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50話:湯楽総本店

デリヘル嬢の顔面騎乗で窒息死してから、三年の月日が経った。


- いや、さすがに言い直そう


この世界に俺が来てから、三年の月日が経った。

すっかり俺は社長の仕事が板についている。


「いらっしゃいませ!本日はご予約ですか?」

「いや、予約はしてなくて…」

「そしたら、今から入れる子は…ちょっとナディア~?」


受付の奥から、メスゴブリンが出てくる。


「由太ちゃん、いい加減に受付で帳簿つけるのやめなよ」

「いや、受付にいないと落ち着かなくて」

「まったく、金玉の小っちゃい男だね」

「は?小さくないし!?知ってるだろ!?」

「そんな昔の話は覚えちゃいないよ。てか、お客さん待たせてるから」


ナディアは「すっこんでろ」とばかりに、俺に向けて手を払う。


- 俺なしで回り過ぎて、ちょっと寂しいな~


「次の方~」


ナディアの声が、総本店の入口に響く。

ゴミ置き場風だった我が社は、今やロタの村で一番目立つ建物だ。


看板には、堂々とこう書かれている。


『ロタ湯楽 総本店』


挿絵(By みてみん)


名前は最後の最後まで揉めた。主に俺がゴネた。

俺は「異世界ソープランド 本店」を推しが、満場一致で否決された。


「客は来るかもしれないけど、村の長老衆が卒倒するよ」


俺がどうして長老衆に気を遣わねばらならんのか。解せぬ。

だが、総本店は順調だった。


受付には、大勢の客が毎日押し寄せてきた。

旅人、商人、亜人、獣人、人間、たまに何なのか分からない種族。


彼らはここで受付をして、女の子を選び、湯屋や個室へ案内される。


昔のように、客が路地で女の子を買い叩くことは減った。

女の子が危ない客に当たれば、すぐに出禁になる。

料金も明示され、部屋代も湯代も管理費も帳面に残る。


素晴らしいまでの健全経営だとは思わないだろうか?

まさに優良風俗店とは、我々のためにある言葉ではないか。


「ラトリアさん。三番湯屋の予約、あと二組入れられますか?」


エリーゼが帳面を覗きながら訊ねる。


「はい。デヴィたちが空きますが高いですけど大丈夫ですか?」

「お客さんは写真見せたら、デヴィさんが良いって」


ラトリアは、すっかり頼れる管理者になっていた。

デヴィやチェルシーは人気嬢になっていた。


特に、デヴィの毒舌を求めたリピーターが大量いると報告を聞いている。

性癖の歪んでいる奴は、どの世界にもいるらしい。


ラトリアが抜けた後、デヴィとチェルシーには次の義妹ができた。

あの二人が姉の顔をして新人に教えている姿を見ると、俺は少しだけ目頭が熱くなる。


まあ、教えている内容の八割はここでは書けないが。


「由太ちゃん、獣人街の方、ランダールが呼んでるよ」


ナディアが言う。


「また揉めごとか?」

「違うね。新しい客が、毛並み指定でうるさいらしい」

「それはランダール案件だな」


獣人街との連携も、今では総本店の大事な柱である。


ランダールは、獣人娘たちの窓口としてよく働いてくれている。

愛想もよくて判断が早い。文字通り、危ない客を見抜く鼻も利く。


動物娘や亜人たちの人気は根強いものがある。

リギリトゥとトロイカの人気も相変わらずだ。


というか、あの二人は3年経っても容姿が全く変わない。

実は俺の倍近く生きているとの噂もある。


今でもリギリトゥは、孤高の看板嬢として別格の存在感を放っている。

トロイカは商売の勘が鋭く、もう代理店業が本職と言って過言ではない。


「エリーゼ、ローションの在庫は?」

「通常用は十分あります。ベッド用は、夕方に原液が届きます」

「新しいスライム娘たちの原液の品質は?」

「安定していますよ」


エリーゼは柔らかく笑った。


三年前、彼女は一人で無理をして倒れたが、今は違う。

エリーゼは製造でも現場でも、すっかり大黒柱だ。


というか、俺のやることは全て巻き取られてしまった。

お陰様で毎日が夏休み状態である。


ロタの村はヌルヌル産業の中心となった。

スライム娘たちは、彼女を今でも「お姉さま」とか「姫さま」と呼ぶ。

本人は毎回困っているが、最近は少しだけ慣れてきた。


あの日以来、エリーゼの力は暴走していない。

結局、エリーゼがどんなスライムだったのかは分からない。


でも、その方が幸せなのだとも思う。

この先もエリーゼを怒せないように気をつけよう…


「由太さん」

「なんだ?」

「パルアの件、今日の夕方に使者が来ます」

「ついにか」


ついに、パルアへの出店である。

だが、今度出すのはソープランドではない。


パルアは大都市で、人口や旅人の数はロタの村とは桁違いだ。

特に宿屋の多さがロタの村とは全然違うのである。


また、ギルドなどが土地をしっかりしているのも特徴だ。

今回の出店では、ソープランドの開業許可は下りなかった。


だからこそ、別の業態で戦うことにした。

デリバリーヘルスである。


言うならば、これが最もふさわしい呼称だろう。


「異世界デリヘル」


なんという素晴らしい響きだろう!!!

ローション製造にソープランド、ついにはデリヘル。

三年前なら夢物語だったが、今や夢は現となった。


ロタで整えた仕組みは、そのまま転用できる。

実際、総本店も実質的にはデリヘルに近い。


受付をまとめ、湯屋と嬢を案内し、衛生と客管理を標準化しているのだ。


ギルドとの交渉も大詰めであり、進出は順調に進んでいる。

だが、進出後も簡単ではない。


パルアにはパルアの縄張りがある。

行政とマフィアは別物なのだ。


だから、外のマフィアとの交渉が必要となる。

それに、長老衆も商人たち、酒場も宿も絡む。


まったく胃が痛い話である。

だが、昔と違って、俺は一人ではない。


使者を待っていると、全く待っていない男がやってきた。


「よう、兄さん」


重要な会合前でナイーヴなのに、更に萎えさせる奴。

入口に立っていたのは、この世で俺の最も嫌いな男。


ピポラス・ベルズガッド。


相変わらず、うさん臭い笑顔を貼り付けている。

その後ろには、旅装の客が数人。


「いい客、連れてきましたぜ」

「帰れ」

「ひどい!」

「お前に案内された客は、まず信用調査からだ」

「まだ根に持ってるんですかい?」

「死ぬまで持つ」

「もう死んでるじゃないですか」


心の底からぶん殴りたいのは永遠に変わる気がしない。

だが、ベルズが客を連れてくるのも事実である。


天国の門から流れてくる死者、旅人、妙な趣味の連中。

ベルズはその導線を握っている。


関係は最悪だが、商売上は切れない。

人生とは、かくも理不尽である。


「料金は前払い。ライツ払いは不可。紹介料は規定通り。あと俺の前で兄さんと呼ぶな」

「へいへい、由太社長」

「黙れ。その呼び方も腹が立つ」


ベルズは楽しそうに笑った。


いつか必ず、こいつには落とし前をつけさせる。

俺の中で、その誓いだけは三年経っても色褪せない。


それでも、三年間で変わったものは多い。

挙げれば切りがないが、一番大きいのはロタの村そのものだろう。


親方が暴力で握っていた風俗街は完全に別物になった。

搾取が消えたとは言えないが、昔よりはましになったのは確かだ。


この世界は、まだ知らないことも多い。

それでも、俺の周りの世界は少しだけ良い方に変わったと思う。


「由太ちゃん!使者の方がお見えになったよ!」


ナディアの声が響く。


俺は襟を正す。正すような襟もないボロ服だがな。


- パルアの件が動けば、また忙しくなるな。


だが、不思議と嫌ではなかった。


俺の隣にエリーゼが隣に立つ。

いつもと同じ笑顔がそこにはある。


「行きましょう。由太さん」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、はい」


そういって、彼女は俺に手を差し出す。


「そういうのは、男側がやるものなんだがな」

「由太さんから手を握ってくれること、ないじゃないですか」

「それは…」


俺は目を反らして頭を掻く。


「受付前でイチャイチャすんじゃないよ」


ナディアは俺たちの背中を突き飛ばす。

二人で転びそうになりながら、一緒にバランスを取った。


エリーゼはくすりと笑う。

俺も一緒になって笑った。


受付の外では、今日も客が列を作っている。


ここから次の街へ、次の湯屋へ、次の仕組みへ。

俺たちの商売は、まだ続いていく。


ーー


そして、この十年後。

目標の1兆ポニカが、手元に揃った。


俺はついに、ベルズから奪われたライツを買い戻すことになる。


それはまた、"別れ"の話でもある。

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