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緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
幕間

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閑話休題3 第三話 御茶会


 どうして、こうなった。


 目の前には、白い陶器のカップ。


 その中には、薄い琥珀色のお茶。


 小さな皿には、砂糖を薄くまぶした焼き菓子と、赤い果実のジャムを挟んだ丸いお菓子。


 そして、私の正面には、イネヴェアさん。


 その左右には、エインさん、アディさん。わたしの隣には、クリスさん。


 つまり。


 私は今、御茶会に参加していた。


 ……そう。御茶会に、参加していた。


「ですから、マナ様は、ただ美しいだけではないのですわ」


 イネヴェアさんが、背筋をまっすぐ伸ばしたまま言った。


 カップを持つ手の角度まで、なぜかきれいだった。


「皇家の方としての気品。無駄なことを仰らない静けさ。あの年齢で、あれほど人を黙らせる雰囲気をお持ちなのですもの。あれは、そう簡単に身につくものではありませんわ」


「分かりますわ」


 エインさんが頷いた。


「この前、廊下ですれ違ったことがありますけれど、何も仰っていないのに、こちらが自然と道を空けてしまいましたもの」


「それ、怖かっただけではありませんの?」


 クリスさんが小さく首を傾げる。


「怖い、とは少し違いますわ」


 エインさんは、真面目な顔で言った。


「こう、背筋が伸びる感じです」


「ああ、それは分かります」


 アディさんが、カップを置きながら頷いた。


「マナ様に見られると、姿勢を正さなければならない気がします。言葉をかけられたわけでもないのに」


 私は、カップを両手で持ったまま、相槌の時機を探していた。


 マナ様。


 たしかに、すごい人だと思う。


 見た目も、立場も、雰囲気も。


 ただ、私の場合は、少し違う。


 背筋が伸びるというより、心臓が縮む。


 それは言わない方がいい気がしたので、私はお茶を一口飲んだ。


 いい香りがした。


 少し渋くて、あとから花みたいな匂いがする。


「ミコトさんは、どう思われまして?」


「えっ」


 急に聞かれて、私はカップを落としかけた。


 あぶない。


 御茶会のカップは、たぶん落としてはいけない。


「マナ様のことですわ」


 イネヴェアさんが、当然のようにこちらを見る。


「えっと……」


 私は少し考えた。


 ここで、怖いです、と言うのはたぶん違う。


 かっこいいです、と言うのも、少し浅い気がする。


「とても、存在感のある方だと思います」


 私がそう言うと、イネヴェアさんは一瞬だけ目を細めた。


 失敗しただろうか。


「悪くない表現ですわ」


 よかったらしい。


「存在感。そうですわね。まさに、それですわ」


 イネヴェアさんが満足そうに頷いた。


 御茶会、むずかしい。


 ひとつ答えるだけで、胸の中に小さな試験がある。


「けれど、マナ様は髪飾りをほとんどお使いになりませんわよね」


 クリスさんが言った。


 話が飛んだ。


 さっきまで気品の話をしていたはずなのに、今は髪飾りの話になっている。


「そこがよろしいのですわ」


 イネヴェアさんは、すぐに答えた。


「飾らずとも美しい方が、余計なものを足す必要はありませんもの」


「でも、薄紅の石などはお似合いになりそうです」


 アディさんが言った。


「髪の色に合わせるなら、真珠も良いと思います」


「真珠は少し柔らかすぎませんこと?」


 エインさんが言う。


「マナ様なら、もっと硬い光の方が似合いますわ」


「紅玉?」


「それは瞳と合いすぎて、少し強すぎます」


「では、金細工だけにするのは?」


「それは良いですわね」


 私は、目だけで会話を追いかけていた。


 速い。


 御茶会の会話は、思っていたよりも速い。


 そして、方向転換も急だ。


「ところで、中央通りの新しい菓子店には行かれました?」


 クリスさんが、急に言った。


 髪飾りの話は終わっていたらしい。


「新しい菓子店?」


 エインさんが反応する。


「ええ。果実の砂糖漬けを薄い焼き菓子で挟んだものがあるのですけれど、あれがとても良いのです」


「あら。私、まだですわ」


 イネヴェアさんが少しだけ眉を上げた。


「評判は聞いております。ですが、少し庶民寄りの店だとも」


「包装紙は可愛らしいですわよ」


「包装紙で菓子の格は決まりませんわ」


「でも、可愛い包装紙は大事です」


 アディさんが静かに言った。


「贈り物にするとき、第一印象になりますから」


「それはそうですわね」


 イネヴェアさんが頷く。


 なるほど。


 包装紙は、大事。


 私は心の中でメモしておいた。


「ミコトさんは、甘いものはお好き?」


 クリスさんに聞かれた。


「好きです」


 これはすぐ答えられた。


「では、今度そちらのお店にも行きましょう」


「え」


「せっかくですもの。和之国の方が、こちらのお菓子をどう思われるのか、聞いてみたいですわ」


 クリスさんは、悪気なく微笑んだ。


「ミコトさんの国には、どういうお菓子がありますの?」


 アディさんが聞く。


「えっと……いろいろあります。お餅とか、お団子とか」


「おもち」


「おだんご」


 三人が、聞き慣れない言葉を繰り返した。


 イネヴェアさんも少しだけ興味を持った顔をする。


「それは、焼き菓子ですの?」


「焼くものもありますけど、たぶん、煮たり蒸したりする方が多いです」


「蒸す菓子」


 エインさんが、少し考え込む。


「柔らかそうですわね」


「柔らかいです。あと、もちもちしています」


「もちもち」


 クリスさんが、また繰り返した。


 言葉の響きが気に入ったらしい。


「もちもちした菓子。少し気になりますわ」


「それは、茶に合いますの?」


 イネヴェアさんが聞いた。


「合うと思います。たぶん」


「たぶん?」


「私、こちらのお茶との組み合わせは、まだ分からなくて」


「では、検証が必要ですわね」


 イネヴェアさんが言った。


 検証。


 その言葉を、御茶会で聞くとは思わなかった。


「そういえば、今年は細いリボンを重ねるのが流行ですわ」


 エインさんが、もう次の話題へ移っていた。


 菓子の話も終わったらしい。


「太いリボンではなく?」


「ええ。細いものを二本、あるいは三本。色を少しずらすのです」


「学院の制服に合わせるなら、あまり派手にはできませんわね」


 アディさんが自分の髪飾りに触れた。


「でも、休日なら良いと思います」


「ミコトさんのリボンは、いつも紫ですわね」


 クリスさんがこちらを見る。


「あ、はい」


 私は自分の髪に触れた。


 三つ編みを留めている紫のリボン。


 慣れた色だ。


「瞳の色と合っていますわ」


「髪にも少し紫が入っていますものね」


「黒髪に紫の光。珍しいですわ」


 三人の視線が、私の髪へ集まる。


 私は少しだけ背筋を伸ばした。


 見られている。


 御茶会は、話していなくても見られる。


「眼鏡も黒縁ですし、全体として少し落ち着きすぎですわね」


 イネヴェアさんが言った。


 これは、けなされているのだろうか。


 たぶん、違う。


 イネヴェアさんは、私を上から下まで見て、真剣に考えていた。


「細い銀の髪飾りを足すとよろしいのではなくて?」


「銀ですか」


「ええ。派手なものではなく、細いものです。紫を邪魔しない程度に」


「いいですわね」


 エインさんが頷く。


「黒縁眼鏡とも合います」


「眼鏡に合わせて装飾を考えるのは、少し新しいですわ」


 クリスさんが言う。


 私はカップを持ったまま黙っていた。


 自分の眼鏡が、装飾計画に入っている。


 そういうこともあるらしい。


「あの、眼鏡は、たぶん実用品です」


「実用品だからこそですわ」


 イネヴェアさんは、きっぱり言った。


「毎日使うものほど、きちんと見せるべきです」


 なるほど。


 言われてみれば、少し分かる気がした。


 分かる気はしたけれど、御茶会で眼鏡の見せ方を考えることになるとは思わなかった。


「ペットの首輪にも、同じことが言えますわ」


 エインさんが得意げに言った。


 また話が飛んだ。


 私は、今度は少しだけついていけなかった。


「首輪、ですか」


「ええ。実用品ですが、見た目も大切です」


「エインさんのところの犬、また新しい首輪にしたんですの?」


 クリスさんが聞く。


「しました。青い革に、銀の留め具です」


「まあ、可愛い」


「可愛いだけではありません。前のものより軽いのです」


 やはりエインさんは得意げだ。飼い犬が自慢なのかもしれない。


「それは大事ですわね」


 アディさんが頷く。


「重いものは、動物が嫌がりますから」


「ミコトさんの猫は?」


 イネヴェアさんが私を見る。


「ルナですか?」


 林間学校で堂々と連れていたので、もう周知の事実らしい。


「ええ。黒い猫」


「首輪は、していません」


「まあ」


 クリスさんが少し驚いた顔をした。


「逃げたりしませんの?」


「たぶん、嫌がるので」


「嫌がるなら仕方ありませんわね」


 アディさんが、静かに頷いた。


「動物にも好みがあります」


 思ったより、すぐ納得された。


「ルナさんは、何を食べますの?」


 エインさんが少し身を乗り出して聞く。


「お魚とか、お肉とか。あと、時々、ヴァンさんが何か用意しています」


「ヴァンさんが?」


 クリスさんの目が少し丸くなる。


「はい」


「意外ですわ」


「意外、ですか?」


「だって、あまりそういうことをなさるようには見えませんもの」


 私は少し考えた。


 たしかに、ヴァンはあまりそういうことをしそうには見えないかもしれない。


 でも、ルナのことはちゃんと見ている。


「ヴァンさんは、優しいです」


 言ってから、少しだけ口を閉じた。ちょっとムキになってたかもしれない。


 イネヴェアさんが、こちらを見た。


 エインさんも見た。


 アディさんも、クリスさんも見た。


 私はカップを持ち直した。


「……たぶん」


「たぶん、なのですわね」


 イネヴェアさんが、少しだけ笑った。


 からかわれている、気がする。


「そういえば、最近は防犯用の小型警報具が流行っているそうですわ」


 クリスさんが言った。


 話題がまた飛んだ。


 今度はペットから防犯。


 なぜそこへ行ったのか、私には分からない。


「ラヴェニカで流行っているものですわね」


 エインさんが頷く。


「護身用として持つ御令嬢が増えているとか」


「音が鳴るものですの?」


「ええ。強い音で周囲へ異常を知らせるものです」


 私は、そこで思い出した。


 マリアンナさんが使ったという、あれ。


 警戒術(アラルム)の音が鳴る小型警報具。


「マリアンナさんが持っていたもの、でしょうか」


「たぶん、それですわ」


 クリスさんが嬉しそうに頷いた。


「実際に音を聞いた方の話では、とてもよく響くそうです」


「そうなんですね」


 私は頷いた。


 その音を、私は聞いていない。


 その時、私は水晶湖(クリスタル・レイク)にいたからだ。


 でも、野営地の皆を起こしたのなら、たぶん、かなり大きな音だったのだと思う。


 防犯ブザー。


 私は心の中で、そう呼んでいる。


「ミコトさんの国にも、似たようなものがありますの?」


「あります」


「まあ」


 エインさんが身を乗り出した。


「やはり、音が鳴るのですか?」


「はい。紐を引くと、大きな音が鳴ります」


「魔法ではなく?」


「魔法ではなく」


「それは便利ですわね」


「持ち歩けますの?」


「はい。鞄につけたりします」


 四人の目が、少し真剣になった。


 さっきまでお菓子やリボンやペットの話をしていたのに、防犯の話になった途端、空気が少しだけ変わった。


「それなら、色や形も大事ですわね」


 イネヴェアさんが言った。


「いかにも防犯用、という見た目では持ち歩きにくいですもの」


「可愛い形なら、普段も持てますわ」


 クリスさんが頷く。


「でも、いざという時にすぐ使えないと意味がありません」


 アディさんが言う。


「飾り紐と一緒にすると、引きやすいかもしれません」


「なるほど」


 エインさんが真面目に頷いた。


 防犯ブザーの装飾について、御茶会で話し合いが始まった。


 私は、もう何が普通なのか分からなくなってきた。


 マナ様がかっこいい話。


 新しいお菓子の話。


 流行のリボンと眼鏡の話。


 ペットの首輪の話。


 防犯ブザーの話。


 御茶会とは、もっと静かで、優雅で、怖いものだと思っていた。


 けれど実際は、話題があちこちへ飛ぶ。


 そして、みんな真面目だった。


 かっこいいものには真面目に憧れて、おいしいものには真面目に喜んで、可愛いものには真面目に悩んで、危ないことには真面目に備える。


 それが、少しおかしかった。


 少しだけ、楽しかった。


「ミコトさん」


 イネヴェアさんが、カップを置いた。


「はい」


「本日は、なかなか有意義でしたわ」


「そう、ですか」


「ええ」


 イネヴェアさんは、当然のように頷いた。


「あなたの国のお菓子、もちもちについて伺いませんと」


「あ、はい」


「ですから、次回も来ていただきますわ」


「……え」


 次回。


 やっぱり、あった。

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