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46話:ヌルヌルベッド

ローションが大量にあるなら、使い方は当然変わる。

俺の頭の中は、完全に吉原遊郭状態だった。


だが、エリーゼとナディアは揃って首をかしげた。


「つまり、どういうことですか?」

「ソープランドを作ろう」

「いや、だから何を言ってんのさ?」


ナディアは完全に呆れ果ている。

そして、何となく俺の考えが分かったような顔でもある。


「身体をヌルヌルにして、客に特別な体験を提供するんだ」

「由太ちゃん」


ナディアが目を細める。


「格好つけてるところ悪いけど、鼻の下が伸びきってるからね」

「あー!由太さん、変なこと考えてるんですか!そんなのダメです!」


エリーゼも察したようで、何やら慌てている。


「おいおい、俺は経営の話をしているんだぜ」

「それが経営者の顔かね。どう見ても、ただの変態だよ」


失敬な話だが、まあ否定はしない。

だが、俺はマジもマジ、大本気だった。


今までは、ローションを竹筒に詰めて売っていた。

しかし、それでは一本売って終わりだ。


だが、湯屋の中で使えばどうなる?

そこから得られる恩恵は、革命と呼ぶに相応しかった。


部屋代を取り、湯代を取れり、大量のローション代まで取れる。

客はただ商品を買うのではなく、体験を買う。

これは単なる物販ではない。まさにサービス化といえるだろう。


「問題は、どうやってヌルヌルを体験にするかだ」

「普通に部屋で使えばいいんじゃないのかい?」

「それじゃあ、弱い!マットなくしてソープにあらずだ!」

「また変なこと言い出したよ」

「ですね」


俺は、チッチッチと指を振る。


「ソープとはな、男の夢なのだよ」

「夢なら早く覚めてほしいがね」

「ん-、やっぱり由太さん変なこと考えてますねー」


呆れる二人を余所に、俺は思考を巡らせていた。


「エリーゼ」

「はい」

「この寝台を、ヌルヌルにできるか?」

「……寝台を、ですか?」

「そうだ。できるだけヌルヌルにだ」


エリーゼは手から粘液を出す。

いつもよりも少し粘度の高い液体であった。

ザッツ、マーベラス!!


素晴らしい。だが、これでは不十分。

ローションの問題ではない、これはベッドの問題なのだ。


- なにか良い方法はないか?木製の寝台に布を敷く以上の何か…


俺はヒントを探して、周囲を見渡した。


そして、俺の脳髄を電流が駆け抜けた。

それは1万ワットであり、五百億アンペアであり、3千兆ボルトだった。


それがどれくらいで、何の単位なのかも知らない。

だが、それぐらいの衝撃だった。


「エリーゼ…」

「え?なんですか?」

「エリーゼなんだ。そうだ!君こそ理想のベッドだ!」

「え?え?」


俺は既にマットへの情念に支配られていた。

何人たりとも俺を制御することなどできない、かに思われた。


「由太ちゃん、いい加減にしな!」


そこで俺の意識は途絶える。

読者諸君は、性欲に支配されて女の子に襲い掛かることなきよう。


ーー


気が付くとそこは寝台の上だった。

いや、寝台にしてはら柔らかいのだが。


「起きたかい?」

「俺は、何を…」


目の前には、90度回転した地平にナディアが立っていた。

いや、90度回転しているのは俺の方だった。


「大丈夫ですか?」

「え?」


首を横を向けると、そこにはエリーゼの顔がある。

俺の顔を覗き込むエリーゼ。


この状況を客観的に説明すれば、紛れもない膝枕であった。

なぜこのような状況になっているのか、俺には全く記憶がなかった。

もう少しで思い出せる気配があるが、面倒そうなので止めた。


「ごめん。急に倒れてしまたらしい。疲労がたまっていたのかもな」

「ん?え?あ...そうなんですね。大丈夫ですか?」

「倒れた時に頭を打ったのかもしれない。後頭部がズキズキする」

「あんたの自業自得だよ」


- ナディアが呆れれているが、何かあったのだろうか?


それにしても、エリーゼの膝枕は柔らかかった。

ウォーターベッドのような…


- あああああああああああああああああああ


声は出ていなかった。

ワールドカップでもお目にかかれない、ナイスセーブだった。


俺はナディアに、後頭部を桶でブッ叩かれるまでのことを思い出す。

これは忘れたことにした方が都合が良さそうだ。


だが、俺の直感は正しかったらしい。

エリーゼの体の構造こそ、俺の求めるエロマットだった。


どうにか、バレずに話を戻したいものだ。


「エリーゼの体って、基本的に水分だよな?」

「はいそうですが」


- まあ、人間の体もほとんど水分なのだが


「どうやって形を保ってるんだ」

「外は膜になっているので、形を保てるんです」

「その膜は切り離せたりしないのか」

「切り離す?」

「要するに、膜の中に水が入ったものを作れないかってこと」


なかなか説明が難しいな…


「エリーゼちゃん。川の水汲むときのあれじゃない?」

「ん?なんだそれ?」

「由太ちゃんは見たことないのかい?」


ナディアは何を言っているのだろう?

俺がエリーゼのことで、お前より知らないことがあるわけないだろ。


「あー、あれですね。やってみます」

「え?」


エリーゼは水に触れる。

そして、体の一部を切り離して膜の中に水を閉じ込めた。


そこにあったのは、透明な水風船のようだった。


ああ、もちろん俺は衝撃を受けたさ。

嬉しいような、悲しいような、そんな気持ちになったね。

それから、ちょっとだけ不貞腐れてみた。


「これで合ってますか?」

「うん。あってる。エリーゼはすごいね」

「本当ですか!?良かったです!」


エリーゼはニッコニコだった。

ナディアは笑いをかみ殺していた。


悔しいので、命名だけは俺がさせてもらうことにした。


「これでいこう。名前は、ヌルヌルベッドだ」

「そのままだねぇ」


ナディアは肩をすくめた。


ーー


試験運用は、翌日の夜から始めた。

最初に使ったのは、ラトリアたちだった。


「え、これ本当に乗っていいんですか?」


挿絵(By みてみん)


ラトリアが寝台を見て、目を丸くする。


「もちろんだ」

「なんか……すごいですね」


デヴィが指でつつく。


「ぷにぷにする」


チェルシーは少し警戒している。


「凄い!どうやって使うの!?」

「俺が使い方を教えてやろ―—」

「私が教えるから、由太ちゃんは引っ込んでな」


マット講習をしようとしたが、ナディアに止められてしまった。

ちなみに、ナディアに講習担当ができるよう、事前に俺がナディアへ手本を見せておいた。

これについては、ここだけの秘密にしておいてほしい。


その日の実験結果は、想像以上だった。


「由太さん、あれ、すごいです」

「寝心地いい。家にほしい」

「お客さんも喜んでたよ!!」


3人とも上手く使えたらしい。


そして、俺は心の中で拳を握った。


- これはいける!いけすぎる!勝利はわが手の中に!


ーー


噂はすぐに広まった。


「湯屋に変なベッドがあるらしい」

「身体が楽らしい」

「客がまた来たいって言うらしい」

「ヌルヌルベッドが凄いヌルヌルらしい」


最後だけ頭が悪いが、広まるには分かりやすい表現だった。

そして、客は目に見えて増えていった。


最初は立ちんぼの女たちが客を連れてきた。

やがて、客の方から湯屋を指定するようになった。


「ヌルヌルの部屋、空いてる?」

「今は二組待ちだよ」

「待っても大丈夫?」

「なら先に湯を浴びてな。順番が来たら呼ぶから」


ナディアの顧客対応は完全に店のそれである。

俺は帳面を見ながら震えていた。


個室の稼働率が上がり、売上はどんどん伸びていいく。

ローション消費量は増えているが、供給は追いついている。


スライム娘たちの警戒心も、徐々に無くなっていった。

今では家の近くまで当番が来て、体液を出してくれるようになった。


今まで集めてきたパーツが噛み合い、歯車が回り始めていた。

バラバラだったものが、一つの商売になっていく。


「由太さん。みなさん喜んでくれていますね」

「ああ」


客は喜ぶし、女の子も楽になる。

湯屋の売上も立てば、設備も改良できるし、スライム娘たちにも対価が払える。


完璧には遠いが、ビジネスは確実に回っていた。

俺たちはようやく、事業の手触りを感じていた。


ーー


数日後には、個室二つではまったく足りなくなった。


待機場所は女たちで埋まり、受付前には客が並ぶ。

湯屋の外にまで、順番を待つ男たちが立つようになった。


「こりゃ、増築だね」


ナディアが言う。


「分かっている」

「ヴォルガンに頼むかい?」

「頼むしかないだろう」


あの偏屈ドワーフの不機嫌な顔が浮かぶ。


だが、今なら頼める。

売上も実績があり、これからの利用見込みもある。


もう河原の仮設湯屋ではない。

ロタの村に、新しい風俗の形を作り始めていた。


そう思った、矢先のことだった。

湯屋の外が、急に騒がしくなる。


怒鳴り声と悲鳴が、ドアの向こうから転がり込んできた。

何かが倒れる音がして、ナディアの顔色が一気に変わる。


「由太ちゃん...」

「ああ。やっぱり来たか」


俺は地面を踏みしめるように立ち上がり、エリーゼも隣にやってきた。

全員で外へ出ると、客たちが道を空けていた。


その先に、見覚えのある巨体がいた。

圧倒的な暴力の気配を纏う、このエリアを取り仕切るトロール。

俺の元職場の最高管理者にして、ロタの村の性風俗を掌握する男。通称"親方"である。


挿絵(By みてみん)


背後には、何人もの男たちがいた。

亜人やゴブリンだが、どう見ても真っ当に生きる連中の風貌ではない。


親方は湯屋を見上げ、低く唸るように言った。


「ずいぶん、勝手なことをしているな」

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