26話:客の来ない風俗店
さあ、皆の者。反撃の狼煙を上げるときが来た。
耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだ。
踏みにじられ、奪われ、笑われ、それでもなお、俺はここに立っている。
讃えよ!この歴戦の勇者を!
謳えよ!天地を翻す咆哮を!
そして、本日をもって、ここに宣言しようではないか。
『堀辺由太は、風俗経営を始める!』
ーー
虚栄心を取り戻した俺は自信に満ちていた。
虚ろなのだから、最初から誇れるものなどないのだが。
ローションの予約販売は確実な収益見込みをもたらした。
この好機に事業投資をしようという腹積もりである。
ここで行うべき投資とは何だろうか?
現在のキャッシュフローを確認してみる。
(+)ローション20本が110万ポニカで売れる
(-)1日の俺とエリーゼの生活費が40万ポニカ
(=)1日で70万ポニカ、1ヵ月で約2,000万ポニカ
+2,000万ポニカ。この村の平均月収の2ヶ月分に相当する額だ。
二人分のスタッフを雇うことも可能ということだ。
しかし、事業経営における初期投資の鉄則ではそうじゃない。
1.費用はできるだけ使わない
2.使っても人件費は一番最後
本当かどうかは知らない。
海外風俗を巡るときにできた友人経営者、K氏が言っていたことだ。
というわけで至った判断は次の通りだ。
ローション製造要員を増やすのではなく別の選択肢を検討する。
そして、俺は兼ねてより目を付けていた"とあるペイン"に着目する。
読者諸君は覚えているだろうか?
『立ちんぼの多くは野外で性行為をするため、終わったら川に行く必要がある』
ーー
俺は川辺にやってきた。
この川は東西に延びており、色々な用途で使われている。
俺が下働きをしていた時も川で水汲みさせられていた。
何のために水を汲むのか?
体を洗うのに使う"お湯を作る"ためだ。
この近辺は熱帯気候で毎日30度近い。水でも体を洗うことはできる。
しかし、夜になると少し冷える。
女の子たちは喜んで水に入りったりはしないのだ。
これは俺の実体験から得た知見だ。
夜に川で体を洗たときは「これは苦行だな」と思ったものだ。
そこで俺は考えた。
- ここに、お湯屋作ることはできないか?
正確には簡易的な洗い所である。
しかも、それを無料でやろうと思っているのだ。
誰がこんなところで売春婦のためにお湯を用意するだろう?
有料でも元は取れない。無料ならなおのことだ。
しかし、俺には明確な作戦があった。
長々と語るのもウケが悪い。実際にやって見せよう。
ーー
少し暗くなった頃、少し遠くに一匹の獣人を見つけた。
アニアとは違う獣型のタイプの獣人だ。
彼女に声をかける。
「水、冷たくないですか?」
「え?」
振り向いた姿はヒトとは異なる美しさがあった。
狼のようにも見えるが二足歩行で言葉を操ってる。
ケモノ属性はないが、これはこれで悪くないと思った。
というか普通に興奮した。当然ながら性的な意味でだ。
煩悩に支配されそうになったが会話のチャンスを逃すまい。
リギリトゥの時のような轍は踏まないのである。
「この時間に水浴びすると寒いですよね」
「あー、そうですね。はい」
大丈夫だ。会話は続いている。
まずは共感から入るんだ。
「あ、いきなりすみません。僕は水汲みの仕事してて」
「置屋の人?」
「はは、まあそんな感じです」
「何か用ですか?」
警戒はされるよな。
この警戒を解くには会話が必要だ。
意思疎通の中で打ち解けるんだ。
「用って程じゃないんですけど。実はそこでお湯を作ってて」
「お湯を?沸かすなら店でやれば良いじゃないですか?」
「あ、いやいや。僕が浴びようと思ったんです」
「わざわざ自分の水浴びのために、お湯沸かすんですか?」
「実は、置屋は仕事が大変で辞めちゃって、暇だったので」
ぎりぎり嘘ではないよな?
「それは気楽ですね」
「気楽ついでに、手間かけて湯浴みができる場所を作ったんですよ」
「湯浴み?」
「はい。岩場にお湯を溜めて、浸かれるようにしたってわけです」
「へー」
狼娘は青い瞳をパチパチさせる。
しっぽが少しだけ揺れた気がする。
「これが最高でして!体が温まってから湯からでるので寒くない」
「それはいいですね」
「そうなんです。あ、もしよかったら直ぐ近くなんで、見に来きません?」
「どの辺り?」
「ほら、あそこ。見えるかなー?」
「見えないけど、焚火の匂いがする」
さすが狼。嗅覚が敏感らしい。
「どうですかね?せっかく作ったから、誰かに使ってほしくて」
「私が使っていいんですか?」
「もちろん!」
ーー
こうして、俺は狼娘を湯浴み場に連れていくことに成功した。
「確かに、これは良いですね」
彼女は、ゆったりと湯に浸かっていた。
実家で買っていた犬を思い出すな。いや、それより...やっぱりエロいな。
「明日以降も、ここで湯浴みできるようにしようと思うんだけど」
「それはいいですね!でも、大変じゃないですか?」
「まあ、自分が入りたくてやってるので」
「ふふ、お兄さん変わってますね」
「そうかな?」
元居た世界でも"変わってる"とはよく言われたが、さっぱり自覚はない。
変わっているんじゃない。ただただ捻くれているだけなのだ。
「ここ、友達も連れてきていいですか?」
「もちろん!いくらでも連れてきてください」
「じゃあ、また明日来ます!」
彼女は立ち上がる。
そして、ぶるぶると体を振って水を飛ばす。
デヴィなんかより、よっぽど犬だな。
まあ、狼だもんな。
そんな狼娘が大きな体で振り返る。
「あ、そうだ」
「え?どうかしましたか?」
「お兄さん、名前は?」
そういえば名乗ってなかったな。
「俺は由太。堀辺由太だ」
「あー、...ふふ」
彼女は何やら面白そうに笑う。
そんなに面白いか?
「君の名前も聞いて良い?」
「私は、ランダールです」
「ランダール、いい名前だ」
ーー
こうして、狼娘のランダールは帰っていった。
その後も同じように色々な女の子に声をかけた。
無視されることも多かったが、誠心誠意ぶつかった。
何人かに一人は話を聞いてくれる。
こうやって一人ひとりと向き合うのは楽しかった。
何より。ここにニーズがあるのが分かった。
さあ、始めよう!
ここが堀辺由太の始めた一番最初の風俗店。
『お客の来ないソープランド!』




