表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/51

48話:信頼と万策

『クイーン・スライムが出た』


ロタの村に走らった噂は人々の恐怖を煽った。


親方をねじ伏せたスライムは湯屋を根城にしている。

人の姿に擬態したスライム娘が村に住み着いている。


噂というものは、いつだって足が速い。

その足は大抵、方向感覚が狂っている。


一晩経つ頃には、エリーゼは親方を食ったことになっていた。


だが、村の連中にとっては真実などどうでもいいことだ。

大事なのは、怖がるに足る物語があるかどうか。


今のエリーゼには十分過ぎるほど、それがあった。


「……誰も来ないな」


俺は湯屋の受付で呟いた。

開業以来、客が途切れなかった湯屋が嘘のように静まり返っている。


壊された受付は応急処置で直した。

割れた棚は片付けたて、ローションも補充した。


だが、客が来ない。一人もだ。


「まあ、そりゃそうだろうね」


ナディアが腕を組んで言う。


エリーゼは、壊れたヌルヌルベッドの残りを片付けていた。

手つきは丁寧だが、明らかに元気がない。


自分が怖がられているという事実が、彼女の肩に重く乗っているのだろう。


「由太さん」


エリーゼが小さく言う。


「私、外に出ない方がいいでしょうか」

「そんなことはない」

「でも、私がいると……」


- 客が来ない?

- みんなが怖がる?

- 湯屋の邪魔になる?


彼女の言いたいことが嫌でも分かる。

だからこそ、腹が立った。


エリーゼは湯屋を守っただけなのにだ。

皆のための居場所を、守っただけなのに怖がられている。


「エリーゼ...」


俺が掛けるべき言葉を探していた時に、湯屋の外から声がした。


「由太さーん!」


その聞き慣れた声じは、ゴブリン娘の義長女のラトリアだった。

外へ出るとデヴィとチェルシーもおり、三人ともいつも通り。


「開いてますか?」


ラトリアが、自慢のあざと乳揺れ小首傾げスマイルで訊ねる。


「……来てくれたのか」

「当たり前じゃないですか!」

「今日は人来ない。つまり貸し切り。お得な機会」

「色々壊れちゃいましたし!みんなで、お手伝いしようって!ね!?」

「…….」

「ふふふっ」


デヴィの照れ隠しを、チェルシーが一瞬でぶち壊す。

ラトリアは、そんな二人をみて微笑む。


三人の様子は恐る恐るではないし、警戒する素振りもない。

いつも通りに、湯屋に来てくれたのだ。


奥からエリーゼが顔を出す。


「あ……」


三人娘はエリーゼを見る。

エリーゼの表情が強張り、時間が止まった気がした。


けれど、ラトリアはすぐに駆け寄った。


「エリーゼさん、大丈夫ですか?」

「え……」


エリーゼは困惑して目を反らす。

だが、三姉妹は畳みかけるように言葉を掛ける。


「昨日、すごく怖かったですよね」

「親方をやっつけたの、格好よかった」

「エリーゼさん!凄い強いんですね!」


エリーゼは目を丸くした。


「私のこと、怖くないんですか?」


三人は顔を見合わせる。


「怖い?エリーゼさんが?」

「なんで!?怖いわけないよ!?」

「エリーゼ。助けてくれた」


その一言で、エリーゼの目が揺れた。


「でも、私……親方を……」


ラトリアが笑いながら言う。


「まあ、殺したわけじゃないですし!」

「え?」

「殺してなきゃ、大丈夫です!」


- 売春婦は強かった!


彼女たちにすれば、殺さなければオッケーらしい。

基準がぶっ飛んでいるが、その意味はこう言うことだろう。


- 殺していなければ、取り返しはつく


エリーゼの顔が、少しだけ崩れる。

泣きそうな、笑いそうな顔だった。


「ありがとうございます……」


その後も、少しずつ女たちがやってきた。


ランダールとアニア、そして獣人娘たち。

それに、ナディアの元の店の子たち。


リギリトゥとトロイカも顔を出した。

リギリトゥは相変わらず無表情で、トロイカはヘラヘラしていた。


「怖くないのか?」


俺が訊ねると、ランダールは耳をぴくりと動かした。


「怖いもなにも、悪いのは親方です!」

「エリーゼさんは、いつも優しいですよ」

「ヌルヌルは正義」


- さっきから基準がバグってないか?


そう思ったが、みんなの気遣いなのだろう。

エリーゼと関わってきた者たちは、彼女を化け物としては見なかった。


ナディアは、他の売春婦たちより少し年期の入った顔で小さく笑う。


「よかったじゃないか」

「何がだ?」

「怖がらない連中もいるってことさ」

「ああ」


俺は頷いた。


だが、問題が消えたわけではない。

原液が届いたら、ローションを仕込んで、売り込みもしないとならないか…


ーー


湯屋の裏から小さな声がした。


「お姉さま!」

「いた!いた!」


沼のスライム娘たちだった。

原液を届けに来た数体が、ぴょんぴょん跳ねながらエリーゼへ駆け寄ってくる。


「お姉さま!」

「チカラが、ガーってした!」

「つよい!姫さま?」

「ぎゅーして!」


次の瞬間、エリーゼの身体にスライム娘たちが抱きついた。

いや、抱きついたというより、どちらかと言えば張りついていた。


挿絵(By みてみん)


エリーゼは驚きながらも慌てて受け止める。


「あ、あの、みんな……」

「会いに来た。エリーゼ」


遅れて森から出てきたのはグロリアだった。


「グロリアさん。今日はどうして?いや、なんでこの子たちは?」

「お前たち、みんな質問が多い。私も知っていることは少ない」

「すみません…」


エリーゼがしょんぼりとする。

その光景が微笑ましくて少し笑った。


「グロリア。なんで今日は来てくれたんだ?」


俺は助け舟を出す。


「力を感じた。この子たちも」

「力って?」

「知らない。けど共鳴した」

「つまり、どういうことだ?」


グロリアは答えない。というより、答えを持ち合わせていないのだろう。

俺は困ってエリーゼを見るが、彼女も同じような表情だ。


「スライム娘の体液に、影響を与えられるんじゃないのかい?」


そう言ったのは、ナディアだった。


「あの時さ。ローションもベッドも動き出していたじゃないか」

「つまり、この子たちにもエリーゼの力が伝わった?」


俺はグロリアを見る。

グロリアは何も言わず、コクりと頷いた。


結局、エリーゼがクイーン・スライムなのかは分からない。

ただ、明らかに小さなスライム娘たちはエリーゼに懐いていた。


これが何を意味するのか、誰も答えを持っていない。

だが、正直に言えば、俺はこう思ってしまった。


- そんなこと、どうでもいいことだろ。なぜかって?


エリーゼが、小さなスライム娘たちに寄ってたかられる。

その風景がなんとも、微笑ましかったからである。


「エリーゼ、人気者だな」

「由太さん……」


スライム娘たちには、恐怖ではなく憧れだった。


エリーゼは、自分たちより大きく、人間の形を保ち、粘液を操り、親方をねじ伏せた存在。

村の者にとっては化け物でも、彼女たちにとっては希望なのかもしれない。


--


日が暮れてから数時間がたったが、客は来なかった。

湯を使う女たちは戻り始めたし、ローションの注文も少しはあった。


だが、ヌルヌルベッドを目当てにした客は来ない。

鼻の下を伸ばしきって並んでいた男たちは、綺麗に消えていた。


「村の酒場や市場で、危ない場所だって話題になってるんだろうね」


ナディアが帳面を閉じる。


湯屋は女たちの場所としては生き残った。

しかし、商売としては大損害である。


村の状況は、湯浴みに来た売春婦たちが教えてくれた。

完全に俺たちの予想通りだった。


「クイーン・スライムが出たらしい」

「親方を一瞬で潰したって」

「湯屋はスライムの巣だ」

「近づくと溶かされる」

「いや、女たちは普通に使ってるらしいぞ」

「じゃあ女だけ操られてるんじゃないか」


噂に知性を求めてはいけない。諦めろ

だが、ここまで馬鹿だと腹が立つ。


だが、ヒトの噂は止めることができない。

商売として立ち行かなくなるのは、時間の問題だった。


一般的に言えば、詰みの盤面だった。

それでも俺は余裕の表情を浮かべていた。


- 堀辺由太には秘策がある

- あいつなら必ずどうにかしてくれる


そう思わせ、彼女たちを安心させるために。


しかし、読者諸君にだけは、正直に伝させてほしい

見栄と虚勢でここまで凌いできたが、万策は尽きようとしていた。


格好つけずに言うならば——


- 俺にはもう打つ手がなかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ