第39話:当たり前の場所
ローション販売停止の謝罪回りを終え、湯屋に戻ってきた。
湯屋と言っても、河原に作った無料の湯浴み場である。
「ここが例の湯浴み場なんですね」
エリーゼは湯屋を見て興味深そうに見渡した。
しかし、どうにも湯浴み場の様子がおかしいのだ。
- 3日も放置したのだが…綺麗じゃないか?
河原の湯浴み場など一日で汚れてしまう。
風が吹けば落ち葉や木の枝が混ざるのだ。
詳しいことは浴場の準備をしてから考えよう。
「エリーゼは火を起こしてくれるか?」
「ここの石の下ですか?」
「そうだ。乾いた木の枝が落ちているから」
「わかりました!」
手分けをしたので普段の倍の速度で準備は進む。
思っていたよりも早く準備は完了した。
「お客さん来ますかね?」
エリーゼは少し心配そうな顔する。
「分からん。三人娘は来るだろう」
「そうですね」
「少し入るか?」
「いいんですか?」
「一番風呂は入れた人の特権だ」
だが、困ったことがある。
俺もエリーゼも着替えを持っていないのだ。
エリーゼは変身で服も作れるが、俺が全裸で入るわけにもいくまい。
「俺は着替えがないから足だけにするよ」
「それなら私もそうします」
「せっかくだから入ればいいさ」
「大丈夫です。由太さんと一緒が良いんです」
笑顔が眩しすぎて失明した。
何万カラットの輝きだろうか?
それは分からないし、そもそもカラットとはなんだ?
永遠に答えの出ない疑問を考えるより、目の前の時間を大切にしよう。
エリーゼと二人で並んで入る足湯。
どこかの恋愛リアリティショーで見たような景色だ。
少し涼しくなった静謐な森を穏やかな風が抜ける。
永遠に切り取って保存したほど、心地の良い時間だった。
そんな俺の悠久を邪魔する輩がやってくる。
「あれ?お湯屋さん再開してるじゃん!?」
「堀辺さん。元気になったんですね!」
「チェルシーたちから聞いたよ!大変だったんだって?」
「よかった!また湯浴みできる~」
「このまま止めちゃうのかと思ったよー」
やってきたのは、獣人娘たちだった。
豚娘のアニアと狼娘のランダール。ネコ娘にウサギ娘たちもだ。
「みんな、今日は早くないか?」
「仕事前に掃除しに来たんだ」
「掃除?」
「はい!堀辺さんが元気になったら、すぐに始められるように」
3日も放置してゴミが殆どない理由はこれだった。
正直、営業していないことで文句を言われると思ってた。
「みんな、ありが…」
「てゆうか、その子誰!?人間!?」
「堀辺さんの彼女!?いたの!?」
「人間の女性なんて初めて見た」
「お兄さん…私というものがありながら…酷い!」
アニアが変な勘違いを生みそうなことを言いやがる。
今はエリーゼの方が見ないようにしておこう。
「彼女はエリーゼ。俺のパートナーだ」
「由太さんの!パートナーの!エリーゼです!」
その言い方には含むものが多分にあった。
含有量が多いとお腹一杯になっちゃうぞ!
一番背の高い狼娘のランダールが一歩前にでた。
振り返り、他の獣人たちに確認する。
「みんな分かってる」
「「「はーい」」」
- なんだ?何か儀式でも始まるのか?俺は供物にでもされるのか?
「「「せーの」」」
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
「お湯を作ってくれてありがとう」
「ごめんね」
「いつも、ありがとうございます」
5人の声が一斉に押し寄せる。
統一感ないなこいつら。
だが、むしろ画一的ではない言葉が嬉しかった。
彼女たちの御礼やら謝罪が混ざった言葉。
それらは確かに心に染み渡った。
収まりもつかなそうな状況に、ランダールが代表して言葉を紡ぐ。
「この場所が当たり前になって、堀辺さんに酷い扱いをしました。湯浴み場が使えなくなって、ありがたみを思い出したんです」
後ろで小さなウサギや猫が頷く。
どこぞのファミリーみたいで可愛かった。
「自分たちで浴場の準備をしてみたのですが、全然できなくて…。せめて堀辺さんが戻るまで綺麗に掃除しようって、みんなで決めたんです」
アニアが会話を引き継ぐ。
「少しだけど、お金を払うので続けてもらえせんか?」
「え?」
「たくさんは払えないけど、せめて続けられるくらいは出さないとって」
「それは…ありがたいけど」
「お掃除や準備も手伝います。この場所が私たちには必要なんです」
お金など貰わずとも続ける気は満々だった。
けれど、彼女たちは一生懸命考えて話をしてくれたのだろう。
その気持ちに応えなければならい。
そう思って返答しようとしたが先を越されてしまった。
「もちろんです!みなさんが喜ぶ場所を頑張って作ります!」
このスライム娘は頼まれると後先考えないところがある。
お人好し。この場合はスライム好しというのが正しいか。
彼女の分も俺が勘定をしっかりせねばなるまい。
だから、俺は言い放つ。
「1回1000ポニカ。それが入浴料だ」
こうして、図らずも湯屋のマネタイズが成功した。
客のいない洗い場は、客みたいなヒトがいるソープランドになった。
ここが本当のソープランドになるのは、まだ少し先の話である。
ーー
深夜になり、立ちんぼ達も帰宅した頃。
俺とエリーゼは湯屋の片付けをしていた。
そこに、一人の女がやってくる。
俺の良く知る人物だが、ここに来るのは初めてだった。
「どうしたんだ?ここに来るなんて珍しいじゃないか」




