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緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
第二章 ともだち

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第十七話 ロイ


「……ロイ様?」


 オーレリアの声が落ちた次の瞬間、倉庫の扉が開いた。


「オーレリア!」


 声が大きかった。


 ミコトは、思わず肩を跳ねさせた。


 入ってきたのは、年の頃は皆と同じくらいの灼熱のような赤髪の少年だった。

 扉を開けた勢いのまま、まっすぐオーレリアを見る。


「会いたかった!」


「ロ、ロイ様、声が大きいのよぅ」


 オーレリアは慌てて手帳を胸に抱えた。


「それに、どうしてここに?」


「体験入学とやらをする事になった。…ん?」


 ロイは一歩踏み込んで、それからようやく部屋の中にいる人数に気付いたようだった。


 ヴァン。

 ハリス。

 ローティ。

 ハリエット。

 ミコト。

 それから、布袋の上で丸くなっているルナ。


 ロイは瞬きをした。


「おお。思ったより多いな」


「思ったよりって何なのよぅ」


「オーレリアがいる気がした」


「気配で来ないでほしいのよぅ」


「勘だ」


「なお悪いのよぅ」


 オーレリアは額に手を当てた。


 ハリエットは立ち上がりかけて、座り直し、また立ち上がりかけた。


「あ、えっと、ロイ君、こちらは、その」


「分かってる。まずは挨拶だな」


 ロイは姿勢を正した。


 さっきまでの勢いが、急に貴族の子息らしい所作へ変わる。


「ロイ・アッシュフィールド。ドゥフテヴァルト公爵の息子だ。年は十二。オーレリアの許嫁でもある」


 最後だけ、声が少し誇らしげだった。


 オーレリアが小さく咳をする。


「ロイ様」


「大事なことだ」


「大事だけれど、そこだけ強く言わなくていいのよぅ」


 ミコトは、ぽかんとしていた。


 許嫁。


 手紙の相手。

 オーレリアが定期報告を書いていた相手。


 それが、目の前で、まっすぐにオーレリアを見ている。


 まっすぐすぎて、少し眩しい。


 ハリスが先に口を開いた。


「ハリス・ヤクトブレオです」


「知っている。噂は聞いている」


「どんな噂ですか」


「賢い」


「それだけなら結構です」


 ハリエットは慌てて頭を下げた。


「ハリスは、弟なんです」


「それも知っている」


 ロイはにこりと笑った。


 ローティが手を上げる。


「ローティ」


「ローティか。名前が似ているな」


「ロから始まる。それだけな」


 ローティはすぐに笑った。


 ヴァンは壁際に寄りかかったまま、短く言った。


「ヴァン」


「君がヴァンか」


 ロイはぱっと顔を向ける。


「オーレリアから聞いている」


 ヴァンは少しだけ眉を動かした。


「何を」


「色々だ」


「色々って何だ」


「色々は色々だ」


 ヴァンは少し黙った。


 それから、半歩だけ視線を外す。


 ミコトには、ヴァンが警戒しているというより、少し引いているように見えた。


 最後に、ミコトも頭を下げる。


「ミコト・サトーです」


「君がミコトか」


 ロイは、また表情を明るくした。


「オーレリアの手紙に出てきた」


「手紙に」


 ミコトはオーレリアを見る。


 オーレリアは視線を逸らした。


「少しだけなのよぅ」


「かなり書いてあった」


「ロイ様」


「大丈夫だ。悪いことは書いていなかった」


「そういう問題ではないのよぅ」


 オーレリアは困った顔をしていたが、嫌がっているようには見えなかった。


 ロイは、部屋の中をもう一度見回した。


「それで、ここは何だ?」


 全員が黙った。


「みー」


 ルナだけが、布袋の上で尻尾を動かして鳴いた。


 オーレリアは手帳を抱えたまま、ゆっくりと息を吐いた。


「……もう、バレたも同然なのよぅ」


「まだ何も言っていない」


 ハリスが言う。


「でも、ロイ様は見つけたのよぅ。ここを。勘で」


「愛だ」


 ロイは真剣な面持ちで頷いた。


「もう…、」


 オーレリアは肩を落とす。


「ロイ様には、隠しきれないのよぅ」


 ハリスは少しだけ考えた。


 それからロイを見る。


「秘密を守れますか」


「その秘密が何かを知らない」


「では、説明する。秘密は守れ」


「分かった」


 ロイは即答する。


「ハリス」


 オーレリアが小さく名前を呼ぶ。


「オーレリアが信用しているなら、こちらも判断するしかない」


 ハリスは机の上の紙を伏せたまま、簡潔に話し始めた。


 ミコトに声が聞こえたこと。

 それがアーノウズ様の声らしいこと。

 良くないことが起きるかもしれないこと。

 ただし、いつ、どこで、誰に関わるかは分からないこと。

 先生には、証拠を掴んでから言うこと。

 そのために、ここを秘密基地として使い始めたこと。


 ロイは途中で何度か頷いた。


 分かっているのか、分かっていないのかは、少し怪しい。


 ハリエットはずっと落ち着かなかった。


「あの、ロイ君、その、危ないことかもしれなくて」


「分かっている」


「本当に分かってますか?」


「たぶん」


「たぶん!?」


 ハリエットの声が裏返る。


 ロイは真顔で言った。


「よく分からないが、オーレリアを守るから傍にいる。余計なことはしない」


 オーレリアの手が止まった。


「ロイ様……」


 ロイは当然のように彼女を見る。


「オーレリアが危ない場所にいるなら、僕もいる」


 ミコトは、少し息を忘れた。


 まっすぐだった。


 あまりにもまっすぐで、少し怖いくらいだった。

 けれど、そこには誤魔化しがない。


 大事な人を、大事だと言う。

 傍にいると、迷わず言う。


 そんなことを、こんなにはっきり口にできる人がいるのだと、ミコトは思った。


 その隣で、ヴァンは少しだけ顔をしかめていた。


「……近いな」


「何がだ」


「距離が」


「オーレリアは許嫁だ」


「そういう話じゃない」


 ロイは不思議そうに首を傾げる。


 ヴァンは、それ以上言うのをやめたらしい。


「余計なことをしないならいい」


「しない」


「本当か?」


「する時は言う」


「する気あるだろ」


「必要なら」


 ヴァンは少し黙った。


 ハリスが息を吐く。


「余計なことをしない、の定義を後で決めます」


「それがいいのよぅ」


 オーレリアが小さく頷いた。


 ローティは、ロイをじっと見ていた。


「ロイって、面白いな」


「君も面白そうだ」


「俺はローティ」


「覚えた」


「ほんとに?」


「名前が似ているからな」


「そこかよ」


 ローティは楽しそうだった。


 ルナが、布袋の上から降りる。


 小さな足で、とことことロイの近くまで歩いた。

 匂いを嗅ぐように鼻先を動かし、すぐにミコトの方へ戻る。


「猫もいるのか」


「ルナです」


 ミコトが言う。


「いい名前だ」


 ロイは素直に頷いた。


「オーレリアが好きそうな名前だ」


「私じゃないのよぅ。ミコトさんが考えて、ヴァンさんが決めたのよぅ」


「そうか」


 ロイはヴァンを見る。


「君が決めたのか」


「ルナが嫌がらなかったからな」


「猫の意思を尊重したわけだ」


「そうだ」


 ロイは少し考えてから、明るく笑った。


「いいな」


 ヴァンは返事をしなかった。


 褒められる理由が分からない顔だった。


 場が少し落ち着いたところで、ヴァンがふとロイを見た。


「ところで」


「何だ」


「皇國将棋はできるか?」


 ハリスの目が、わずかに動いた。


 ロイは胸を張る。


「できる。得意だ」


 ヴァンも、少しだけ姿勢を変えた。


「おれも得意だ」


「なら、オレは大得意だ」


 倉庫の空気が、変わった。


 ヴァンは応じた。


「おれだって大得意だ」


 二人の間で、火花が散った。

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