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41話:偏屈ドワーフ

ナディアが我が社に入ってから、数日が経った。

結論から言えば、彼女は有能だった。


筒詰め、配送、竹筒の回収、簡単な記録。

どれも地味な仕事だが、そこが回るだけで商売は別物になった。


「これはラトリアたちの分。こっちはタリアン。こっちはナディアさんの元の店ですね」


エリーゼが竹筒を並べる。


「違うよ、エリーゼちゃん。タリアンの分は、こっちの太い筒にしな」

「どうしてですか?」

「トロイカは中で分けるだろ。細い筒だと揉めるんだよ」

「なるほど……」


エリーゼは真剣に頷いている。

俺は横で深く感心していた。


現場とは学問である。

大学では教えてくれないが、泥と汗と客の文句の中で磨かれた知恵がある。

ナディアは、それを持っていた。


「由太ちゃん」

「なんだ?」

「また変な顔してるよ」

「経営者の顔だ」

「悪いこと考えてる顔にしか見えないね」


失敬な。俺はただ、我が社の未来に思いを馳せていただけである。

もっとも、その未来には大きな問題がある。


立ちんぼたちに提供している無料の湯屋だ。

不採算事業ではあるが、利用料は取れるようになった。


長期的な回収見込みは立ちそうだが、問題はそこではない。

今の湯屋は、河原に作った急ごしらえということだ。


そして、もうすぐ雨季がやってくる。

雨季になれば川は水嵩は6mも上がるらしい。


今の仮設のような設備でいいなら場所は移せる。

だが、それでは施設としての価値はでない。


「やっぱり、建物がいるな」


俺が呟くと、ナディアが竹筒を縛りながら言った。


「一人だけ、心当たりがあるよ」

「ほんとうか?」

「親方を無視して作れるとしたら、あの人しかいないだろうね」

「そんなに凄い人なのか?」

「凄いというか、かなり面倒なドワーフだよ」


俺は以前会ったガンダルーガを思い出す。

ドワーフと言えば職人、頑固、酒、髭。

だいたい想像通りの印象だ。


「そいつは建物を作れるのか?」

「腕はいいよ。少なくとも、あたしが知ってる中じゃ一番だね」

「なら、すぐ会いたい」

「話が早いねぇ。ただ、金を積めば動く相手じゃない」


ナディアは少し苦い顔をした。


「気に入らない仕事は絶対にしない。相手が誰だろうとね」


それは面白い。


いや、危険でもある。

この村で親方を気にしないというのは、ただの勇気ではない。

無謀か、実力か、あるいは狂気だ。


「そいつは、ナディアの知り合いなのか?」

「まあね」

「まあ?」

「昔からの指名客だよ」

「本指か」


俺は深く頷いた。

それを隣で聞いていたエリーゼは首をかしげる。


「由太さん、"ホンシ"ってなんですか?」

「特に仲の良い客のことだ」

「そうなんですね」


呑気なスライム娘は無垢に笑う。

まあ、彼女には教えなくても良い知識だ。


しかし、指名客か。


風俗嬢にとって指名客とは、単なる客ではない。

金を払う者であり、時間を買う者であり、時には愚痴を聞き、時には女の人生の一部を覗く者である。


もちろん、それが必ずしも良い関係とは限らない。

だが、長く続く関係には、それなりの理由がある。


「そのドワーフは、ナディアの頼みなら聞くのか?」

「聞かないね」

「聞かないのかよ」

「だから面倒だって言ったろ」


ナディアは肩をすくめた。


「ただ、会ってはくれると思う」

「さすがだな」

「あたしの頼みってのもあるが」

「別に理由があるのか?」

「あんたの話に少し興味を持つかもしれないからさ」


ナディアは少し誇らしげに、大きく口角を持ち上げた。


「俺に?」

「ああそうさ」


ナディアは俺を見る。


「なぜだ?」

「職人だからだよ」


答えになっているようで、なっていない。

だが、少し分かる気もした。


「名前は?」

「ヴォルガン」


ナディアは短く答えた。


「ヴォルガン・ダルム。偏屈で、口が悪くて、酒癖も悪い」

「そいつは最悪だな」

「だが、女の趣味は最高だ」

「ほう?そうなのか?」

「そうだろ?あたしを指名してたんだからね」


ナディアは大声で笑った。

何かを吹っ切ったような、そんな笑いだった。


「で、どこにいる?」

「村の外れだよ。古い作業小屋に住んでる」


会うべき相手がおり、居場所も分かっている。

それなら選択肢は一つだろう。


「今から行けるか?」


--


ナディアに案内され、俺たちは村の外れへ向かった。


エリーゼは留守番である。

本当は一緒に来たがったが、ナディアがいない間に製造をしてもらう。


「この辺りだよ」


ナディアが足を止めた。

そこには、半分地面に埋まったような作業小屋があった。


屋根は低く、壁は分厚い。

煙突からは細い煙が出ている。


近づくにつれて、金属と木材と酒の匂いが混じったような空気が漂ってきた。


「住居というより巣だな」

「違いない」


ナディアは扉の前に立ち、拳で乱暴に叩いた。


「ヴォルガン!いるかい!」


中から返事はない。もう一度叩く。


「ヴォルガン!客を連れてきたよ!」


しばらくして、扉の向こうから低い声がした。


「帰れ」


第一声がこれとは、噂通りの厄介な相手だ。

ナディアは慣れているのか、まるで動じない。


「帰らないよ。仕事の話だ」

「いらん」

「売春婦のための湯屋を作りたいんだって」


扉の向こうが、少しだけ静かになった。

やがて、重い音を立てて扉が開く。


挿絵(By みてみん)


中から出てきたのは、小柄な男だった。

だが、小さいという印象はない。


分厚い肩に岩のような腕。

煤けた髭と眉間に刻まれた深い皺。


そして、全身から漂う「面倒くさい人間です」という圧。

なるほど。"偏屈ドワーフここにあり"ときたもんだ。


「誰だ?」


ヴォルガンは俺を睨んだ。


「堀辺由太だ」

「知らん。覚える気もない」


なんて奴だ。

ヴォルガンは俺を上から下まで眺めた。


その目は、客を見る目ではない。

商人を見る目でもない。


木材の歪みや、石の割れ目を見るような目だった。


「お前が湯屋を作るのか」

「作りたくてきた」

「親方の許可は?」

「ない」


ヴォルガンは鼻を鳴らした。


「なら潰されるぞ」

「知っている」

「知っていて作るのか」

「作る必要があるならな」


ヴォルガンの目が細くなる。


「なぜだ?お前にどんな得がある?」

「得とか、そういう話じゃない」


ヴォルガンは黙って俺を見ている。

値踏みするのはも少し違う。もっと底を見通すような目線。


ここで格好つけても仕方ない。

俺は一度、息を吸った。


「川辺で体を洗っている女たちがいる」

「だからなんだ?」

「休む場所も、逃げる場所もない。汚れた身体を冷たい水で洗って、また次の客を取る。そんな仕事をしている」


ヴォルガンは鼻で笑った。


「それが仕事だろうが。それをどうにかしたいと?聖人君主のつもりか?」

「彼女たちが仕事を辞めるべきだとは思わない。そんな理想論を言える人生は送ってきちゃいない」

「じゃあ、それがそいつらの日常だ。お前がちょっかいを出すな」

「それでも、働くなら、もう少しマシな場所があっていいと思うんだ」


皮肉を垂れ流し続けたドワーフは黙った。


「湯があって、身体を洗えて、客を入れる部屋があって、揉めた時に誰かが止められる場所だ。親方の置屋に全部を握られなくても働ける場所」


俺はヴォルガンを見る。


「そういう湯屋を作りたい」


しばらく沈黙が落ちた。


風が吹き、作業小屋の隙間から煤の匂いが流れる。

ヴォルガンは俺を見たまま、低く言った。


「中に入れ」


そう言って、扉を少し開けた。


ナディアが片眉を上げる。


「珍しいね」

「うるさい。まだ受けるとは言っていない」


ヴォルガンは俺に背を向ける。


「由太とか言ったな」

「ああ」

「話は聞いてやるが、下らねえ考えなら叩き出すぞ」


その言葉に、俺は小さく笑った。

審査開始というわけだ。上等である。


天国行きのライツを失い、ゴブリンに騙され、女神に笑われ、親方に怯え、竹筒を数えてきた男だぞ。

今さら偏屈ドワーフの面接くらいで、尻込みしてたまるか。


俺は作業小屋の中へ足を踏み入れた。


湯屋作りの第一歩は、どうやらこの面倒くさい男に認められることから始まるらしい。

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― 新着の感想 ―
全部読みました! 41話の感想ではないのですが、エリーゼちゃんが倒れるところから、私はとても引き込まれました。 スライムにこんな秘密が眠っていたとは! エリーゼちゃんと主人公の掛け合いが面白くて結構く…
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