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第38話 結ばれる絆と新たな息吹

行商人ロレンツがもたらした塩や鉄具によって、村の生活基盤は劇的な潤いを見せていた。


グラック老人は新しい砥石を使って自警団全員の槍やナイフの刃を研ぎ直し、エリス老女とミルカは仕入れたばかりの新しい野菜の種子を苗床へと丁寧に植え付けている。

北の二重木柵の補強も一段落し、春の陽光に包まれた村には、かつての過疎村が失いかけていた活気と笑顔が確実に戻りつつあった。


そんなある日の朝、村の南口——ロレンツの馬車が通る街道の方向から、再び数人の足音が聞こえてきた。


「……お客さんか?」


見張り台にいた若者のレンが声を張り上げ、長柄の槍を軽く構える。

私も作業の手を止め、腰のナイフに手を掛けながら北口の門へと歩み寄った。


門をくぐってきたのは、武装した騎士や無法者ではない。

ボロボロの旅装束をまとった、二人の若い男女のプレイヤーだった。

男は手に小さな木製の鞄を抱え、女は疲弊しきった顔で杖をついている。彼らの頭上には、逆徒のような不吉な赤色ではなく、ごく普通の緑色のプレイヤーネームがうっすらと浮かんでいた。


「た、頼む……! 中に入れてくれ……!」


男が掠れた声で叫び、門の木柵にしがみついた。


「俺たちは東の街道沿いで小さな開拓村を手伝ってたんだ……。だけど、先日のモンスターの群れと無法者たちの暴走に巻き込まれて村が焼き払われちまって……。頼む、少しだけでいい、水を……!」


女の方も力尽きたようにその場に崩れ落ちた。

自警団長のバノックが眉をひそめ、冷徹な視線を彼らに向ける。


「……お前たち、無法者(逆徒)の仲間か? それとも、ここで面倒を起こしにきたのか」


「ち、違う! 俺たちは戦闘スキルなんてほとんど持ってない生産職だ! 物資略奪とか爆破なんて一度もしたことないっ……! ただ、自分たちの手で畑を耕して暮らそうとしてただけなんだ……!」


男の必死な叫びを聞きながら、私は彼らの手元をじっと観察した。

手には使い古された鍬のタコがあり、戦闘用の武器ではなく、薬草採集用の小鎌や古い木製の測量具が握られている。無法者たちが好むような派手な装備や爆破石の影は一切ない。


「バノックさん」


私はバノックの前に一歩進み出て、静かに声を潜めた。


「彼らは戦闘職ではなく、私たちと同じようにこの世界で地に足をつけて生きようとしていた生産職の開拓者です。あの災厄のせいで村を追われ、行き場を失ったのでしょう」


「……ハルがそう言うなら、見捨てるわけにはいかんか」


バノックは大きく息を吐き出すと、低く通る声で告げた。


「おい! うちの村に入るならルールがある。武器を捨て、門の前で身分を改めさせてもらう。それと、ただで飯を食わせるわけにはいかん。明日からの畑仕事を手伝ってもらうぞ、いいな!」


「ひっ……! あ、ありがとうございます……! 働きます、何でもします……!」


二人は安堵のあまり涙を流し、崩れ落ちるように地面に手をついた。


保護された二人のプレイヤー——薬草調合の知識を持つ青年「カイ」と、裁縫と布織りの心得がある女性「リリア」は、すぐに村の生活に溶け込んでいった。


「うわ、この村の防壁、すごくしっかり作られてますね……!」


夕暮れの広場で、カイが私と一緒に木柵の点検をしながら感嘆の声を漏らした。


「去年の冬に大きな山クマが襲ってきてね。それからみんなで徹底的に補強したんだ」


「僕たちのいた村は、戦闘系のプレイヤーがイキって周囲の森を荒らしまわったせいで、モンスターの逆襲を受けて一晩で崩壊しちゃったんです……。自分たちは安全な城下町へ逃げちまって、残された僕たちNPCや生産プレイヤーだけが取り残されて……」


カイの悔しそうな表情に、私は深く共感した。

ゲーム感覚のまま周囲の環境を破壊し、責任を取らずに逃げ出す者たち。その一方で、泥臭く汗を流して生活基盤を築こうとする者たちが割を食う不条理。

だが、「神域の通達」と領主府の討伐令を経て、世界はその理不尽を明確に切り捨てたのだ。


「これからは、この村で一緒にやろう」


私はカイの肩を軽く叩いた。


「ここでは、知識と手仕事がそのまま生きる力になる。リリアさんの裁縫技術も、次の冬に向けた防寒衣作りで絶対に必要な戦力だ」


「……はい! ハルさん、ありがとうございます。僕、この村のために全力で働きます!」


カイの目に、強い決意の光が宿った。


その夜、広場の大鍋を囲んで、新しい仲間を加えた歓迎のスープが振る舞われた。

エリス老女が新しく仕入れた塩を使って味付けしたスープは、温かく優しい味がした。

ミルカがカイとリリアに新しい木製の碗を渡し、木こりのヨハンやグラック老人が豪快に笑い声を上げる。


ケイルを失った冬の悲しみは消えない。けれど、その悲しみを乗り越えたからこそ、この村には強い結束と温かい「生きた絆」が生まれていた。


翌日、春の陽光が青空いっぱいに広がる中、村の集会場の前にバノックやグラック老人、そして私たちが集まっていた。


「みんな、聞いてくれ」


バノックが皆を見渡し、腕を組んで切り出した。


「ロレンツからの情報だと、隣のベルン村——あの冬の寒波と魔物の襲撃で甚大な被害を受け、一時は消滅しかけた村だが……あそこの生き残りの民たちが、西の街道沿いの廃村と合流し、自分たちの手で村を再建し始めたそうだ」


「ほう、あそこの連中か」


グラック老人があご髭を撫でる。


「あそこも真面目に畑を耕してた良い村だったが、一時はどうなることかと心配してたんだ。再建を始めているとはめでたいな」


「そうだ」


バノックの表情が引き締まる。


「領主府の討伐令と神域の通達で無法者どもが排除された今、辺境の村同士が孤立していては生き残れない。お互いに手を取り合い、情報と資材を融通し合う必要がある。……そこでだ。我が村からも、数名の使者と支援物資をベルン村の再建地へ送り、同盟の証を結びたい」


バノックの視線が、ゆっくりと私に向けられた。


「ハル。お前を、我が村の代表としての使者に立てたい。お前のその手で作り上げた塩漬け肉の一部と、新しく仕入れた鉄具を携え、隣村へ行ってきてくれないか?」


村中の視線が一斉に私に集まる。

ヨハンが力強く頷き、ミルカが「がんばってください、ハルさん!」と小さな両手を握りしめた。


私は深く息を吸い込み、固く握りしめた拳を胸元に当てた。


「……任せてください。この村の誇りと、私たちが培ってきた絆を背負って、必ず隣村との架け橋を結んできます」


スローライフという甘えを捨て、血と泥に塗れて掴み取った戦士の牙と、土を耕す手。

その両方を携え、私は新たな仲間たちと共に、春の街道へと足を踏み出す決意を固めた。

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