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緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
第四章 やくそく

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第四十九話 伝説の記録


 ――林間学校特別記録。


 ――記録者、マリアンナ・エメスフル。


 これは伝説の記録である。なお、この記録は、正式な校内新聞へ掲載する前の、草稿でもある。


 そのため、今後、教員による確認、関係者による抗議、護衛側からの訂正、ならびに一部貴族家からの圧力によって、大幅な削除、修正、差し替えが発生する可能性がある。


 けれど、最初に書いておく。


 私は、次の一文だけは削るつもりがない。


 レオナ皇妹姫殿下は、確かに笑っていた。


  *


 まず、この一件を何と呼ぶべきか。


 夜間無断外出事件。


 水晶湖花火事件。


 皇妹姫連れ出し事件。


 いくつか候補はある。


 ただし、どれも正確ではない。


 夜間無断外出であることは間違いない。


 深夜、林間学校の野営地において、一部生徒が教師の許可なく行動した。さらに、レオナ皇妹姫殿下が結界小屋(バリアヒュッテ)を出て、水晶湖(クリスタル・レイク)南岸の崖上まで移動した。


 これは事実である。


 花火が打ち上げられたことも事実である。


 湖上の小舟から、複数の魔法式ではない火薬式の打ち上げ花火が使用された。夜空に上がった花火は、湖面に映り、現場にいた者達の証言によれば、非常に美しい光景だったという。


 これも事実である。


 だが、事件という言葉だけで片付けるには、どうにも足りない。


 だから、この記録では仮にこう呼ぶ。


 花火大作戦。


 ただし、この名称については、首謀者の一人であるハリス氏から「作戦名としては安直すぎる」と既に苦情が来ている。


 この件は一旦は保留とし、後で考える。


  *


 第一の疑問。


 あの花火は、どこから来たのか。


 これについては、主要関係者の一人であるロイ・アッシュフィールド氏に直接確認した。


 答えは短かった。


「うちの工房だ」


 以上である。


 もちろん、それで納得してはいけない。


 ロイ氏の領地ドゥフテヴァルトには、工作に長けた工房の町がある。金具、歯車、精密な筒、祭礼用の仕掛け、鉱山用の信号具、その他、一般生徒には少々縁遠い品々を作る職人達が集まっている土地として大陸でも有名だ。


 今回使用された花火、打ち上げ筒、固定具、運搬用の箱、そして何より高価で危険な火薬。それらすべて、ドゥフテヴァルトで用意された。つまり、あの花火は、その場の思いつきで突然現れたものではない。


 しかも、見せて貰った花火の発射装置は金属製で、私も見たことがない形だった。


「連続使用に耐える代物なのよぅ」


 と、これは設計者のオーレリア氏が得意げに話していた。その設計図なら前にチラ見したことがある。つまり、少なくとも、あの時から計画は準備されていた。


 費用についても確認した。


「うちが出した」


 以上である。


 貴族というものは、時々、こちらの取材意欲を削ぐほど簡単に問題を解決する。


  *


 第二の疑問。


 打ち上げ装置はどうやって搬入したのか。


 これについては、ハリス氏、オーレリア氏、ローティ氏の三名から聞き取りを行った。


 筒、固定具、台座、導火線、薬品を収めた容器。これらの持ち込まれた部品は、現地で組み立てられるよう分解されていたとしても嵩張るし、何より数が多い。当日、生徒達でそれらを湖畔まで運び、小舟へ載せ、湖上で固定する。こんなことは不可能だ。


 だから事前に持ち込んでいた。


 林間学校の安全計画。


 あの時、湖に出ていたハリス氏は、学院の桟橋から湖を縦断して、南岸まで行き、打ち上げ装置や予備の舟を既に置いてきたのだ。


 では、なぜ湖上から打ち上げたのか?


 理由は明確だった。


 森に火を移さないためである。


 打ち上げ筒の角度を誤れば、花火は意図しない方向へ飛ぶ。小舟の重心を誤れば、湖上で傾く。風向きを読まなければ、火の粉が森側へ流れる可能性もある。


 ハリス氏の証言。


「岸から打つより、湖上から打つ方が安全だった。水の上なら、火の粉が落ちても対処しやすい」


 オーレリア氏の証言。


「導火線の長さ、点火順、風向き、筒の角度は全部記録してあるのよぅ。あとで提出できるのよぅ」


 ローティ氏の証言。


「俺は運んでない。あと、後始末は俺」


 以上。


 花火は奇跡ではなかった。


 資金と工房と計画と記録と力仕事で出来ていた。


 ただし、これを褒めてよいかどうかは、また別の問題である。


 なぜなら、教師の許可は取っていなかったからだ。


  *


 第三の疑問。


 誰が関わったのか。


 これについては、関係者が多すぎる。現時点で確認できている主な関係者は以下の通り。


 レオナ皇妹姫殿下。


 ヴァン氏。


 ミコト氏。


 ハリエット氏。


 ロイ氏。


 ハリス氏。


 オーレリア氏。


 ローティ氏。


 その他、直接または間接的に関わった者が複数名。


 なお、私、マリアンナ・エメスフルは、途中から状況を把握し、生徒達を起こすために協力した。


 この点について、私は無関係を主張するつもりはない。


 ただし、私が関わった時点で、作戦はすでに最終段階に入っていた。


 つまり、私は首謀者ではない。


 ここは大事なので、何度でも書く。


 私は首謀者ではない。


  *


 第四の疑問。


 なぜ、野営地にいた生徒達まで花火を見たのか。


 答えは簡単である。


 起こされたからだ。


 私に。


 まず、野営地には警戒術(アラルム)の音が響いた。これは、私、マリアンナ・エメスフルが使用したラヴェニカで流行りの、防犯用小型警報具によるものである。私は個人的に、これを防犯ブザーと呼んでいる。


 ともかく、この点について、私は関与を否定しない。


 ただし、繰り返すが、私は首謀者ではない。


 その直後、山の向こう側、湖の方角で光が上がり、遅れて破裂音が届いた。


 ジークハルト先生は、最初、それを敵襲と判断した。


 戦時中なのだから、それは当然である。


 ここは内地だとはいえ、その状況で、山の向こうから突然、光と音が上がったのだ。敵襲を疑わない方がおかしい。


 ただし、数発目で、それが花火であることは判明した。


 そして、野営地にいた生徒達は、山の向こう側に咲く花火を見た。水晶湖の南岸にいた者達は、空と湖に映る花火を見た。


 同じ景色ではない。けれど、同じ夜の光を、皆が目撃した。この点は重要である。


 花火大作戦は、一部の生徒だけの秘密では終わらなかった。


 最後には、林間学校に参加したほぼ全員の記憶になったのである。


  *


 第五の疑問。


 なぜ正式処分が下されなかったのか。


 これは、多くの読者がもっとも気にするところだと思う。


 夜間の無断外出。


 危険区域への移動。


 皇家関係者の護衛体制からの離脱。


 花火の無許可使用。


 普通に考えれば、処分は避けられない。実際、教員側からは厳しい声が上がった。


 当然である。


 これは美談だけで済ませてよい話ではない。危険はあった。無茶もあった。一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていた可能性もある。では、なぜ正式処分なしとなったのか。


 理由は、ドルガン・ベイオベア卿の一言である。


「子供達を罰するならば、レオナ様も同様に厳しく罰していただきたい」


 この一言で、場の空気が変わった。


 レオナ皇妹姫殿下は、誰かに無理やり連れ出されたわけではない。自ら望んで、小屋を出た。ならば、計画に加わった一人として扱うべきである。子供達だけを罰し、レオナ様だけを罰しないのは、筋が通らない。


 しかし、皇妹姫殿下を一生徒と同じように罰することはできない。


 ならば、他の子供達だけを正式に罰することもできない。そういう理屈である。


 この理屈を聞いた時、私は正直、うまいと思った。もちろん、説教はあった。報告書もある。後片付けもある。関係者全員、しばらくは教師陣から厳しい目で見られることになるだろう。


 しかし、正式な罰は下らなかった。退学も停学もなかった。


  *


 第六の記録。


 これは、記事ではなく、手記として残す。


 レオナ様は、もうすぐ長い眠りに入る。そのことは、今では関係者の多くが知っている。けれど、本人の口から聞くと、やはり重かった。


 レオナ様は、私の取材に対して、自分がもうすぐ眠ることを話してくれた。次に目を覚ました時、皆がどこにいるのか分からない、と。


 でも、レオナ様は笑っていた。


「おれが見つける」


 ヴァン氏が、そう言ったからだ。


 何を?


 治療法だ。


 子供が口にする約束は簡単だ。


 けれど、そこにいた者達が誰一人として笑わなかったことは、私にも分かる。


 ミコト氏も、ハリエット氏も、ハリス氏も、ロイ氏も、オーレリア氏も、ローティ氏も、それぞれの形で手伝うと言った。


 やくそく。


 あけべ文字(ひらがな)で書きたい言葉だった。


 レオナ様は、約束を受け取った。


 ただ一人で眠るのではなく、いつかまた皆と会える希望を抱いて眠るのだと。


  *


 最後に、私は記録者として、もう一つの事実も残しておきたい。


 レオナ皇妹姫殿下は、ただ守られるだけのお人形ではなかった。


 自分で行きたいと望んだ。


 自分の目で湖を見た。


 自分の耳で花火の音を聞いた。


 だから、この記録の題名を、私はまだ決められずにいる。


 夜間無断外出事件。


 水晶湖花火事件。


 皇妹姫連れ出し事件。


 どれも間違いではない。でも、どれも違う。


 スマイル大作戦。


 ……違う。今のはナシ。


 レオナにこにこ大作戦。


 ……違う。これもナシ。

 

 ともかく。あの夜、レオナ様に笑ってもらいたかった。


 あの子達は、ただそれだけを求めた。


 そして、レオナ様は笑った。


 これは、たったそれだけ。


 たったそれだけの、伝説の記録。

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