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第40話:チーム

深夜の湯屋にやってきた客は"メス"のゴブリンだった

既に"娘"とは呼べなくなった、メスゴブリンの知り合いなど一人しかない。


「由太ちゃん。少し話できるかい?」


俺がこの世界での通過儀礼で世話になった相手、ナディアである。

実を言えば俺は異種族で交わったのは、目の前のメスゴブリンだけなのだ。


そんな特別な相手から、深夜のラブコールである。

ラブコールとは呼べない神妙な雰囲気ではあったのだが。


「仕事しながらでもいいか?」

「大丈夫だよ」

「エリーゼは席を外した方がいいか?」

「いや。むしろ二人へのお願いなんだ」


依頼?しかも俺たち二人に?

ローションの追加の件だろうか?


しかし、ナディアの口から出たのは意外な言葉だった。


「私を雇ってくれないかい?」


まさかの求人応募である。


ーー


「すまん。どういうことだ?話が見えてこない」

「いいじゃないですか!働いてもらいましょう!」


焦る俺とは対照的に、エリーゼは即決採用意向だ。

すみません。この子を少し黙らせてください。


「働くと言っても、何をするか分かっているのか?」

「酒場の求人を見たんだ。ヌルヌルを作るんだろ?」


なんということだろう。

ジョヴァールの酒場で載せた求人を見たというのだ。


インプレッションとは、どこで取れるか分からないものだな。


「置屋の仕事はどうするんだ?」

「由太ちゃんなら分かるだろ?辞め時さ」

「ナディア…」


すっかり、年増なったゴブリン娘の顔を見る。


ゴブリンは成長とともに鼻や口が大きくなる。

単純な年齢のせいか、恰幅が良くなった体にはクビれもない。


彼女はすっかり、俺たちが想像するゴブリンらしい容姿になっていた。


挿絵(By みてみん)


あの場所で、何年間も働いてきたのだろう。


徐々に失われる美しさ。

雑になっていく男たちからの扱い。


仕事がなくなれば、詐欺の片棒を担ぐような客の取り方になる。

それでも生きていくためには、必要なことだ。


彼女は他の嬢の面倒もよく見ていた。

あの店で、一番の年長者だったと思う。


気さくな性格のため、旬を過ぎても客がついた。

本来はサギ置屋のはずが、指名客がいるである。


それは、純粋なナディアの魅力だった。

若かった頃は容姿はきっと、ラトリアたちのように美しかったに違いない。


- あれ?ちょっと待てよ…


この世界にやってきた日のことを思い出す。

憎きクソ鬼畜キャッチのベルズに騙されたときのこと。


見せられたゴブリン娘の写真。


『バチしこいじゃねーかよ』

『はい、ブリブリにしこいでございます』


後々考えたのだが、この世界に写真技術があることは驚きだった。

パルアの中心地、または別の国にある技術なのだろう。


でも、それ以上の疑問があった。


- どうやって、写真を加工したのだろうか?


その答えについては今更になって予想が立った。


これは推測の域をでないが、目の前の女性を見て確信として思い込むことにした。


- ナディアの昔の写真だったのか


挿絵(By みてみん)


すっかり長くなった回想をナディアが止める。


「で、どうだい?私を雇うのは」


不安そうな表情でチラチラとこちらを見る。

こいつも女の子なんだな。


俺はエリーゼの方を見る。

彼女は笑顔でクビを縦に振る。


「ローション製造担当はエリーゼだ。だから決めるのは俺じゃない」

「エリーゼちゃん。どうだい?」


ナディアよ。それは全くもって聞くまでもない質問だぞ。

このスライム娘の回答など決まっている。


「これから一緒に頑張りましょう!」


ーー


湯屋の掃除を終え、俺たち3人は製造工場にやってきた。

製造工場と言っても、例のゴミ置き場風の我が家である。


「……ここが?」


ナディアは遠慮なく顔をしかめた。


「我が社の本社兼工場兼倉庫兼住居だ」

「兼ねすぎだろ」


ごもっともである。


部屋には竹筒が積まれている。

洗ったもの、まだ洗っていないもの、割れたもの。

俺とエリーゼだけでは、製造以外の作業が追いつかなくなっていた。


「ナディアに頼みたいのは、ローション…ヌルヌル作りじゃない」

「ローションで分かるよ。で、何をしたらいいんだい?」


「筒詰めと配送だ。できたものを竹筒に詰める。配達先を回って空の竹筒を回収する。後は竹筒を使いまわせるように管理する」

「地味だねぇ」


ナディアは竹筒を一本手に取り、匂いを嗅いだ。


「これは洗い直しだね。節の裏とかもちゃんと洗わないと」


歴戦の女は、竹筒の状態すら一瞬で見抜いた。

ナディアに任せることができれば一気に状況はよくなるぞ。


「改めて聞くが、こんな仕事だけどいいか?」


俺が言うと、ナディアは少しだけ目を細めた。


「いままでの仕事に比べたら楽なもんさ」

「やりがいは、あるか分からないが…」

「……変な感じだね」

「不満か?」

「いや。ありがたいよ」


軽い言い方だったが、妙に重かった。

そんな様子のナディアにエリーゼが訊ねる。


「ナディアさん。一緒に働いてくれますか?」

「はははっ!そうだね。答えになってなかったか!」


ナディアは豪快に笑った。

そして、改めて頭を下げる。


「こんな年増のゴブリンですが、よろしくお願いいたします」

「本当ですか!ありがとうございます!!」


エリーゼはナディアに抱き着いた。

この子は、感情表現がどんどん豊かになっていくな。


真っ直ぐな感情を向けられ、照れた様子のナディアは頭を掻く。

俺もたまに、こんな感じだ。


こうして、我が社初の従業員が決まった。


天国に行き損ねた男。

売れないスライム娘。

年増のメスゴブリン。


勇者パーティーとは程遠い。

だが、不思議と悪くなかった。


エリーゼは製造。ナディアが配達や管理、俺が顧客を増やす。

二人で始めた事業がチームになった。


「ナディア」

「なんだい?」

「ようこそ、我が社へ」


俺が手を差し出すと、ナディアはにやりと笑った。


「はいよ、社長」


その手は思っていたより硬かった。


客に触れるための手ではない。

働いて、生き抜いてきた者の手だった。

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