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最終話:"別れ"

堀辺由太の歩んだ経営譚。

その手記も、このページで最後となった。


このような駄文を読み続けた諸君!

既に存じたことであろうが、改めて(したた)めるとしよう!


――堀辺由太は英雄ではない


肥大化した自尊心を持て余した風俗狂いである


企業勤めも長く続かず、独立しては海外で漂うように生き、のらりくらりと過ごしてきた放蕩者である


だが、物語の中でくらいは尊大に語らねば、いよいよ格好もつくまい


読者諸君におかれては、この哀れなる愚生が紡ぎ出す、艱難辛苦の妙味を味わわれたし


その手記の名おば――


ーー


あれから十年が経ち、世界は少し変わった。

すべてが綺麗になったわけではないが、パルア全体の治安は以前よりずっと良くなった。


ロタの村を含む東の大エリア全体に、俺たちの総本店方式は広がっていた。

例の異世界デリヘルで優良経営が認められ、ソープランドの開業にこぎ着けたのだ。


「由太さん、パルア第三湯屋の報告です」


エリーゼが書類を持ってくる。


十年経っても、彼女の姿はほとんど変わらない。

たが、変わったところはたくさんある。


かつて夜の森で、誰にも買われないと俯いていたスライム娘は、もういない。


今のエリーゼは、パルア中の"スライム粘液事業"を束ねる中心だ。

スライム娘たちからは相変わらず「お姉さま」と呼ばれ、時に「姫さま」と呼ばれて困っている。


ローション事業は、いつの間にか風俗の枠を越えていた。

スライム粘液からは、弾力のある素材が生まれた。


水に強く、加工しやすく、形を保つことができる新素材。

俺はそれを見た瞬間「プラスチックだ!」と叫んだ。


この魔法の素材のおかげで、人々の生活は劇的に変わった。


特にコンドームの開発は大きかった。

この世界で最も偉大な発明の一つでと自負している。


ゴムのお守りの実績を考えれば、この誇りは冗談ではない。

病気は減り、望まぬ妊娠も減り、女たちはより安全に働けるようになった。


エリーゼは、そのたびに少し照れたように笑った。


「私の力が、そんなふうに役に立つなんて思いませんでした」

「君の価値を、この世界が知らなかっただけだ」


十年前と同じことを、少しだけ違う意味で言った。

エリーゼは嬉しそうだったが、ナディアは白い目で見ていた。


そして、ついに来るべき時がやってくる。


ーー


その日、俺は久しぶりにベルズを呼び出した。


挿絵(By みてみん)


ピポラス・ベルズガッド。


俺のライツを騙し取り、メスゴブリンの生け簀に俺を叩き落とした、あの卑劣キャッチ野郎である。


「いやぁ、由太社長。こうして呼び出されるなんて光栄で――」

「黙れ」

「へい」


相変わらず腹の立つ笑顔だった。

俺は目の前に、物がパンパンに詰まったバッグを置く。


「一兆ポニカだ」


ベルズはしばらく何も言わなかった。


やがて、くくっと喉の奥で笑う。

ベルズの笑顔は大きく弾け、一笑いした後には例の営業スマイルはなかった。


「いやぁ...これは驚いた」

「......」

「兄さん、本気ですかい?」

「笑いたきゃ笑えよ」


ベルズはしばらく俺を眺めていたが、やがて肩をすくめた。


「これはあっぱれ!やはり旦那は一味違う!」


十年前にも同じ会話をした気がする。

だが、もう俺はあの頃とは違う。


「俺のライツを返せ」

「兄さん、誰かから聞いたんでしょ?ライツは1兆ポニカで売れるって」

「まさか!?」

「売って金にしなけりゃ、何の価値にもならない」

「貴様…」


俺はベルズに飛びかかろうとした。

が、ベルズはすっと手を差し出した。


「まあまあ。落ち着いてくだせぇ」


すると、ベルズの手が光ったのだ。


光の中から、ニョキッと何かが出てくる。

それは、一枚の光る小さな紙切れだった。


ベルズは紙切れを掴んで、俺に見せる。


「話は最後まで聞きましょうや。10年前から変わりゃしない」


確かに、こいつの言う通り。

最初に騙された時から、俺はヒトの話を聞かずに痛い目をみている。


『どういうことだ?』

『ライツが1兆ポニカで売れるわけないでしょ』


- あの言葉は嘘じゃなかったのか?


「確かに、天国のライツは1兆ポニカの価値がある。だが、普通は売りたくても買い手が付かない。高過ぎて買えるヒトがいない」

「じゃあ、お前はそれをどうしたんだ?」

「天国に行って、散々遊ばせてもらいましたわ」


ベルズは、最初から金目当てではなかった。

天国に行くことが目的だったのだ。


「で、なんで天国に行ったのに戻ってきた」

「まあ、簡単に言えば飽きましてね」

「は?」

「アシみたいなのは、兄さんみたいな人間が、もがき苦しむ様を見る方が楽しいんですな」


- 悪虐非道の鬼畜キャッチ野郎


「まあ、兄さんには、十分楽しませてもらいましたからね…」

「返してくれるのか?」

「ええ。1兆ポニカで」

「このクズ野郎が」

「お褒めに預かり、光栄です」


ベルズは紙を差し出した。


「長い寄り道でしたね」

「お前のせいだ」

「でも、悪くなかったでしょう?」


俺は答えなかった。答えたくなかった。

だが、ベルズはそれで十分だと言わんばかりに笑った。


俺は、ぶっきらぼうに天国行きのチケットを奪い返す。

紙を掴んだ手は光り、ライツは俺の中に吸い込まれていた。


- やっとだ!やっと取り返したぞ!


ベルズは俺の顔を覗き込み、ニヤリと笑う。

その瞳には、俺の誇らしげな顔が映っていた。


挿絵(By みてみん)


「いい顔になりましたね、兄さん」

「うるせえ」

「じゃあ、契約成立ということで」


ベルズが指を鳴らすと、どこからともなく小柄な男が現れる。


「じゃあ、1兆ポニカはいただいてきますぜ」

「もってけ、泥棒」


去り際に、ベルズが振り返った。


「じゃあ兄さん」


ベルズが俺の肩を叩く。


「"天国"へようこそ」

「......ああ」


俺は小さく笑った。


ーー


天国の門は、昔と変わらず巨大だった。

十年ぶりに来た宮殿。庭園から見上げた空は、やけに白かった。


「久しぶりね」


挿絵(By みてみん)


玉座に座るのは相変わらず、おっぱいバインバインの女神だった。


-ドチャクソしこいな


十年経っても、その感想が最初に出る俺は本当に救い難い。


「ライツ、取り戻したの?」

「ああ」


俺は光る紙切れを見せる。

女神は目を丸くして、ニヤニヤとこちらを見下ろした。


「もしかして、誰かにライツを売ってもらったの?」

「…」

「もしかして、騙されたキャッチから買い戻したの?」

「….」

「もしかして、あなたってバカなの?」


彼女は、女神はゲラゲラ笑った。


挿絵(By みてみん)


「あはは!まさか、本当に買い戻すとはね!」

「笑うなよ」

「笑うわよ。あなた、ホントにバカなのね!」


女神は腹を抱えたまま、俺を見る。

その目には、笑い過ぎて涙が滲んでいた。


「で、どうする?行くの?天国?」


俺はライツを見た。


十年前、喉から手が出るほど欲しかったもの。

すべてを失った俺が、取り戻すべきだと思っていたもの。


天国行きのチケット。

俺は、それを静かに握った。


「いや、天国は行いかない」


女神は、笑みを深めた。


「なんで?」

「行く必要がなくなった」

「とうして?」

「天国は、自分で作ったから」


言ってから、少し照れた。さすがに格好過ぎだ。

俺史上、相当な上位に入る決め台詞である。


女神はしばらく黙っていた。

そして、少しだけ微笑んだ。


「フフフ。今日は笑ったわ。十年ぶりよ」

「褒め言葉として受け取っておく」

「褒めてるわよ。ちゃんとね」


女神は、穏やかな顔で訊ねた。


「じゃあ、そのライツはどうするの?」

「持っておくよ」

「使わないのに?」


俺は答える。


「俺が天国に行けたのに、行かなかった証拠だ」

「変な男」

「よく言われる」

「でしょうね」


俺は無言で頷いて、女神に背中を向けた。


「天中界に残る人の出口はあっちよ」

「二度目だ。分かっている」


誇らしげに歩く俺の背中に、女神が嘲笑混じりのエールを送っている。


よく聞けば、それは笑いながらなだけで、本当に人を送り出す言葉だった。

多分、あの日も嘲りではなかったのではないか?その真相は分からないのだが。


十年前と同じように、門の外へ歩く。

門の外に出た俺は、日の登った空に独り言ちる。


「いつか絶対に孕ませてやるって、思ってたんだがな」


ーー


門の外に出ると、エリーゼが立っていた。


挿絵(By みてみん)


「由太さん!」


彼女は駆け寄ってくる。

珍しく、顔が不安でいっぱいだった。


「本当に、行ってしまうのかと思いました」

「行くわけないだろ」


俺は笑う。


「本当ですか?」

「本当だ」


エリーゼの目が潤む。

俺は少し困って、頭をかいた。


「天国には行かない。俺の居場所は、もう向こうにある」

「……はい」

「君がいる場所だ」


言ってから、死ぬほど恥ずかしくなった。

いや、もう死んでいる。


だが、死後でも羞恥心は健在らしい。

エリーゼは、少し驚いた顔をして、それから笑った。


十年前、俺が見たかった笑顔。

それは、今でも俺が一番見たい笑顔だった。


「エリーゼ」

「はい」

「旅に出ないか」

「旅….ですか?」

「ああ」


俺は空を見上げる。


「ロタも、パルアも、随分良くなった。まだ問題はあるが、俺たちがいなくても回るくらいには」


ナディアがいる。ラトリアがいる。ランダールがいる。

デヴィとチェルシーも、次の義妹たちもいる。

スライム娘たちも、ヴォルガンも、ジョヴァールもいる。


総本店は、もう俺一人のものではない。

なら、少し離れてもいいではないか。


「昔、俺は一人で世界中を回った」

「知ってますよ」

「でも、今度は違う」


俺はエリーゼを見る。

彼女は、小首を傾げている。


「二人で世界を見よう」


エリーゼは黙って俺を見つめた。


「どこへ行くんですか?」

「そうだな…まずは、南の海はどうだろうか?」


正直、どこに行くかは全く考えていなかった。

だが、エリーゼは嬉しそうに笑った。


「いいですね!楽しみです!」


挿絵(By みてみん)


俺も笑った。君の笑顔が素敵過ぎたから。


こうして、俺たちは天国の門を背に歩き出した。


奪われたライツは取り戻した。

だが、天国には行かなかった。


天国に行けなかった男は、地べたで居場所を作った。

この売れないスライム娘と二人で、底辺から。


そして今、俺たちは旅に出る。


かつての俺は、欲望に引きずられて世界を回った。

これからの俺は、エリーゼと一緒に世界を見る。


まずは南の海へ。


その先に、どんな街があり、どんな女たちがいて、どんな商売があるのかは分からない。


だが、一つだけ確かなことがある。


俺はもう、天国へ行きたいとは思わない。

ここにいる。この世界で、彼女と生きる。


ーー


俺とエリーゼは、ロタの村へ向かう。

まずは、旅の荷造りだ。大荷物になるな。


「そういえば!」


エリーゼが、何かを思い出したように声を上げる。


「どうしたんだ?」

「二人で旅にでるなら、私はローションを作る必要がなくなりましたね」

「そうだな。グロリアたちに任せても、十分回ってるし」


俺だけじゃない。もう、エリーゼが居なくても回るのだ。


「じゃあ、"今度こそ"約束を守ってください」

「約束…」

「酷い!忘れたんですか!?」


エリーゼは頬を膨らませる。

もちろん、本気で怒っているわけではない。

エリーゼを怒らせると、こんなものでは済まないのだから...


それに――


『まあ、安心しろ。ローションを作る必要がなくなったら、そのときは…』


立てたフラグは、回収せねばなるまい。

俺は、橙が混ざり始めた黄昏の空を眺めて言った。


「愛してる。俺と結婚しよう」


これは本当のプロポーズだ。

何の捻りもない、最愛の人に贈る言葉。


『必ず…必ず君を買いにくるよ』

『えへへ、楽しみに待ってますね』


- あの日から、随分と長くかかってしまったな


怒るでも、笑うでもなく。

彼女は、穏やかな表情でこう言った――


挿絵(By みてみん)


「待たせ過ぎですよ」


――――


海外風俗を制覇した俺は、異世界デリヘル経営で無双する -完-


20XX年6月9日 堀辺由太

最後まで馬鹿げた経営譚にお付き合いいただき、ありがとうございました。

評価・レビューをいただければ嬉しいです。


次回作は学園ラブコメの予定です。

御礼や今後について書くと長くなるので、詳しくは活動報で書こうと思います。

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます! エリーゼちゃんもちゃんと結婚してもらえそうで安心しました! 幸せにしてもらうんだよ(^o^)
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