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36話:私のこと

沼地のスライム娘たちから追い返され、俺は帰路についていた。


鬱蒼とした森は、木の根が縦横無尽に張り巡っている。

とぼとぼした情けない歩みは、更に重さを増す。


それでも、歩みはとまらないものだ。

気が付けば家の前まで戻ってきていた。


- 彼女にどんな顔をして会えばいい?


ーー


「ただいま、エリーゼ」

「おかえりなさい」


俺の冴えない様子から事情を察してくれる。

それでも、話を聞くのがパートナーだ。


「どうでしたか?」

「エリーゼの言ったとおり、難しいな」

「スライム娘には、会えましたか?」

「あったよ。いっぱいいた」

「そう...でしたか」


彼女は聞きにくいことを俺に聞いてくれた。

だから、俺も目の前のスライム娘に問わなければならない。


「エリーゼ。君は一体、何者なんだ?」


嬉しいのか、悲しいのか、諦めなのか。

エリーゼは感情を飲み込んで、やっぱり俺を見て笑う。


「エルダーたちにも、会ったんですね?」

「ああ、エルダー・スライムは、あれ以上成長しないって」


エルダー・スライム。


歳を重ねたスライム娘だが、その姿は人間の子供のそれだった。

話し方なども含め、人間の8歳程度に相当するだろう。


それに対し、エリーゼは遙かに成長している。

若く見ても16歳。正当に見れば18歳といったとろころか?


俺はエルダー・スライムに会った時に頼んだ。


『君より大きなスライムと話がしたい』

『それはムリだよ?そんなスライムいないもん』


あの答えの意味を、エリーゼに確かめなければならなった。


「エリーゼは、エルダー・スライムじゃないよな」

「はい、そうです」

「そんなスライムはいないんじゃ?」

「いません。普通は」


普通とは何だろうか?

いや、言葉の通りの意味か。


エリーゼは、特別なスライムなのだ。


「じゃあ、君は何なんだ?」

「…分かりません」

「そんな、分からないって…」

「仕方ないじゃないですか、私にも分からないんですから」


エリーゼは夜空を見上げていた。

その空には今日もスライム座が輝いている。


一呼吸すると、エリーゼは自分の過去について語りだした。


「私も、昔は赤ちゃんスライムでした」


ここからは少しだけ、彼女の物語である。


ーー


挿絵(By みてみん)


私は、気が付いたら森の沼地に住んでいました。


周りには、私と同じ小さなスライムたち。

それが姉妹なのかは分かりません。


けれど、一緒に森を歩き、一緒にご飯を食べ、一緒に生活していました。


エルダー・スライムの姉さまたちが、たまにお肉をくれます。

スライムも粘液を作ったり、大きくなるには、お肉が必要だそうです。


私は子供の頃からお肉が大好きでした。

きっと、あの頃は幸せだったと思います。


毎日ご飯を食べて、お日様の下でポニョポニョして、仲間と平和に暮らす。

それだけで十分だったのですが、スライム生もままなりません。


私はなんと、"選ばれしスライム"だったのです。

食いしん坊のブルースライムは食べ続け、いつしかエルダー・スライムになっていました。


エルダーになると、妹たちの世話をしなければなりません。

お肉の調達は、今度は私の仕事になりました。


お肉取るというのは、簡単なことではありません。

取りに行っても動物の死骸が関の山です。


しかし。とっても簡単な方法もあるのでした。

村のゴミ捨て場に行くことです。


みなさんが残した食べ物を拾って頂きます。


実は、村のお掃除屋さんでもあるのでした。

それは凄いことなのです。


そんな、ある日のこと。

いつものようにゴミを拾いに行きました。

すると、一人の村人に見つかってしまいました。


「こんにちは」


私は挨拶をしてみました。


由太さんもスライム娘と話したんですよね?

その頃の私も簡単な言葉は話せました。


けれど、挨拶の返事はいただけませんでした。

代わりに、私を見て叫びだすのです。


"きゃー、こないでー" 


いやいや。別に何もしないんですけどね。

ゴミが欲しいだけなんです。


けれど、そんな言葉は聞いてくれません。

その方は叫ぶと同時に一目散。慌てて逃げていきました。


その時に私は知りました。

スライムは嫌われた存在なのだと。


- 私はひっそりと暮らさなければいけない


その日からは、注意してゴミ拾いに行きました。

誰にも会わなければ、スライムの日々はやはり平穏でした。


しかし、その平穏な日々は長く続きません。

いえ、普通のスライムたちの平穏は続きます。

特別な私だけが、平穏から拒まれたのでした。


エルダーになってからも、私だけ成長が止まりませんでした。

少しずつ、色々なことを考えられるようになるんです。


周りのスライムたちは、私を変わった目で見るようになりました。

それでも、まだ私は少し大きい程度でした。


しかし、その生活も無理になっていきます。


私の体は更に成長し、他のスライムとは話も合わなくなりました。

群の中にいるのに、私は常に一人でした。


スライムたちの見る目は、更に変わりました。

群れの中に、緊張が生まれはじめていきます。


彼女たちのためにも、私は沼から離れることにしました。


いや、それは嘘ですね。

居心地の悪さから逃げ出しただけです。


私はスライムからも村の人たちからも、嫌われる存在になりました。


一人になった私は、この辺りを住処にしました。

山奥に行かなかった理由は分かりません。


この付近では、たまに草陰で人々を見かけます。

森の中で抱き合って何かをしているんです。


私はそれが気になり、毎日観察していました。


それをしている人たちは"立ちんぼ"とか"売春婦"と呼ばれていました。

"お金"というものを貰って、裸で抱き合ったり、"チ〇ポ"を舐めたりするそうです。


正直、何をしているのか分かりませんでした。

けれど、彼女たちはいつも感謝されていました。


「ありがとう」

「良かったよ」


それを見て、私は思いました。


- 私もこれをやったら、喜ばれるのでは?


私は"立ちんぼ"を目指すことにしました。

けれど、やはり分からないことが多すぎます。


- 私は何をすればいいのでしょう?


そこで、ゴブリン娘さんたちに目をつけました。

話をこっそり聞くのです。


三人のゴブリン娘さんたちは、いつも仲良さそうにしていました。


私は色々な話を聞かせてもらいました。

たまに、別の方のお話も聞いたりしました。


少しずつ世界のことを知っていきました。

それでも、人前に出る勇気は出ませんでした。


私はずっと一人のままだったのです。


誰かの話を聞くだけで十分。

そう自分に言い聞かせるようになっていました。


そんな、ある日のことです。


森の中に誰かが急に入ってきて、何やら叫んでいるのです。


『チクショウ!チクショウ!チクショウ!このクソ野郎!!!ふざけやがって!絶対にぶっ殺してやるからな!!!!』


- わわわ、何を言ってるのでしょうか?


私は怖くなって逃げようとしました。

けれど、焦って木の枝を揺らしてしまいます。

ガサガサと音が立ちました。


『誰だ?!』


その人は大きな声で言いました。

そして、私のことを見つけてしまったのです。


けれど、おかしなことが起こります。

その人は逃げ出さないのです。

それどころか、ジロジロと私を見るのです。


どうしたらいいか分からなくなり、私はとっさに言いました。


「あの...大丈夫ですか?」


その方は少し気まずそうな顔をしていました。


私は、こんな時に何を言ったら良いのか分かりません。

そこで、立ちんぼさんたちが使っていた言葉を言ってみました。


「どうされました?お話聞きましょうか?」


するとどうでしょう!


その人はワンワン泣きだしたんです。

言っていることは、半分くらい意味不明でした。


けれど、私は嬉しかった。

その日、私は初めて人と触れ合ったんです。


その日から毎日、彼は私の元へ来てくれるようになりました。


ここからは、あなたの知っている物語です。


ーー


エリーゼは静かに目を閉じる。

その顔は、どこかホッとしているようにも見えた。


気の利いた言葉をかけれたらよかった。

けれど、俺は何もいうことができなかった。


彼女はヒトからもスライムからも嫌われていた。

それは、想像以上の孤独であっただろう。


でも、それそれ以上に俺はーー


こんなに、ずっと、そばにいたのに…

いったい、なにをしていたんだろう。


君のことを、見たつもりになっていた。

君のことを、知ったつもりになっていた。


だけど、俺は全然分かっちゃいなかった。


君がなぜ、売春婦になろうとしたのか?

君がなぜ、少しだけ"三人娘"に似ていたのか?

君がなぜ、いつも無理に笑顔を作るのか?

君がなぜ、そんなに他人を求めているのか?

君がなぜ、倒れるまでローションを作るのか?


俺が"目の前の女の子を救えない"のは、無力だったからじゃない。


俺は…


- 目の前の君を知ろうとしていなかったのだ

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― 新着の感想 ―
エリーゼちゃんも大変な人生送ってきたんやな(;_;) ちゃんと幸せにしたってや!
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