第19話:風俗嬢ナンパ
高級風俗店"タリアン"の前で、張り込みを続けて半日。
遂に、風俗嬢へのインタビューの時間がやってきた。
まずは、出てきた亜人の女の子に声をかける。
「こんにちは~」
「…」
「あの~」
「…」
「ちょっとお話を~」
併走すること100m。一切の反応がない。
弁解の余地もない。完全無視である。
この事実を前に、俺は大切なことを思い出す。
ここは異世界でも、基本的なルールは同じ。
それは、女の子への声がけでも変わらない。
特に水商売の子は声掛けに耐性がある。
一筋縄ではいかぬのは道理だろう。
なればこそ、ここでナンパ技術を使わないでどうする!?
また、亜人の女の子が出てきた。
今度こそ話を聞いてもらうぞ!
「あの、すみません」
「…」
「宿に帰れなくなってしまって」
亜人の子がこちらをチラっと向く。
きた!もう一押し!
「どっちに行けば良いか教えてもらえます?」
「どこに行きたの?」
はい!ワンヒット!
しかし、まだだ!
まだ、獲物は警戒しているぞ!
「確か"パイミー"?って言うお店の近くらしくて」
「"パイミー"って風俗店だよね」
「あ、はい。友人がその近くで予約しちゃって」
「その友達はどしたの?」
「友達はここで遊んでたんですが、入れ違ったみたいで…」
「なに?ずっとここで待ってたの?」
「はい…そしたら、お店も終わちゃって」
「そりゃ、大変だったね」
「いや~」
見たかね!読者諸君!
これがストリートナンパで磨いた技術だ!(エアプ)
「私の帰り道で"パイミー"の近く通るから、一緒に行く?」
「え?いいの?」
「いいよ、別に」
俺は、亜人の女の子と一緒に道を歩き始めた。
楽勝、らくしょ~
店の横を曲がって、少し整備された道にでる。
土の道を二人で並んで歩く。
「君、名前は?」
「リギリトゥ」
「変わった名前だね」
「よくある名前だよ、私の種族では」
「そうなんだ」
「あんたは?人間だよね?」
「俺は由太。堀辺由太だ」
「私、人間と話すの初めてかも」
「そうなの」
「人間って、私のこと指名しないから」
白い目に、黒い鼻と口。更に青い肌に黒い紋様。
確かに、ビギナーには選びづらい見た目かもしれない。
「俺は可愛いと思うけどな」
「ありがと。そしたら指名して」
「あー、そうだね。また今度」
「うん、期待しないで待ってるよ」
コツコツと静かな道に二人の靴の音が響く。
「…」
「…」
いや、何で人見知りを発揮してるんだ、俺は?!
チラチラと隣を伺うが、リギリトゥは真っすぐ前を向いている。
「ねえ、リギリトゥ」
「何だい?」
「君はこの辺りの出身なの?」
「さあ、どうだろ?」
「いや…ごめん」
「あー、教えたくないってことじゃないんだ」
「どういうこと?」
「物心つく前に親に売られて、気付いたら転々としてたから」
「…」
「どこで生まれたのか、どこで育ったのか、分からない」
この世界では、よくあることなのだろうか?
いや、俺が元居た世界でも、普通にあったことなのかもしれない。
「あの」
「あんたさ」
話を振ろうとしたが、言葉が被った。
俺はリギリトゥの方を見るが、彼女は変わらずに真っ直ぐ前を向いて歩く。
「なにかな?」
「本当は道、知ってるよね?」
「え?」
リギリトゥがこちらを見る。
彼女の表情からは感情があまり読み取れない。
「あれ?もしかして、本当に知ってたの?半分冗談だったんだけど」
「…ごめん」
「馬鹿な人。嘘つくなら、ちゃんとつきなよ」
「怒らないの?」
「怒るかぁ…。それ、どうやるんだっけ」
リギリトゥは夜空を見上げた。
彼女の白い目に、この星空がどのように見えるのだろうか。
「で、何でこんなことしてるの?」
「君から話が聞きたかったんだ」
「話が聞きたいなんて珍しいね。男は話を聞いて欲しい生き物でしょ?」
少し考えたが、確かにそうなのかもしれない。
いつも俺は、エリーゼに話を聞いてもらってばかりだ。
「違う。君の仕事や職場について聞きたいんだ」
「あんた、同業の人?」
「たぶん、それで合ってる」
「そうだよね。仕事だよね」
「…」
その通りだ。
違わない、全然違わない。
「男が私に構う理由なんて...やりたいか、話を聞いて欲しいか、金儲けに使いたいか。どれかだもんね」
否定することができなかった。
俺は、話を聞きたかった。いや、間接的には金儲けのためでもあった。
そして、そのために嘘をついた。これは、つまり"こういうこと"でもあった。
俺の中で彼女は「嘘をついてもいい相手」だったのだ。
なんてことだろう。
風俗で世界中を見てきたはずの男が、いちばん彼女たちを見下していた。
もっと率直に言えば、騙してもいい存在だと、善意を踏みにじってもいい存在だと、そう判断したのだ。
この瞬間まで、俺は無自覚だった。
いつからだったのだろう?
嘘をついて、道を案内してもらうおうとしたところからか?
ナンパ感覚で、声をかけ始めたところからか?
いや、きっと…もっと前からだ。
それは、この世界にくるよりも前の…
「で、何が聞きたいの?どうせ帰り道だし、少しなら話くらい構わないよ」
彼女が言葉を言い切るより先に、俺は勢いよく前に出た。
10歩ほど進んで振り返り、リギリトゥの前に立つ。
「な?どうしたの?」
リギリトゥは身構えている。
いきなり男が目の前に立ちはだかったのだから、それは当然の反応だ。
けれど、次の俺の行動は、彼女が想定しているものとは違っただろう。
俺は、深々と頭を下げた。
"美しい土下座"とか、そんな馬鹿げたものじゃない。
膝を折らない。できる限り直角の謝罪である。
「申し訳ありませんでした」
たった一言。非礼を詫びる想いを全部乗せた。
"優美"や"儚さ"なんて、ふざけた飾りだ。
頭を下げるのに、そんなもの必要なかった。
「最初からこうするべきでした。あなたの話を、聞かせていただけませんか?」
頭を下げている俺には、リギリトゥの顔は見えない。
でも、きっと変わらず、あの無表情を浮かべているのだろう。
「別に構わないって言ってるじゃん」
「それでも、ちゃんと頭を下げて頼むべきだと思った」
俺は頭を下げ続けた。
相手が構わないと言っているのだから、構わないのだろう。
それでも、これは俺のために必要なことだった。
「分かったから。頭をあげなよ」
俺は頭をあげた。
そして、リギリトゥの顔を真っ直ぐに捉える。
やっと、俺は彼女の顔をちゃんと見た。
その表情は、少しだけ微笑んでいるような気がした。
「あんた、本当に馬鹿なんだね」
「それだけが取り柄だ」
「褒めてないよ」
こうして、リギリトゥへのヒアリングが始まった。
歩きながら、色々なことを教えてもらった。
仕事のこと。お店のこと。そして彼女のことも。
"パイミー"の前までに到着して、俺は御礼を伝えた。
「ありがとう。リギリトゥ」
「あんた、明日って来れる?」
え?今なんとおっしゃいました?
これってあれですか?お誘いですか?
「まあ、時間は空いているけど…」
「じゃあ、同じ時間に来なよ」
「それは…どういう」
「他の店の子達にも、話聞けるようにしてあげるから」
「あ、そういうこと」
「あんた、なんか勘違いしてない」
「いや…」
「ほんと、馬鹿だね」
やっぱり、リギリトゥは微笑んでいるように見えた。
俺は、できるだけ大きな笑顔を作った。
こうして、リギリトゥの協力で他の嬢に話を聞く機会を得た。
今日は、聞き込みとしては上々だった。
だが、それ以上に、俺は聞き込みの仕方を覚えた。
女の子に声をかける技術ではない。
人と心から話をする術である。
すっかり遅くなってしまったが、"家"に帰るとしよう。
エリーゼも待っていることだしな。
だが、ここで一つの疑問が生じる。
この世界で、俺の“家”とはどこにあるのだろうか?




