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緋鋼皇国物語Ⅰ 第一期 第一部 七聖学院編  作者: ふみの世界樹
第二章 ともだち

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第十六話 調査開始


 秘密基地には、もうルナがいた。


 小さな籠には、自由市場で買った柔らかい布が敷かれている。

 水皿と浅皿も、机の下に置いてあった。


 けれど、ルナは籠の中にはいなかった。


 部屋の隅に積まれた古い布袋の上で、丸くなっている。


 ヴァンはそれを見て、少しだけ息を吐いた。


「そこがいいなら、そこでいい」


「籠、使ってくれませんね」


 ミコトが小さく言う。


「閉じ込めるわけじゃない」


「はい」


 ルナは片耳だけ動かした。


 用務員室の奥にある小さな倉庫は、昨日までとは少しだけ違っていた。


 床に積まれていた壊れた木箱は壁際へ寄せられ、古い布は畳まれ、使える机が一つ中央に置かれている。

 椅子は数が揃っていない。

 背もたれのあるもの、脚の短いもの、座面に傷のあるものが混じっていた。


 けれど、全員が座るには足りた。


 ゴーンズさんは、今はいない。

 用務員室の方も静かだった。


「秘密基地なのよぅ」


 オーレリアが、手帳を開きながら言った。


「遊び場じゃない」


 ハリスがすぐに返す。


「分かってるのよぅ。だから記録が必要なのよぅ」


「記録係は勝手に決まったのか」


「必要な役なのよぅ」


 オーレリアは得意そうにペンを持つ。


 ハリエットは、ルナが丸くなっている布袋を見て、少し安心したように笑った。


「嫌がってはいないみたい」


「ならいい」


 ヴァンはそれだけ言って、机の端に寄りかかった。


 ローティは椅子に座らず、部屋の中をきょろきょろ見回している。


「ここ、思ったより秘密基地っぽいな」


「っぽい、じゃなくて秘密基地なのよぅ」


「じゃあ俺、何係?」


「まだ決まってない」


 ハリスが言った。


「え、決めてくれるの?」


「役に立つなら」


「役に立つし」


「まず黙れるかどうかだ」


「それ一番むずかしいやつじゃん」


 ヴァンが横から言う。


「自覚あるなら帰っていいぞ」


「やだ」


 ローティは即答した。


 そのやり取りを、ミコトは少し不思議な気持ちで見ていた。


 ローティは遠慮がない。

 ヴァンも、突き放しているようで、本気で追い出す気はなさそうだった。

 ハリスは間に入るでもなく、必要なところだけ線を引いている。


 ミコトが来る前から、ここにはもう形があったのだと思った。


「まず、何を調べるか」


 ハリスが机の上に紙を置いた。


「アーノウズ様のお告げでは、凶事の証拠を探す必要がある。でも、場所も時刻も相手も分からない」


「つまり、変なことを探すのよぅ」


 オーレリアが書き始める。


「変なことなら、いっぱいあるよ」


 ローティが手を挙げた。


「いっぱいあるのかよ」


 ヴァンが見る。


「学院だぞ。そりゃあるだろ」


「例えば」


 ハリスが促すと、ローティは少し考えてから言った。


「ペット禁止なのに、校長先生が犬を飼ってる」


 ミコトが瞬きをする。


「犬、ですか?」


「うん。ぷーちゃん」


「ぷーちゃん」


「小さくて、白くてもこもこしてる。校長先生、めちゃくちゃ可愛がってる」


 ヴァンが眉を寄せた。


「校長が?」


「見たことない?」


「ない」


「隠してるもん」


「ペット禁止なのに?」


 ミコトが尋ねると、ローティは頷いた。


「だから変なこと」


 オーレリアのペンが走る。


「校長先生、ぷーちゃん、白い犬、ペット禁止なのに飼っている……」


「それは凶事と関係あるのかな」


 ハリエットが困ったように言う。


「少なくとも、規則と実態が違う例ではある」


 ハリスは淡々と受け取った。


「次」


「え、次?」


 ローティは少し嬉しそうにした。


「ゴーンズさん、キャサリンさんのアップルパイに弱い」


 オーレリアの目が輝く。


「厨房長のキャサリンさんなのよぅ?」


「そうそう。ゴーンズさん、キャサリンさんからの届け物だと、すごく機嫌いい」


「……それは調査に必要なの?」


 ハリエットが小声で聞く。


「人の出入りの情報にはなる」


 ハリスは真面目に言った。


「厨房と用務員室の間に、届け物の動線がある」


「ハリス、それ真面目に言う?」


 ローティが笑った。


「事実だ」


 オーレリアは、手帳の端に小さく何かを書き足した。

 ミコトには、文字までは見えなかった。


「あと」


 ローティは、さらに身を乗り出す。


「校長先生って、先生選ぶ時、顔も見てるって噂あるよ」


「顔?」


 ミコトが首を傾げる。


「ジークハルト先生とか、アルフォンス先生とか、ヴァルク先生とか、エドワード先生とか、エイデン神父とか」


「エイデン神父も?」


「かっこいいから」


 ハリエットが少し吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。


 オーレリアは真剣に書いている。


「校長先生、面食い疑惑……」


「書くな」


 ハリスが止めた。


「でも、情報なのよぅ」


「それは噂だ」


「噂も記録して、あとで分ければいいのよぅ」


「なら、噂と明記しろ」


「はいなのよぅ」


 ローティは楽しそうだった。


 ヴァンは半分呆れていた。


 ミコトは、少しだけ笑ってしまった。


 凶事の証拠を探しているはずなのに、出てくる話は、犬や、アップルパイや、校長先生の好みだった。


 けれど、それでも机の上には、少しずつ学院の見えない線が増えていく。


 校長室。

 厨房。

 用務員室。

 閉まった教室。

 人の少ない廊下。


 全部が関係あるとは限らない。

 むしろ、関係ないものの方が多いのかもしれない。


 それでも、知らなかったことが、少しずつ形を持っていく。


「じゃあ、これは?」


 ローティは、また得意げな顔をした。


「マナ様とマギ様っているだろ」


「いますね」


 ハリエットが頷く。


「現皇帝陛下の、かなり歳の離れた弟君と妹君で、レオナ様の異母兄妹なのよぅ」


 オーレリアも普通に言った。


 ローティの顔が止まる。


「……知ってた?」


「知ってるよ」


 ハリエットが困ったように笑う。


「有名なのよぅ」


「学院生なら、大体知っている」


 ハリスが言った。


 ローティは少しだけ口を尖らせた。


「なんだよ。もっと驚くと思ったのに」


 ヴァンは、机の下に置かれたルナの皿を見ていた。


 皇帝の弟だろうが妹だろうが、今ここでどうでもよかった。

 ルナが皿をひっくり返さないかの方が、まだ気になる。


 ルナは尻尾をゆっくり動かして、皿には触れなかった。


「フェルトンって、最近ちょっと変じゃない?」


 ローティが言った。


 ヴァンは顔を上げた。


 フェルトンなら知っている。


 同じ教室にいる。

 顔も名前も知っていた。


「何が」


「開かずの間の前にいたんだよ」


 オーレリアのペンが止まる。


「開かずの間なのよぅ?」


「うん。あと、湖の船着き場に一人でずっと立ってた。何十分も」


「何をしていたの?」


 ハリエットが尋ねる。


「分かんない。ただ、湖を見てた」


「怪しいのよぅ」


 オーレリアがすぐに書こうとする。


「怪しいって書くな」


 ハリスが止めた。


「まだ何もしていない」


 オーレリアは少し考えて、文字を直した。


「要観察なのよぅ」


「それならいい」


 ヴァンは黙って聞いていた。


 フェルトン。

 開かずの間。

 船着き場。


 覚えておいて損はなさそうだった。


 ミコトは首を傾げた。


「開かずの間?」


 その時、倉庫の扉が二度叩かれた。


 こん、こん。


 全員が動きを止める。


 ここは秘密基地のはずだった。


 ヴァンは扉を見る。

 ハリスも、紙を伏せた。

 オーレリアは手帳を胸元へ寄せる。


 外から、落ち着いた声がした。


「オーレリアは、ここにいるか?」


 オーレリアの手が止まった。


「……ロイ様?」

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