第17話 無知なる異邦人
グラック老人に打ってもらった専用の備中クワは、驚くほど手に馴染んだ。
私の腕の長さと握り込みの強さに合わせて柄の太さが丹念に削り出されており、刃先を振り下ろすたびに無駄な力を逃がすことなく、面白いように黒土へ吸い込まれていく。
水路から引いた澄んだ小川の水が畑の脇をサラサラと満たし、埋めた種たちは秋の穏やかな日差しを浴びて静かに土中で息づいていた。
村人たちの眼差しからも、かつての不気味な異物を見るような警戒感は消え去り、すれ違いざまに不器用な会釈が交わされる日常が定着しつつあった。
だが——その穏やかな静寂は、村の外からやってきた「招かれざる客」によってあっ気なく破られることとなった。
昼下がり、私が畑の畝の形を整えていた時だった。
「おいおい、マジかよ! こんな辺境の過疎村にもプレイヤーがいんのかよ!」
村の入り口の方から、不躾で甲高い声が響き渡った。
クワの手を止めて振り返ると、そこには二人組みの男が立ち尽くしていた。
二人とも二十代半ばほど。大都市ルミナリアで配給されている初期の革鎧を身につけているが、長旅の疲労からか服は泥で薄汚れ、表情には苛立ちと疲弊の色が濃く滲み出ていた。
彼らは周囲のぼろ屋や寂れた広場を見回すと、隠そうともしない蔑みの笑みを浮かべた。
「うわー、なんだよこのボロ村。クエスト掲示板もねえし、武器屋も鍛冶屋も壊れかけてんじゃん。マジでハズレ場所だわ」
「だから言っただろ、大都市から歩いて数日もかけて移動する価値なんてねえって。……あ、おい! あそこにいる奴、初期服で畑仕事してねえか?」
二人組の視線が、泥に塗れてクワを持つ私へと向けられた。
男の一人——腰に粗末な鉄剣を差した背の高い男が、ずけずけと大股で私の畑へと踏み込んでいた。
「ちょっと待ってください。そこは今種を蒔いたばかりの畑です。踏み固めないでいただけますか」
私が静かに制止の声をかけると、男はバツの悪そうな顔をするどころか、鼻で嗤ってみせた。
「は? 何マジになってんの? たかがグラフィックの土だろ。それよりお前、先着組なら情報寄こせよ。この村で効率よく稼げるクエストとか、熟練度上がる隠しイベントどこにあんの?」
「ここにはそういったものはありません。村人たちも自給自足で手一杯です。他を当たられた方がいい」
「ああん? ケチケチすんなよ。わざわざ大都市から腹減らして歩いてきてやったんだぞ。お前、何か食い物持ってんだろ? 寄こせよ」
男は私のアドバイスに耳を貸すどころか、苛立ちを隠そうともせず、私の足元に整えられた柔らかい黒土を踏みにじりながら一歩寄ってきた。
現実世界での傲慢さをそのまま持ち込み、目の前の世界を自分の都合の良い「ゲームの箱庭」としてしか認識していない者特有の愚かさ。
その時、村の広場の方から重い足音が近づいてきた。
「おい……そこで何をしている」
低く威厳に満ちた声とともに現れたのは、自警団のバノックだった。
彼の腰には大きな狩猟用の斧が下げられており、その鋭い眼光は一瞬で二人組の男たちを射抜いていた。
二人組の男は、バノックの姿を見ると露骨に笑みを深めた。
「うお、NPC来たじゃん! おいオッサン、俺たち旅の剣士なんだけどさ、腹減ってんだよ。食い物と宿屋案内しろよ。あと良い武器のクエストあったら寄こせ!」
男は大柄なバノックに対して、威圧するように一歩踏み出し、胸元に手を伸ばそうとした。
その瞬間——バノックの雰囲気が一変した。
ザッ、と鋭い足音が響き、バノックの手が腰の斧の柄へと伸びる。
鍛え上げられた身こなしと、長年野生の脅威と戦ってきた本物の猟師の殺気が、周囲の空気を一気に氷点下へと叩き落とした。
「……失せろ」
「な、なんだよオッサン……! 客に向かってそんな口——」
「言葉が通じぬ獣か、あるいは人の尊厳を弁えぬ害物か。どちらにせよ、この村にお前たちの居場所はない。今すぐ立ち去らねば、村の脅威として容赦なく排除する」
バノックの指が斧の柄に深く食い込み、鉄の重厚な刃が静かに鞘から引き抜かれかけた。
この世界におけるNPCは、無敵の会話ボットなどではない。
生身の感情と肉体を持った一人の人間であり、不法侵入や脅威に対しては自らの武力で厳格に自衛を行う存在なのだ。
初期レベル1の無謀なプレイヤーが、本物の鉄の斧を構えた熟練の猟師に勝てる道理など万に一つもない。
バノックの放つ本物の「殺気」と物理的な威圧感に気圧され、二人組の男たちの顔から一気に血の気が引いていった。
「ヒッ……な、なんだよこのNPC、頭おかしいだろ……!」
「マジで斬ってくる気だぞ……逃げるぞ!」
男たちは情けない悲鳴を上げると、一度も振り返ることなく、来た道を脱兎のごとく逃げ出していった。
男たちの足音が遠ざかり、村に再び静寂が戻る。
私は静かにクワを置き、荒らされた足元を見つめながら、深々と頭を下げた。
「……バノックさん、すみませんでした。同じ異邦人の身でありながら、あのような不躾な者たちを引き寄せるきっかけを作ってしまって……」
同じプレイヤーという立場でありながら、村の静かな日常を脅かしかねない者たちを招いてしまった申し訳なさが、私の胸を痛ませていた。
だが、バノックは深く溜め息を吐くと、首を横に振った。
「お前が頭を下げることではない、ハル。あ奴らは人の言葉を聞かず、土を汚し、ただ奪うことしか頭にない愚者どもだ……お前があ奴らと同類でないことなど、この村の誰でも知っている」
バノックの無骨な手が、私の肩にポンと置かれた。
その掌の温もりと重みには、他者から奪うだけの者と、泥に塗れて手仕事を重ねる私を明確に区別する、確たる仲間としての信頼が込められていた。
「荒らされた畝は、直せばいい。手伝おう」
「……ありがとうございます、バノックさん」
私はバノックとともにクワを握り直し、靴底で踏みにじられた畑の土を、再び丁寧にほぐし始めた。
大都市の狂躁から逃れられず、身勝手な欲望のままに世界を彷徨う者たち。
自由という言葉を履き違え、目の前の現実から目を背け続ける愚かさ。
自然の厳しさと向き合おうとせず、他者からの与えられものだけを求める幼さ。
そして、この地に足をつけて自分の手で生活を切り拓こうとする私と過疎村の人々。
同じ「異邦人」でありながら、決定的な断絶がそこには存在していた。
夕暮れ時、補修を終えた畑の上を、秋の冷たい風が静かに吹き抜けていく。
私は遠くの街道を見つめながら、これから訪れるであろう世界の大きな変化の中でも、自分自身の「手仕事の日常」を泥臭く守り抜く覚悟を、さらに強く固めていた。




