第七十三話 冬支度
まさか。
したっぱ三兄弟だったの!?
私がそう思った時、背の高い男は面倒くさそうに頭を掻いた。
「今日も猫のための買い物かい?」
「え?」
ミコトちゃんが、目を瞬かせた。
猫。
その言葉で、ミコトちゃんの顔が変わる。
「あ……。あの時の、衛兵さん?」
「覚えてたか。まあ、今日は鎧じゃないから分かりにくいか」
男の人は、のんびりした調子で言った。ぼさぼさの黒髪。片手に抱えた買い物袋。指に挟んだ紙巻き煙草は、まだ火が点いてなかった。
前にミコトちゃんが街で絡まれた時、この兄弟を捕まえてくれた衛兵さんだったらしい。
「げっ」
「うぇ」
兄弟が、あからさまに嫌そうな声を出した。
「なんで、あんたがいるんだ」
「そうだそうだ」
「非番だからな。こっちの台詞だ。なんでまたいるんだ」
顔にも態度にも、面倒くさい、と書いてあるようだった。
「俺たちはただ通りかかっただけだ」
「だけだ」
「本当にそうか?」
「そうだ」
「実はちがう」
「おい」
「すいやせん、あにき」
ミコトちゃんは星結函の包みを抱えたまま、少し困った顔をしていた。さっき選んだ、あの黒い手袋の箱だけは、腕の内側へ隠すようにしている。
「で、通りかかったついでに、女の子の買い物袋を見せてもらおうとした?」
「……挨拶だ」
「した」
「おい」
「すいやせん、あにき。ウソは良くないかと思って」
「最近の挨拶は物騒だな」
衛兵さんは、ふあ、と欠伸をした。本当にやる気がない。紙巻き煙草を持った方の手で、頭をガシガシ掻きながら、周りを見た。
「本当なら詰所に連れて行くところだが……」
兄弟がびくっとした。
「今日は非番だ。面倒くさい」
「ありがてぇ」
「面倒くさいで見逃すのかよ」
「おい」
「すいやせん、あにき。でも仕事はちゃんとしねえと」
「見逃して欲しいのか、連れて行って欲しいのか、どっちだ?」
「見逃してくれ」
「連れてってくれ」
「おい」
「だってあにき、めしがもらえる」
兄弟は、小声で相談し始めた。怖いはずの相手なのに、だんだん怖がるより先に、どうしてそうなるのか分からなくなってきた。オーレリアなんて隣で肩を震わせている。笑いをこらえているのだと思う。
「まだ何かしたわけじゃねえ。今日は見逃してやる」
衛兵さんは適当に手を振った。
「ただし、次に同じ嬢ちゃんに絡んだら、非番でも連れて行く。猫の餌を買う途中でも連れて行く。猫を撫でてる途中でも連れて行く」
「猫を撫でてる途中はやめろよ」
「あっしもネコをなでてえ」
「おい」
「あにき、だってネコですぜ。ネコ」
「それぐらい怒るって意味だ」
「分かった。おい、もう行こうぜ」
「へい、あにき」
兄弟は、ぶつぶつ言いながら通りの向こうへ歩いていった。
最後に二人が振り返る。
「今日は見逃してやるからな!」
「またな!」
「見逃されたのはそっちだよ。また会うのも勘弁な」
衛兵さんが言うと、兄弟は何かまた小声で言い争いながら、早足で去っていった。
「すみません。ありがとうございました」
ミコトちゃんが頭を下げた。
「いいよ。仕事してねぇし」
「でも、助かりました」
「ならよかった。聖夜祭買い物かい?」
「はい」
「猫用じゃないんだな」
「今日は違います」
「それは残念だ」
何が残念なのかは分からなかった。衛兵さんはまた欠伸をして、通りの先へ歩いていった。
*
衛兵さんと別れてから、私達はメモに書かれたアルフォンス先生の家の住所を頼りに表通りを歩いた。金翼湖の中央市場を過ぎると、建物の高さも、窓の飾りも、道を歩く人の服も、今までと少しずつ違う。
道行く人の顔ぶれを見ると、ヒューマンが一番多いのは当たり前として、エルフやドワーフもたまに見掛ける。でもやはり、七聖剣の英雄「岩穿ちのラフィル」に所縁のある街だからなのか、ハルプリングが思ったより多い気がする。
オーレリアが、住所のメモを持って、通行人に道を尋ねて回っている。ミコトちゃんは、通り掛かった黒猫の獣人をずっと見ていた。珍しかったのか、通りの向こうに消えるまで、ずっと見ていた。確かに、黒猫タイプは珍しいし、ちょっとルナちゃんに似てる気もするから、ついつい目で追っちゃうのも分かる気がする。
「分かったのよぅ。こっちなのよぅ」
オーレリアの案内で到着したアルフォンス先生の家は、思ったより遠い場所にあった。
そこは郊外にあって、貴族の大邸宅という感じではなかったけれど、民家という感じでもなかった。青い瓦屋根と、丸い煙突が特徴的な、二階建ての小さな屋敷だった。
門はある。けれど、大きくはない。冬の風を避けるように、壁際には細い木が何本か植えられていた。庭に小さな溜池があり、何匹かの鶏が放し飼いになっていた。
「ここ……でしょうか」
ミコトちゃんが、両手で買い物袋を抱えたまま、屋敷を見上げた。尖った屋根の頂きには風見鶏があったけれど、ピクリとも動く様子はなかった。
ミコトちゃんの腕の中には、さっき買った星結函の包みがある。つばめ先生の分も、アルフォンス先生の分も、ヴァルク先生の分も、エイデン神父様の分もある。もちろん、ヴァン君への包みも。
「住所は合っているのよぅ」
オーレリアがメモを覗き込みながら言った。
「でも、表札の文字が少し古い書き方なのよぅ。これは記録しておくべきかしら」
「今はしなくていいと思う」
「でも、アルフォンス先生のお家の表札なのよぅ」
「それはそうだけど……」
私達が敷地の前で迷っていると、屋敷の門扉が勝手に開いた。ミコトちゃんが驚いて、包みを落としそうになった。
「ミコト、大丈夫?」
ミコトちゃんが顔を上げる。
「う、うん。大丈夫、……今のは風?」
その時、背後から聞き覚えのある男の人の声がした。
「はは、今のは見えざる従者だよ」
私は振り返ると、思わず変な声が出てしまった。
「ひゃっ!?」




