35話:スライム娘
倒れたエリーゼは一度目覚めた後、泣き疲れて再び眠ってしまう。
俺も久しく休んでおらず、昨晩はエリーゼが心配で一睡もできなかった。
「少し寝るか…」
エリーゼの隣で俺も横になる。
彼女から伝わる体温が少し気になったが、直ぐに深い眠りに落ちてしまった。
ーー
パチッ、パチパチッーー
焚き火がはじける音だった。
揺らめくオレンジの光。
火をくべる、スライム娘。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「夜は、寒いですから」
「そうだな。ありがとう」
「いえいえ」
少しの沈黙が続く。
気まずいような、居心地の良いような、不思議な時間が続く。
この沈黙に水を差すのは、空気の読めない俺の腹の音だった。
「腹、減ったな」
「はい」
「食えそうか」
「はい、たくさん、食べれます」
「買ってくる」
「はい、お願いします」
俺は市場に向かう。
彼女は"着いていく"とは言わなかった。
市場に向かうと途中、置屋エリアを通る。
夕方になって場所移動をしてきた、ゴブリン三人娘と出会う。
一番最初に口を開くのは、やはりラトリアだ。
「由太さん…エリーゼさんは?」
「大丈夫。疲れていただけだ。3日も休めば元気になるらしい」
「それならよかったです…」
「心配してくれて、ありがとう」
俺はそう言って、ラトリアの頭を撫でる。
「ちょ、なんですか?」
戸惑うラトリアだが、嫌そうではない。
デヴィとチェルシーにも目を向ける。
「二人もありがとうな」
「うん」
「ん」
二人の頭も撫でる。
「じゃあ、俺は飯を買いに市場に行くから」
「は、はい」
「お兄さん!気を付けてね!」
「無理するな、堀辺」
俺は振り返らずに歩いていた。
手に残った、確かな体温。
今まで、彼女たちに触れるようなことはなかった。
金を払っていないから。
君たちに触れる権利はないと、そう思っていた。
ずっと彼女たちにも一線を引いていた。
買う相手か、売る相手か。
そういう二元論だった。
俺を信頼して、ローションを前払いで買ってくれる。
エリーゼを心配して、ずっと看病をしてくれる。
俺を探し回って、一緒に走ってくれる。
彼女たち、一人ひとりに触れた。
性的にではない。一人の相手として。
その小さな体は、やはりエリーゼと同じように、ただの女の子だった。
市場で買い物を済ませた帰り道には、もう三人の姿はなかった。
誰かが彼女たちを買ったのだろう。
頑張れ。ラトリア、デヴィ、チェルシー。
ーー
「ほら、たくさん買ってきたぞ」
「わあ!すごい!ご馳走ですね!」
大きな葉に広げた、美味しそうな料理たち。
ジョバールに頼んで、作れるだけ作ってもらった。
この一食に、3日分の売上を使ってしまった。
「最近知り合った、村一番の料理人だ」
「そんな方とも知り合いになっていたんですね!」
「ほら、冷める前に食べよう」
「はい!いただきまーす!」
エリーゼは美味しそうに食べた。
体はスライムのままだが、器用に手先や歯は人間のものになっている。
エリーゼの半透明な体中で、食べ物が入っては消化されるのが見える。
スライムは消化に殆ど時間を使わないらしい。
なるほど、あんなに強力な毒を作れるはずだ。
俺とエリーゼは満腹まで食べた。
たくさん買い過ぎた料理は少し余ったが、明日また食べればいい。
一段落して、俺はエリーゼに昨日から考えていることを伝える。
「ローション生成を、他のスライム娘に任せるのはどうだろう?」
エリーゼの顔が曇る。
「それは、難しいと思います」
「でも、競合は作ってる」
「難しいですよ。だから品質を維持できませんでした」
「エリーゼが監督したら何とかならないか?」
「私が、監督する?」
翳った顔が少しだけ晴れる。
「そうだ。エリーゼは作ったモノの質を管理するんだ」
「…もしかしたら、それでしたら…」
「だろ!?」
「まだ、分かりません。可能性の話です」
「じゃあ、エリーゼが休んでいる間に候補の子を探してくるよ!」
「由太さんが…そうしたいなら」
エリーゼは歯切れが悪かった。
それは、何かを懸念しているようだった。
だが、"親方"はすぐにスライム娘を確保できたのだ。
俺たちも見つけることはできるはずだ。
「スライム娘はどこ辺りにいるんだ?」
「ここから更に南に行くと沼地があります、その辺りに行けば」
「分かった!行ってくる」
「今からですか?」
「ああ。大丈夫だから、安心しろ」
「そう…ですか。気を付けてください」
俺はエリーゼに見送られ、さっそく南の沼地に向かった。
ーー
「これが沼か」
そこは、俺たちの家から30分程歩いた先にあった。
湿った土、濁った水、蔦に覆われた木々。
ヒトが足を踏み入れる場所ではない。
ー スライム娘はこんなところにいるのか?
俺は辺りを見たす。
え?いた…?いや、でも、あれは…
スライム娘はいた。
しかし、そのどれもが幼い姿だった。
見た目で言えば、5歳の人間の子供くらいの大きさだ。
「ねえ、こんにちは」
「え?」
「君たちはここで何をしているの?」
「ごはん」
「へー、何を食べているの?」
「ごはんだよ?」
「そうか、ありがとう」
警戒心はないようだが、あまり会話は成立しない。
まだ生まれて間もないのだろうか?
しかし、その後に見かけたスライム娘も全て同じだった。
更に幼いスライムは、例の"スライム座"のような形をしている。
- 成長したスライム娘は少ないのか?
そう考えたとき、一人のスライム娘を見つけた。
彼女は沼の中に入って、ぼーと空を眺めていた。
見た目は8歳くらいだろうか?
それでも、エリーゼと比べるとかなり幼い。
「ねえ、こんにちは」
「え?」
「あ、ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」
「あ?え?え?」
透き通った青緑のスライム娘は、チラチラとこちらを見る。
かなり戸惑っているようだ。
「怖がらせるつもりはないんだ。ただ、この辺りには、小さなスライムしかいなくて。君くらいしか話が聞けなそうになかったから」
沼の中にいた彼女は水から上がる。
少し遠くから、俺の方を見続けている。
一定の距離を取り、警戒心を交えながら口を開く。
「な、なにが、ききたいの?」
会話ができたことに安堵する。
「この辺りには、君みたいな成長したスライムは少ないの?」
「うん、まあ、そうだけど」
「他の所に行けば会えるのかな?」
「わたしのトモダチのところ、いけば…」
よかった。成長したスライムはいるらしい。
「そうか、君より大きなスライムと話がしたいんだけど」
「それはムリだよ?」
「どうして」
「そんなスライムいないもん」
今何を言われた?
「え、でも君はまだ子供だろ?」
「ううん。わたしはエルダー・スライム」
エルダー?「elder」だよな?
年長のスライムという意味だよな?
戸惑う俺の様子に、スライム娘は訝しい顔をする。
そして、急に表情が険しく変わる。
「もしかして、あなたが?」
「え?なにが?」
彼女は聞く耳を持たない。
「みんな!きて!たすけて!ヒトさらいがでた!」
「え?いや?何を言っているんだ?」
戸惑う俺など意にも介さない。
彼女の声が沼地に響き、ぞろぞろとスライム娘が集まってくる。
エルダー・スライムが6体。
明確な敵意を向けている。
「ちょっと待ってくれ!俺は働いてくれる子を探しに来ただけだ」
しかし、その言葉が逆に状況を悪くする。
「みんな、ダマされないで!」
「まえにキタときも、そうイッテたって!」
「にげてきたコがそうイッテてた!」
「こいつが、さらったんだ!」
「コロしちゃえ!」
「トカしちゃえ!」
おいおいおい!
この世界に来て、初めてそんな物騒な言葉聞いたぞ!
怒り狂うスライム娘たち。
滴り落ちる液体からは白い煙を出始める。
「このヒトじゃない」
誰の声だろう。
小さいが確かに、俺の耳にも届いた。
スライム娘たちも声のする方を向く。
そこには、別のスライム娘がいた。
「これゴブリンじゃない。アジンでも…ない」
木の陰に隠れて怯えている。
彼女の言葉に、他のスライム娘は矛を収めた。
しかし、強い警戒心は解かれていない。
「すぐにキエてちょーだい」
「そうすれば、カエしてあげる」
「もう、ここにコナいでよ」
「ヒトなんてシンジられない」
俺は後ずさりしながら、手荷物をそこに置く。
「本当にごめんな。これ食べ物を置いていくから。良かったら食べてくれ」
エリーゼも大好きな串焼きを置いていく。
彼女たちは微動だにしない。
そのまま、彼女たちが見えなくなるまで後退した。
米粒の大きさ程度にしか見えない距離になっても、彼女たちはずっと俺の方を見続けていた。
スライム娘たちの姿が見えなくなったころ。
改めて"あの言葉"について、思考を巡らせる。
『わたしはエルダー・スライム』
スライム娘の成長には限界がある。
人間の大きさにして8歳程度。
スライムはそもそもーー
エリーゼのような、10代後半のサイズにはならないのだ。




