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緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
第六章 冬の日々

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第七十二話 星結函


 星結函(ステラ・アルカ)


 聖夜祭で、贈り物を入れて渡す小さな飾り箱。それは、感謝や友情、親愛といった相手に届いてほしい気持ちも入れるのだと、店員さんは教えてくれた。


 ミコトちゃんは、さっきから同じ棚の前で、その箱に入れる贈り物で悩んでいた。


 冬用の手袋が並んでいる棚だ。厚手の毛糸で編まれたもの。革でできたもの。内側に柔らかい毛皮を張ったもの。指先だけを出せるもの。飾り紐が付いたもの。色も形も、思ったよりずっと多い。


 私とオーレリアは、その少し後ろで待っていた。両手には、買物袋を提げている。そこには聖輪樹(セイント・リース)の材料が入っている。


「うーん……」


 ミコトちゃんは、真剣だった。


 それはもう、すごく真剣だった。


「ヴァンには、こういう厚手のものの方がいいでしょうか。でも、剣を持つなら邪魔になりますよね。だけど、薄すぎると寒いですし……」


「ミコトちゃん、ヴァン君にあげるの?」


「はい。星結函(ステラ・アルカ)に入れようと思って」


 家族に渡す人もいる。友達に渡す人もいる。先生やお世話になった人に渡すこともある。だから、ヴァン君にあげること自体は別に変なことではない。


 でも、ミコトちゃんの悩み方は、どう見てもただのお礼ではなかった。


「アルフォンス先生と、つばめ先生にも手袋を贈ろうと思っているんです。冬ですし、実用的ですから」


「うん。いいと思うよ」


「それと、ヴァルク先生と、エイデン神父様にも。前線は寒いかもしれませんし」


「うん。それも、いいと思う」


「だから、ヴァンだけ特別というわけではなく……」


 ミコトちゃんは、そこで一度言葉を切った。


「みんなに、です」


 私は頷いた。隣でオーレリアも頷いた。目が合った。頷き合った。私達はたぶん、同じことを考えていた。


 ミコトちゃん。


 それは、もう完全に惚れてるやつだと思うよ。


 先生達への手袋は、すぐに決まった。


 アルフォンス先生には、落ち着いた色の上等な手袋。

 つばめ先生には、手首のところに小さな刺繍が入った可愛い手袋。

 ヴァルク先生には、丈夫そうな革手袋。

 エイデン神父様には、飾り気の少ない厚手の手袋。


 どれもちゃんと考えて選んでいる。ミコトちゃんらしい、丁寧な選び方だった。


 けれど、ヴァン君の手袋だけは違った。


「これは丈夫そうですけど、少し硬いでしょうか。ヴァンは手をよく使いますし、馴染むまでは嫌がるかもしれません」


「じゃあ、こっちの柔らかいのは?」


「わぁ、柔らかいです。でも、すぐ傷んじゃうかも……」


「これはどうかしらぁ。指先が動かしやすそうなのよぅ」


「いいですね。けど、寒かったりしませんかね?」


「ミコトちゃん、ヴァン君はそんなに寒がりなの?」


「それはわかりませんが、きっとヴァンは寒いのを我慢するので」


 言い切った。


 私は、思わずオーレリアを見た。オーレリアも私を見た。また目が合った。


 記録帳を取り出したそうな顔をしていたので、私は小さく首を横に振った。


 今は駄目。


 今それを記録したら、たぶんミコトちゃんは真っ赤になって、手袋を棚に戻してしまう。オーレリアは、とても残念そうに眉を下げた。でも、記録帳は出さなかった。あれは後で記録しておこうの顔だ。


「ヴァン君なら、実用的なものが一番喜ぶと思うよ」


「そうですよね。わたしも、そう思います」


「でも、少しぐらい飾りがあってもいいんじゃないかな。星結函(ステラ・アルカ)に入れるんだし」


「飾り……」


 ミコトちゃんは、また悩み始めた。


 棚の端に、黒い革手袋があった。手の甲のところに、流れ星の刺繍があった。派手ではない。けれど、近くで見るときちんと綺麗だった。


 ミコトちゃんの視線が、そこで止まった。


「これ……」


「いいんじゃない?」


「うん。ただ、ちょっと高いなって」


「予算は大丈夫?」


「大丈夫です。大丈夫なんですけど……」


 ミコトちゃんは、手袋を両手で持ったまま、真剣に見つめた。


「ヴァンは、こういうのを貰ったら困りますかね」


「困らないと思うよ」


「本当? 大丈夫かな?」


「うん。ヴァン君、ちゃんと使うと思う」


「使ってくれますかね」


「使うと思う」


「でも、もし邪魔だったら」


「邪魔だったら、最初から持ち歩かないと思う」


 ヴァンが面倒くさそうなものを持ち歩かずに、置きっぱなしにする姿を想像したのか、ミコトちゃんは少し笑って。


「たしかに」


 ちょっと安心したように息を吐いた。それから、手袋を胸の近くに抱いた。大事そうに。


「それにしますか?」


「うん」


 ミコトちゃんは、少し照れたように笑った。


「決めました。これにします」


 その笑顔が、とても柔らかかった。私は何も言わなかった。言わない方がいいと思った。ミコトちゃんは、まだ自分の気持ちに名前を付けていない。たぶん、付けようともしていない。ただ、ヴァン君に似合うものを選びたい。寒くないようにしてほしい。邪魔にならないものを持っていてほしい。


 それだけだと思っている。でも、その気持ちの名前を、私はたぶん知っている。店員さんに包んでもらった手袋を、それぞれ小さな箱に入れてもらう。


 星の印が刻まれた箱。それが、星結函(ステラ・アルカ)だった。ミコトちゃんは、ヴァン君用の箱だけ、何度も向きを確認していた。


「どうかしたの?」


「いえ。星の向きが、こっちの方が綺麗かなと思って」


「そっか」


「はい」


 うん。


 これはもう、完全に惚れてるやつだ。


 私は心の中だけでそう思った。口には出さなかった。オーレリアも、きっと同じ考えだと思う。


 店を出ると、冬の空気が頬に触れた。


 聖夜祭前の街は、どこも少し浮き立っている。店先には緑の輪飾りが並び、窓辺には星形の灯りが吊るされていた。通りを歩く人達も、どこか楽しそうに見える。


 ミコトちゃんは、包みを大事そうに抱えていた。


「落とさないようにしないと」


「大丈夫だよ。そんなにしっかり持ってるなら」


「はい。でも、大事なものなので」


 その時だった。


「また会ったな、嬢ちゃん」


 知らない人の声がした。


 足が止まる。


 通りの先に、二人組が立っていた。


「今日は、あの怖いガキはいねぇな」


 片方が、にやりと笑った。


 怖いガキ。


 たぶん、ヴァン君のことだ。だとすれば、この二人は、前にミコトちゃんから聞いた人達だ。


 したっぱ兄弟。


「あにき、また買い物袋を持ってますぜ」


「ちょっと、何を買ったか見せてもらおうか」


 ミコトちゃんが、包みを抱く手に力を込めた。


 オーレリアが、一歩だけ前に出る。


 私も自然とミコトちゃんの横に立っていた。


「えっと……、見せる理由がないです」


 ミコトちゃんの声は、思ったよりはっきりしていた。


 兄弟の笑みが、少しだけ歪む。


 その時、私は気づいた。


 二人の背後に、もう一人いる。


 背の高い男だった。


 まさか。


 したっぱ三兄弟だったの!?

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