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43話:みんなの居場所

あっという間に、一ヶ月の時間が過ぎた。

俺は毎日、泥にまみれて馬車馬を超えて働いた。


体の酷使と言う意味では、下働きのときより何倍も大変だった。

それでも、心はどこまでも元気溌剌。

内発的な取り組みは、やるほどにエネルギーが湧き出すらしい。


そして、ついに湯屋が完成する。

完成と言ってしまうと、大層に聞こえるかもしれない。


実態としては、ロタの村の外れにある小さな建物だ。

それは木と石に、泥と汗と罵声で組み上げられていた。


挿絵(By みてみん)


「……できた」

「できたな」

「できましたね……」


俺の呟きに、ナディアが応える。

エリーゼも目を輝かせていた。


その前で、ヴォルガンは不機嫌そうに腕を組んでいる。


「多少はマシだが、素人の仕事だな」

「あんたも作った側だろ」

「俺が設計と配管設備しかやってない。そこだけは完璧だ」


何なんだ、この職人は。だが、文句は言えない。

本当に建ってしまったのだ。


木材を運び、石を運び、穴を掘り、怒鳴られ、また運んだ。

ヴォルガンの指示は容赦なかった。


土木建築なんて素人だってのに。

だが、その罵声の積み重ねが、いま目の前にある。


湯場と受付、個室は二つ。

簡単な待機場所と裏口。

竹筒や布を置く小さな棚。


完璧ではないが、川辺の仮設とは明らかに違う。

十分に施設と呼べる代物だ。


「中、見てもいいですか?」


エリーゼが訊ねる。


「お前たちの店だろ」


ヴォルガンはぶっきらぼうに言った。


中へ入ると、まず受付がある。

小さいが、客と女の子の出入りを確認できる場所。


奥には湯浴み場。まだ浴槽はない。

体を洗うだけだが、十分な場所だ。


上に据えた桶から湯を落とし、身体を流せる。

異世界式シャワーとでも呼ぼうか。


「これが……しゃわー、ですか?」


エリーゼが不思議そうに見上げる。


「そうだ。桶から湯が落ちてくる。手で汲まなくていい」

「すごいですね!」

「俺が考えた」

「作ったのは俺だがな」


ごもっともである。


湯場の床は少し傾いている。

水は溝に流れ、外へ逃げるようになっていた。


排水は、俺が完全に見落としていた概念である。

湯屋は湯よりも、流した後の水で腐る。

ヴォルガンの指摘は正しかった。


「こっちが個室だね」


ナディアが奥の扉を開ける。

そこには、小さな部屋が二つ並んでいた。


広くはないが、床はきちんと張られ、壁も厚い。

寝台代わりの台があり、布を敷けば客を入れられる。


-プレイルーム

なんとも甘美な響きである。


「由太ちゃん、顔が気持ち悪いよ」

「経営者の顔だ」

「そんな下品な顔の経営者はいないよ」


誤魔化せないらしい。

しかし、これはただのプレイルームではない。


女の子たちは、ここを使って客を取れる。

屋外ではない。親方の置屋でもない。


湯を浴び、身体を整え、客を選び、終わったらまた身体を流せる。

それだけのことだが、それだけすら今まではなかった。


待機場所には、簡単な腰掛けと棚がある。

女の子たちが布を置いたり、少し休んだりできる。


広くはないし、豪華でもない。

ここは夢のような空間ではない。


だが、雨は避けられるし、身体も洗える。

客から離れて、誰かと話すこともできる。


「ここで、みんなが休めるんですね」


エリーゼが小さく言った。


「ああ」

「湯浴み場より、ずっとちゃんとしています」

「一ヶ月も働かされたからな」


俺は腰をさすった。

この一ヶ月で、俺の肉体はずいぶん酷使された。

世界中の風俗を回った足腰をもってしても、ドワーフ式建築労働は過酷なのだ。


--


その日の夕方。

湯屋の前には、少しずつ女たちが集まり始めた。


ゴブリン三人娘のラトリア、デヴィ、チェルシー。

動物娘のランダールやアニアたち。

ナディアの元の店の子たちも、見学に来ていた。


更には、タリアンの女の子たちまで。

ほとんどトロイカが連れてきた冷かし見物だろうが。


「本当に使っていいの?!」


元気っこ代表のチェルシーが訊ねる。

みな、半信半疑の顔をしている。


「もちろんだ」

「お金は前と変わりますか?」


ランダールが訊ねる。


「湯を使うだけなら変わらない。仕事に個室を使うなら部屋代をもらう。揉めごとを起こした客は出禁。使った後は簡単に片付ける。細かいことはナディアに聞いてくれ」


俺が一気に説明すると、ナディアが横から肘で小突いてきた。

そして、女の子たちの前に立った。


「ここは、あんたたちが仕事に使える場所だよ。身体を洗たり、休憩したりできる。ヤバい客は追い出してやるから、困ったら私に言いな。湯だけなら5,000ポニカ。部屋を使う時は10万ポニカ」


高級売春で1回150万ポニカ。安ければ50万ポニカ。

10万ポニカは他店舗の1/5の値段だ。


「つまり、親方の店を使わなくていいってこと?」


誰かが言った。空気が少し変わる。

それが、この湯屋の狙いでもある。


親方の置屋を使えば、高額な"みかじめ料"を取られる。


外で客を取ったら、野外性交が当たり前。

それでは、身体を洗う場所も休む場所もない。

危ない客に当たれば、誰も助けてくれない。


その構造に小さな穴が空いたのだ。

けれど、本質はそうじゃない。


「親方の店を使わない選択もある。どうするかは自分で決めてくれ」


ここを使ってくれと頼むことはできる。

でも、次はここに縛られることになってしまう。

必要なのは選択肢であり、選択肢の上に自由はある。


ラトリアがじっと俺を見る。


「由太さんは、大丈夫なんですか?」

「大丈夫というのは?」

「置屋を営業するには許可が要ります」


俺は正直に言った。


「ここは正確には置屋じゃない」

「それは親方には…」

「まあ、通じないだろうな」


全員が少しだけ暗い顔をした。

その暗雲を晴らすために、俺は言う。


「だが、それでも必要なんだ」


俺は湯屋を振り返る。


「ここは、ただの湯屋じゃない。場所だ。身体を洗う場所。客を選ぶ場所。話す場所。逃げ込む場所。仕事の後に戻ってこられる場所だ」


少し、言葉が大きくなった気がした。

だが、今はそれでいい。


「みんなが今のままでも、もう少し楽に働ける場所だ」


女たちは黙っていた。

それから、デヴィがぽつりと言った。


「堀辺、これ使ってみたい」

「もちろんだ」


俺はヴォルガンを見る。

頑固ドワーフは不機嫌そうに紐を引いた。


上の桶が傾き、湯が落ちる。

ぱしゃ、と音を立て、湯が床を打った。


女たちから、小さな歓声が上がる。


「おお……」

「本当に出た」


女の子たちは皆で流れる湯に手を差し出す。


「温かい」

「すごい!」


エリーゼは嬉しそうに笑っている。

ナディアも、少しだけ目を細めていた。


ヴォルガンは相変わらず不機嫌そうだ。

だが、髭の奥の口元が、ほんの少しだけ緩んでいるようにも見えた。


こうして、ロタの村に小さな湯屋ができた。


場所、衛生、ケア、交流。

それらが一つにまとまった、風俗のためのインフラである。


もちろん、まだ小さい。

粗も多いく、できることも限られている。

だが、確かに始まった。


俺たちは、親方の置屋に依存しない場所を手に入れたのだ。


ーー


その夜のことであった。

初日の営業を終えた湯屋には、湯気と疲労と、少しの興奮が残っていた。


女の子たちは満足そうに帰っていった。

俺は受付横の腰掛けに座り、帳面を眺めていた。


「由太さん、今日はすごかったですね」


エリーゼが隣で笑う。


「ああ。想像以上だ」

「みなさん、嬉しそうでした」

「これもエリーゼのおかげだな」

「私ですか?」

「ローションがなければ、ここまで来れなかった」


エリーゼは少し照れたように俯いた。

その様子を、ナディアが黙って見ていた。


いつもの軽口がない。

俺は少しだけ違和感を覚える。


「ナディア?どうかしたのか?」

「由太ちゃん」


ナディアは低い声で言った。


「少し、聞きたいことがある」

「何だよ?改まって」

「エリーゼちゃんのことだよ」


エリーゼの顔が、わずかに固まる。

俺も自然と背筋が伸びた。


ナディアは湯屋の奥を一度見て、それから俺たちに向き直った。


「今日見ていて…いや、少し前から思ってたんだ」


その声には、からかいも冗談もなかった。


「エリーゼちゃん、人間じゃないね」

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