第六十八話 考えた結論
「ちょっと考える」
おれは、そう答えるのが精一杯だった。
ミコトが、おれを見ている。何を考えているのか、その表情からは読めない。
いや。今はそれより先に、ちょっと考えよう。ちょっとだけ。
つまり、おれもミコトも、アルフォンス先生の家に行く。ということは、冬の間ずっと、おれはミコトと一緒の家で暮らすという話だ。家族でもないのに、同じ屋根の下で寝て起きる。先生の家は、広いのだろうか。部屋は幾つあるんだろう。もし兄貴の家みたいに部屋が一つしかなくて、ベッドが一つしかなかったら、もう一人は床かソファで寝ることになる。それなら、おれは床で寝よう。ミコトが床で寝たら、きっと背中が痛いと言うだろう。ごはんはどうしよう。つばめ先生がいるから、ごはんは作ってくれそうだ。でもおれだって料理ぐらいできる。もしかして、ミコトも料理ができるのかな。林間学校では、みんなで作ったけれど。待て待て、問題はそこじゃない。着替えはどうする。お風呂はどうする。洗濯は。トイレは。一緒に暮らすって、大変だな。
考えること、気にすることが多すぎる。ダメだ。分からない。分からないことばかりだ。ミコトはおれと一緒だと嫌がったりしないだろうか。迷惑に思われるのは避けたいな。アルフォンス先生は、どういう意図でこんな提案をしたんだろう。いっそのこと、兄貴の部屋で、おれ一人で暮らしても構わないじゃないか。大抵のことは、おれ一人で何とかなる。それとも家賃が払えなくて、おれの知らない間に追い出されているのか。それとも戦争に行くから、あの部屋はもう引き払ったのかもしれない。だから兄貴のやつ、アルフォンス先生に頼んだのか。とりあえず兄貴だ。召集のこともあるし、兄貴に聞いて確かめないと。そうだ、それが先だ。答えはその後でも問題ない。
そうだ。先ずは兄貴と話そう。
なんて考え事をしている間に、いつの間にか一限目の授業が終わっていた。
「え。それ本当ですか?」
ミコトの声が聞こえた。おれは顔を上げる。ハリエット、オーレリア、三人で話しているようだった。
「本当なのよぅ。マナ殿下とマギ殿下に、誘われたのよぅ」
なんの話だ?
「それは寂しくなりますね」
ハリエットの呟きに、ハリスが教室の向こう側から反応して、やって来る。
「どうしたの、姉さん」
「あ。ハリス、聞いて。オーレリアが、転校するかもしれないって」
「転校? ラヴェニカへ行くのか?」
おれは黙って、ぼんやり聞いている。
「そうなのよぅ。マナ殿下とマギ殿下は、陽級に進級しないで、皇立学園の中等部に入るから、一緒に来ないかって」
「どうして、オーレリアさんが誘われるんですか?」
ミコトの問いはもっともに聞こえるが、確かあそこは親戚だったはず。
「キルシュ家だから、ですよね?」
ハリエットの指摘。うなずきを返すオーレリア。首を傾げるミコト。あの傾げ具合は何かに似ている気がする。
「キルシュ家? オーレリアの家名ですよね?」
「マナ様とマギ様、二人のお母様の家名でもあるのよぅ」
「オーレリアは、あの二人と再従姉妹の関係にあるんだ。つまり、ちょっと遠い親戚同士」
ハリスの説明で、ミコトは納得したようだ。ハリエットが尋ねる。
「それでオーレリアは、どうするの?」
「お誘いは嬉しいけれど、直ぐには決められないわよぅ」
「学園には、マッケンロー教授もいるんだろ?」
教授。ハリスは知っているようだが、おれは知らない名前だ。
「そうなのよぅ。魔導工学の権威なのよぅ。マッケンロー教授から学べたら、ロイ様の助けになれるのよぅ」
オーレリアは、誰が見てもロイ一筋だ。ロイの方も、暑苦しいぐらいにオーレリア一筋だ。そういう風に誰かのことを思うのって、どんな感じなのだろう。
待て。おれは何を考えてる。やっぱり変だぞ。ミコトのせいだ。いや、ミコトが何かしたわけじゃない。でも、魔法を掛けられたみたいに変だ。
「ヴァン?」
ん。ミコトに呼ばれた。見られている。
「聖輪樹は飾りますか?」
いきなり何の話だ。だめだ。思考が分散している。周りの状況が見えていない。
「なんの話だ?」
「だから聖夜祭です。今年、ヴァンがどこで過ごすにしろ、必要じゃないですか」
不要だ。
と、いつもなら答えていた。
「ミコトは、飾るのか?」
「はい。初めてなので、少し楽しみです」
聖輪樹。悪いものから守ってくれる魔除けで、門や扉に飾る風習がある。おれは自分で作ることにも飾ることにも、あまり興味がない。魔法の力がある魔道具でもないし、そんなものよりは剣の方が魔除けになると思っている。
だけど。
「おれも飾りを作る」
ミコトが飾りたいなら、おれも作って飾りたい。
「うそ」
ハリエットが驚く。
「おい、ヴァン。おまえ、熱があるんじゃないのか?」
ハリスが余計なことを言う。
「これは前代未聞なのよぅ。早速、記録するのよぅ」
オーレリアが筆を走らせる。こいつらの中で、おれの評価はどうなってるんだ。
「いや、おれだって作るぞ。いつも爺ちゃんや兄貴が作ってたから、自分ではやらないだけで、きちんと作り方は知ってる」
「それなら良かったな、ミコト」
「はい」
「そうなのよぅ。ヴァンに教えて貰って、一緒に作ればいいのよぅ」
いつの間に、そういう話に。いや、おれが考え事をしている間にか。
「わかった。手伝う」
「ありがとうございます。ヴァン」
ミコトが微笑む。花が咲くほど華やかではないのに、朝露が陽の光で淡く光るような微笑み。おれは、こんな微笑みを、どこかで見たような気がする。思い出せないけれども、懐かしい感じがする。
「でもその前に、兄貴に会ってくる」
おれは席を立った。
「ヴァン、どうした」
ハリスの問いに、おれは結論だけ返す。
「喧嘩してくる」




