第七十二話 星結函
星結函。
聖夜祭で、贈り物を入れて渡す小さな飾り箱。それは、感謝や友情、親愛といった相手に届いてほしい気持ちも入れるのだと、店員さんは教えてくれた。
ミコトちゃんは、さっきから同じ棚の前で、その箱に入れる贈り物で悩んでいた。
冬用の手袋が並んでいる棚だ。厚手の毛糸で編まれたもの。革でできたもの。内側に柔らかい毛皮を張ったもの。指先だけを出せるもの。飾り紐が付いたもの。色も形も、思ったよりずっと多い。
私とオーレリアは、その少し後ろで待っていた。両手には、買物袋を提げている。そこには聖輪樹の材料が入っている。
「うーん……」
ミコトちゃんは、真剣だった。
それはもう、すごく真剣だった。
「ヴァンには、こういう厚手のものの方がいいでしょうか。でも、剣を持つなら邪魔になりますよね。だけど、薄すぎると寒いですし……」
「ミコトちゃん、ヴァン君にあげるの?」
「はい。星結函に入れようと思って」
家族に渡す人もいる。友達に渡す人もいる。先生やお世話になった人に渡すこともある。だから、ヴァン君にあげること自体は別に変なことではない。
でも、ミコトちゃんの悩み方は、どう見てもただのお礼ではなかった。
「アルフォンス先生と、つばめ先生にも手袋を贈ろうと思っているんです。冬ですし、実用的ですから」
「うん。いいと思うよ」
「それと、ヴァルク先生と、エイデン神父様にも。前線は寒いかもしれませんし」
「うん。それも、いいと思う」
「だから、ヴァンだけ特別というわけではなく……」
ミコトちゃんは、そこで一度言葉を切った。
「みんなに、です」
私は頷いた。隣でオーレリアも頷いた。目が合った。頷き合った。私達はたぶん、同じことを考えていた。
ミコトちゃん。
それは、もう完全に惚れてるやつだと思うよ。
先生達への手袋は、すぐに決まった。
アルフォンス先生には、落ち着いた色の上等な手袋。
つばめ先生には、手首のところに小さな刺繍が入った可愛い手袋。
ヴァルク先生には、丈夫そうな革手袋。
エイデン神父様には、飾り気の少ない厚手の手袋。
どれもちゃんと考えて選んでいる。ミコトちゃんらしい、丁寧な選び方だった。
けれど、ヴァン君の手袋だけは違った。
「これは丈夫そうですけど、少し硬いでしょうか。ヴァンは手をよく使いますし、馴染むまでは嫌がるかもしれません」
「じゃあ、こっちの柔らかいのは?」
「わぁ、柔らかいです。でも、すぐ傷んじゃうかも……」
「これはどうかしらぁ。指先が動かしやすそうなのよぅ」
「いいですね。けど、寒かったりしませんかね?」
「ミコトちゃん、ヴァン君はそんなに寒がりなの?」
「それはわかりませんが、きっとヴァンは寒いのを我慢するので」
言い切った。
私は、思わずオーレリアを見た。オーレリアも私を見た。また目が合った。
記録帳を取り出したそうな顔をしていたので、私は小さく首を横に振った。
今は駄目。
今それを記録したら、たぶんミコトちゃんは真っ赤になって、手袋を棚に戻してしまう。オーレリアは、とても残念そうに眉を下げた。でも、記録帳は出さなかった。あれは後で記録しておこうの顔だ。
「ヴァン君なら、実用的なものが一番喜ぶと思うよ」
「そうですよね。わたしも、そう思います」
「でも、少しぐらい飾りがあってもいいんじゃないかな。星結函に入れるんだし」
「飾り……」
ミコトちゃんは、また悩み始めた。
棚の端に、黒い革手袋があった。手の甲のところに、流れ星の刺繍があった。派手ではない。けれど、近くで見るときちんと綺麗だった。
ミコトちゃんの視線が、そこで止まった。
「これ……」
「いいんじゃない?」
「うん。ただ、ちょっと高いなって」
「予算は大丈夫?」
「大丈夫です。大丈夫なんですけど……」
ミコトちゃんは、手袋を両手で持ったまま、真剣に見つめた。
「ヴァンは、こういうのを貰ったら困りますかね」
「困らないと思うよ」
「本当? 大丈夫かな?」
「うん。ヴァン君、ちゃんと使うと思う」
「使ってくれますかね」
「使うと思う」
「でも、もし邪魔だったら」
「邪魔だったら、最初から持ち歩かないと思う」
ヴァンが面倒くさそうなものを持ち歩かずに、置きっぱなしにする姿を想像したのか、ミコトちゃんは少し笑って。
「たしかに」
ちょっと安心したように息を吐いた。それから、手袋を胸の近くに抱いた。大事そうに。
「それにしますか?」
「うん」
ミコトちゃんは、少し照れたように笑った。
「決めました。これにします」
その笑顔が、とても柔らかかった。私は何も言わなかった。言わない方がいいと思った。ミコトちゃんは、まだ自分の気持ちに名前を付けていない。たぶん、付けようともしていない。ただ、ヴァン君に似合うものを選びたい。寒くないようにしてほしい。邪魔にならないものを持っていてほしい。
それだけだと思っている。でも、その気持ちの名前を、私はたぶん知っている。店員さんに包んでもらった手袋を、それぞれ小さな箱に入れてもらう。
星の印が刻まれた箱。それが、星結函だった。ミコトちゃんは、ヴァン君用の箱だけ、何度も向きを確認していた。
「どうかしたの?」
「いえ。星の向きが、こっちの方が綺麗かなと思って」
「そっか」
「はい」
うん。
これはもう、完全に惚れてるやつだ。
私は心の中だけでそう思った。口には出さなかった。オーレリアも、きっと同じ考えだと思う。
店を出ると、冬の空気が頬に触れた。
聖夜祭前の街は、どこも少し浮き立っている。店先には緑の輪飾りが並び、窓辺には星形の灯りが吊るされていた。通りを歩く人達も、どこか楽しそうに見える。
ミコトちゃんは、包みを大事そうに抱えていた。
「落とさないようにしないと」
「大丈夫だよ。そんなにしっかり持ってるなら」
「はい。でも、大事なものなので」
その時だった。
「また会ったな、嬢ちゃん」
知らない人の声がした。
足が止まる。
通りの先に、二人組が立っていた。
「今日は、あの怖いガキはいねぇな」
片方が、にやりと笑った。
怖いガキ。
たぶん、ヴァン君のことだ。だとすれば、この二人は、前にミコトちゃんから聞いた人達だ。
したっぱ兄弟。
「あにき、また買い物袋を持ってますぜ」
「ちょっと、何を買ったか見せてもらおうか」
ミコトちゃんが、包みを抱く手に力を込めた。
オーレリアが、一歩だけ前に出る。
私も自然とミコトちゃんの横に立っていた。
「えっと……、見せる理由がないです」
ミコトちゃんの声は、思ったよりはっきりしていた。
兄弟の笑みが、少しだけ歪む。
その時、私は気づいた。
二人の背後に、もう一人いる。
背の高い男だった。
まさか。
したっぱ三兄弟だったの!?




