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42話:金儲け

ヴォルガンの作業小屋は、外から見た印象以上に物で溢れていた。


挿絵(By みてみん)


木材、鉄材、工具、酒瓶。

男の浪漫と生活能力の欠如が同居した空間である。


「座れ」


ヴォルガンは顎で椅子を示した。


俺が腰を下ろすと、彼は向かいの作業台にどかりと座る。

ナディアは壁にもたれ、何も言わずに俺たちを見ていた。


「で、何を作りたい」

「湯屋だ」

「もっと具体的に言え」

「女たちが身体を洗える場所。客を入れられる部屋。休める場所。揉めた時に逃げ込める場所」

「多いな」

「必要だからな」


ヴォルガンは鼻を鳴らした。


「風呂を作りたいのか。置屋を作りたいのか。宿を作りたいのか。避難所を作りたいのか。はっきりしろ」


鋭い指摘だった。

俺の中でも、それは混ざっていた。

全部欲しい。だが、全部欲しいと言う人間は、大抵何も作れない。


「優先順位で言えば、まずは湯だ」

「何に使う湯だ?」


俺は答えた。


「仕事の前後に身体を洗えること。それが第一だ」

「次は」

「個室。客を入れられる部屋がいる」

「次は」

「待機部屋だ。危ない客や揉めごとを止める場所がいる」

「次は」


ヴォルガンは確認を重ねる。

俺の要望を聞くというより、何かを見極めるための聞き方だ。


「休める場所も欲しい」

「贅沢だな」

「分かっている。でも必要だ」


ヴォルガンの眉がわずかに動いた。


「なぜだ?」

「休憩は必要なんだ。体だけじゃなくて、心にも」


ヴォルガンは黙っている。


「ただの湯屋じゃない。心の休まる場所を作りたいんだ」

「それで、お前はいくら儲けるんだ」


遠回りしながらも、頑固ドワーフはこれが聞きたかったのだろう。

理想は必要で、綺麗事も必要で、妥協だって必要だ。

その言葉で着飾った想いすら、本質は金儲けという算盤勘定なのではと?


俺も経営者の端くれになったのだ。

そりゃ、考えなきゃいけないって分かってる。


でもなーー


「そんなものは知らん」


ナディアが少しだけこちらを見る。


「続かないぞ?お前の考えは浅い。馬鹿のやる無謀だ」

「そうだよ。儲けなきゃ、続かないさ」


俺は1ヵ月も無償で湯屋を提供してきた。

エリーゼに負担をかけて続けたのに、無料は客には当たり前になった。


金が必要だ。湯を沸かすにも、掃除するにも、人を雇うにも金がいる。

善意だけで回す場所は、善意が尽きた瞬間に腐る。


だけど、確かに善意は伝わった。

獣人の女の子は金を払い、運営に居力してくれるようになった。


だから、重要なのは儲けを考えることじゃない。


「でも、儲けるために始めるわけじゃないだろ」

「ほう?」

「誰かを喜ばせる。そしたら金が貰えるんだ。銭勘定は先じゃない」


ヴォルガンはしばらく黙った。

もう、彼は俺の方を見てはいない。


天井を眺め、無精髭の上から顎を擦る。

やがて、作業台の板切れをこちらへ押し出す。


「描け」

「何を?」

「お前の欲しい湯屋だ」


彼の言った意味を、俺なりに翻訳しておこう。

- 一次試験が合格だ


俺は板切れを受取り、木炭を手に取った。

拙い図だが、精一杯書いた。


入り口。受付。湯場。個室。待機場所。裏口。

彼女たちを喜ばせたい。その一心で。


「客の入口と女たちの入口は分けたい」

「なぜ」

「仕事前の女たちに、客の目を浴びせたくない」

「ふん。悪くない」


ヴォルガンは板を奪い、線を引き足した。


「湯場はこっちだ。水を流すなら傾斜がいる。個室は奥。声が漏れにくいよう壁を厚くする。受付は小さくていい。待機場所は風下に置くな。匂いが溜まる」

「なるほど……」

「感心するな。考えろ」


完全に先生である。人に教わるのは何年ぶりだろう。

偏屈ドワーフの建築教室。授業料は精神的罵倒。


「全部を最初から作るな」


ヴォルガンは言った。


「まず湯場。次に個室二つ。受付は小さくていい。待機場所は屋根だけでも作れる。増築前提にしろ」

「なるほど」

「金はいくら出せる」


頭の中で計算する。


ローション40本で、1日200万ポニカ。

ナディアの人件費や生活費を差し引き、月に4,000万ポニカは稼げる。


「4,000万ポニカだ」

「悪くねえが、金属やガラスも使うなら値が張るぞ」

「だろうな」

「ふん。ならいい」


ヴォルガンは図面を見ながら、さらに線を書き込んでいく。


「排水を甘く見るな。湯屋は湯よりも、流した後の水で腐る」

「……考えてなかった」

「正直は良いが、馬鹿は悪い」


ぐうの音も出ない。だが、ありがたかった。

俺の頭の中にあった曖昧な湯屋が、少しずつ現実の建物に変わっていく。


「で、どうだ。作れるそうか?」

「作れる。当然だ」


ヴォルガンは図面を見たまま、短く答えた。

胸の奥で何かが跳ねた。


「引き受けてくれるか?」

「一つ聞く」

「なんだ」

「ナディアをどう使う」


横でナディアが目を丸くした。


「なんだい、急に」

「黙ってろ。この馬鹿に聞いてるんだ」


ヴォルガンはナディアを見ない。

俺は、少し考えて答えた。


「今は筒詰めと配送。湯屋ができたら管理も頼む」

「客は取らせるのか」

「取らせない」


今度は俺が即答した。

ナディアが黙る。


「本人が望むなら別だ。だが、ナディアには別の仕事で経験を活かしてほしい」

「なぜだ」

「ナディアは現場を見る目がある。若い子たちの面倒も見れるし、客の危なさも分かる」


俺は、こくりと頷いた。


「ふん。使い潰すより、使い倒す方が価値があるってか?」

「言い方ってもんがあるだろ」


ナディアが渋い顔をする。

ヴォルガンは低く笑った。


「悪くない男を拾ったな」

「拾ったのは向こうだよ」

「どっちでもいい」


ヴォルガンは板切れを作業台に置いた。

一呼吸して、毛むくじゃらの口を開く。


「引き受けてやる」


一瞬、言葉の意味が遅れて届いた。


「本当か?」

「漢に二度言わせるな」


ヴォルガンは立ち上がった。


「一ヶ月だ。最低限の湯屋を作る」

「それは助かるが…」

「湯場、個室二つ、受付、裏口、簡単な待機場。雨季までには形にする」

「そんなに早くできるのか?」

「俺を誰だと思っている」


- 偏屈ドワーフ

とは、言えなかった。


「材料は俺が見る。手は自分で動かせ」

「俺が自分で作るのか?」

「お前の湯屋だろう」


ぐうの音も出ない。


「明日、現場を見る」

「明日?」

「遅いか?」

「いや、早いくらいだ」

「なら黙れ」


本当に口が悪い。

だが、俺の胸は高鳴っていた。


河原の急ごしらえではない。

雨が来たら流される場所でもない。

女たちが身体を洗い、息をつき、客を選び、仕事の後に戻ってこられる場所。


その第一歩が、今、動き出した。


「ヴォルガン」

「なんだ」

「よろしく頼む」


俺は頭を下げた。

ヴォルガンは少しだけ黙る。


「頭を下げるのは完成してからにしろ」

「完成したら、もっと下げる」

「変わった奴だ」

「あんたほどじゃない」


ナディアが笑った。


小屋を出ると、日が傾き始めていた。

帰り道、ナディアが隣でぽつりと言う。


「よかったねぇ」

「ああ」

「でも、ここからだよ。湯屋を作れば、親方の目に入る」

「そうだな」


親方の置屋に依存しない場所を作る。

それは、親方の支配が弱くなることを意味する。


一ヶ月後には、この村に本物の湯屋ができる。

その先に何が待っているかは分からない。


だが、少なくとも俺たちは、川辺の仮設から一歩進む。

俺たちは、泥の中に建物を建てる。


- 泥にまみれるのは、俺の得意分野だ

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