33話:"失う"
経営会議の結果、俺たちはアルバイトを雇うことにした。
今まではエリーゼとの二人三脚でやって。今回が初の従業員である。
どんなヒトを雇うのが良いのだろうか?
まずは、募集要項を書き出してみよう
――募集要項――
業務内容:ヌルヌルした液体を竹筒に詰めるお仕事です!
報酬形態:1日50万ポニカ(当日払い)
必要技術:手先の器用さ、丁寧さ、忍耐力
年齢要件:特になし
――――――――
こんなものだろうか?
こうやって書き出してみると、なんというか…
エッチなお仕事の求人みたいだな!
半分は合っているのだが。
とはいえ、人の採用などは縁である。
村に探しに行ってから考えればよろしい。
ーー
俺は村にやってきた。
すると、例のクソガキどもに見つかってしまった。
「あ、堀辺の兄貴だ!」
「堀辺ニキだ!」
「おっぱい、うぇーい」
下半身の前で両手を上下させてみせる。
まったく、品性の欠片もないガキどもだ。
こんな知能レベルの低いこと、どこで覚えたのやら?
教えたやつの顔を見て見たいぜ。
「なあ、ランダットはいるか?」
「親分ならあそこにいるよ」
トラのガキんちょが指をさす。
その先には、女の子に声をかけてるランダットがいた。
「おい、ランダット」
「兄貴じゃねーか!」
「軟派か?」
「ああ!俺も兄貴に教えてもらった"アレ"をやってもらいたくてな!」
下半身の前で両手を上下させてみせる。
まったく、品性の欠片もないガキだ。
そして、"それ"を教えたのは、俺であることが証明されたのだった。
「いま、俺のところで働いてくれる人を探しているんだが」
「あ?俺が働いてやろうか?」
「いや、大丈夫だ」
「え!?なんでだよ?そういう流れだろ?」
「いやだよ。お前ガサツそうだし」
「オレってば、女の子からは触るのが上手いって評判なんだぜ?!」
自分で"女の体を触るのが上手い"っていう奴、99%で下手クソなんだよ。
なによりだ。こんなクズをエリーゼの近くに置いてたまるか。
おやおや?待てよ?
必然的に雇うべきは、女の子に絞られるじゃないか。
「ガサツは嘘だ。女の子限定の募集なんだ」
「そりゃ、おっぱい触らせる仕事か?」
「そうじゃない。一緒に働く子が女の子だからだ」
「分かってるって。冗談だよ!」
- 冗談か…
体を売る仕事。それは、ランダットにとっては冗談なのだ。
彼は知っているのだろうか?
- 君のお姉さんは、もっと大変な仕事で君を食べさせているんだよ
「で、誰か仕事をしてくれる子はいないか?」
「んー、すぐには思いつかないが、知り合いに聞いてみることはできるぜ」
「本当か?頼んでもいいか?」
「もちろんだ!なんせ、兄貴の頼みだからな!」
こんなに慕われる理由はないが、まあ勝手に慕わせておこう。
「そしたら、俺は他の知り合いにも聞きたいから行くな」
「兄貴、他に知り合いなんているのか?」
「まあ、酒場の店主くらいだが」
ーー
その後、酒場で亜人のジョヴァールにも話を聞いた。
「うちに仕事募集の張り紙出すかい?」
「いいのか?」
「まあ、集まるかは分からないけどな」
「ありがとう!助かるよ!」
ジョヴァールが張り紙を書いて張ってくれる。
ただ、どう考えても文字が日本語に見える。
普通に会話も日本語で成立してるからな。
異世界チートか何かなのだろうか?
俺は今日もジョヴァールの一押しメニューで腹を満たす。
その日の費用も50万ポニカとなった。
いや、これは必要経費!
※50万ポニカとは、ロタの村の平均日給である
その後も市場に行って話を聞き、ついでに買い物もした。
俺が運営する無料の湯浴み場で使うものを買ったのだ。
"使う"と言っても買ったのは工具だ。
自分で桶や更衣室などを作れないかと思ったのである。
あくまでも無料でやっているサービス。
無駄に金を使うわけにはいかないのだ。
ーー
日も暮れ始めたころ、俺は湯浴み場にやってきた。
女の子たちが来る前に、浴槽の掃除や湯沸かしをするのだ。
「あれ?もう誰か来ているな?」
この時間にヒトがいるなんて珍しい。
何かあったのだろうか?
「お兄さん!」
「ほ、堀辺!」
そこにいたのは、ゴブリン三人娘の義次女・三女。
デヴィとチェルシーだった。
「どうしたんだ?こんな時間に?」
「急いで来てください!」
「え?どうしたんだ?」
チェルシーは焦り、とにかく俺の腕を掴んで引っ張る。
何があったというのだろう?
俺はデヴィの方を見る。
「堀辺の彼女が、倒れた」
は?俺の彼女が倒れた?
いやいや。俺に彼女なんていないじゃないか?
「なに…いって…」
心臓の鼓動が速くなる。
全身から一気に体温が失われる感覚。
胃が丸ごと逆流するような吐き気。
手足が震える。視界が狭くなる。
「「しっかりして!」」
デヴィとチェルシーが俺の腕を掴む。
「大丈夫!ラトリアが看病してるから!」
「堀辺を待ってる。早く行こう」
俺は二人に手を引かれて走り出した。
駆け出してしまえば、次第に彼女たちを追い抜いていく。
「どこにいるんだ!?」
「お兄さんの家です!」
「私たち3人で運んだ!」
足の回転が速くなる。
二人を置き去りにして一気に加速する。
石の河原を越え、森の中を突っ切る。
大通りに出る。少しだけ整備された道を左に曲がる。
道は徐々に土の道へと変わっていく。
木々は吸い込まれるように、遙か後方へ流れた。
ロタの村の西の端にたどり着く。
そこは売春ロード。
ここから藪を抜け、未整備の森の中に入る。
その少し先が俺とエリーゼの家だ。
「はあ、はあ、はあ」
肺が張り裂けそうになる。口の中は血の味がする。
それでも、俺は立ち尽くしていた。
辛そうな顔で眠る少女を眼下に捉えながら。
彼女は俺に気付き、ゆっくりを目を開ける。
「あ、おかえりなさい。由太さん」
そこには、エリーゼがいた。
いつもとは違う姿で、俺を待っているエリーゼが。
彼女は、俺が普段使っている寝床で、ぐったりと仰向けになって。
横にはラトリアがいる。
「はあ、はあ。ら、とりあ。はあ、はあ」
「大丈夫ですから。少し息が整ってからにしましょう」
ラトリアは不安そうな顔をしながらも、しっかり落ち着いていた。
「なにが。はあ。あった?」
俺は言うことも聞かず、ラトリアに訊ねる。
「エリーゼさんが、ヌルヌルを運んできてくれて」
「そ、それで」
「受け取って、別れようとしたら、その場に倒れて」
俺は苦しそうなエリーゼを見た。
しかし、エリーゼは笑い返す。
「大丈夫です。少し疲れが溜まっていただけなので」
「…」
「少し休めば、また働けます」
「…」
「だめよ、エリーゼさん。ちゃんと休まなきゃ」
「でも、お客さん、待ってますから」
後ろから、デヴィとチェルシーも追いつく。
「大丈夫?!」
「わたしたちに何か…できることは…ある?」
二人も苦しそうなエリーゼを心配してくれている。
エリーゼは、それでも無理に笑いながら答えるのだ。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
「…」
「一つ、お願いできますでしょうか?」
「…」
「なに?何か持ってこようか?」
何も答えない俺の代わりに、ラトリアが訊ねる。
やはり、エリーゼは笑顔を崩さずに答える。
「二人にしてください。由太さんと、二人に」
「どういうこと?二人って?」
チェルシーは、エリーゼの言葉の意味が分からない。
まん丸の紫の瞳で、ラトリアとデヴィの顔を見る。
二人は何も言わず頷く。
「休めば大丈夫なのですが、みなさんがいると緊張しちゃって」
エリーゼは、申し訳なさそうに笑った。
「行こう。二人とも」
「うん。エリーゼさん、お大事にね」
「お大事に」
ゴブリン三人娘たちは、俺たちの家から離れていく。
エリーゼは、三人の姿が見えなくなるまで見送った。
それと同時に、半分意識を失うように力が抜ける。
そして、彼女の体に変化が起こる
体が溶けはじめたのだ。
いや、溶けたのではない。
元のスライム娘の姿に戻っているのだ。
「ごめんなさい。少しだけ寝ますね」
「ああ。俺に任せて、ゆっくり休んでくれ」
「はい…」
エリーゼは安心したように笑う。
そして、完全に意識を失った。
苦しさは緩和されたようで、穏やかな寝息を立てている。
なあ、みんな?
このときの俺が、どんな気分だったか分かるか?
死ぬくらいじゃ生ぬるいよな。
馬鹿は死んでも直らないんだぜ?
ああ。少し前にも、全く同じように思ったやつさ。
そうだよ、あれだよ。
本当にーー
『心の底から消えてしまいたかった』




