した。
「神様の宣言がどうあれ、俺たちのやることは変わらん! この村の日常を守り、エマやみんなの笑顔を守るために、ハルたちと一緒にこの足で進んでくだけだ!」
「ああ、その通りだ!」
レンやヨハンも力強く頷き、集会場を埋めた村人たちからも温かい歓声と拍手が湧き起こった。
小麦色の豊かな髪を揺らしながら、エマが私の手をとぎれなく強く握りしめてくれる。その手のぬくもりが、私に「ここが自分の生きる場所なのだ」という強い実感を与えてくれた。
神の宣言が示されたこの世界で、他のプレイヤーたちが力を求めて動き出そうとも、私達はこの最北の寒村で育んだ大切な絆と日常を軸に、揺るぎない足取りで未来へと歩み出していくのだ。




