第二話
いつも通りの平和な朝のホームルームの時間。
「せんせー、春花っちって今日も休みなの?」
しかしいつもとは少し違う教室の空気を代表するように、玲奈が出欠確認を始めたばかりの先生に問いかけた。
「佐倉か、親御さんからさっき今日も体調不良で休むって連絡があったよ」
「うぇ、マジか。これで4日連続じゃん」
「お前らも体調管理には気を配るようにな。さてそれじゃあ本日の予定だが――」
先生は特に気にした素振りも見せずに淡々とホームルームを進めている。俺は斜め前の誰も座っていない座席を眺めつつ、隣で隠れてスマホをいじる玲奈に小声で話しかけた。
「佐倉が休みって話、お前にも連絡来てなかったのか」
「それがさぁ、火曜……や、月曜の夜からさ、連絡つかないんだよね。というかメッセに既読すらつかない」
ん、とスマホの画面を見せてくる。たしかに玲奈が数日送った何件ものメッセージには一切反応がないようだった。先ほどの話曰く体調不良らしいが、スマホを見れないほど酷いものなんだろうか。
同じことを考えていたのだろう、玲奈も不安げな表情を浮かべているのが分かった。
「ちょっと心配だからさ、今日ガッコ終わったら春花っちの家に行ってくるよ。冬夜は……あー、ゴメンなんでもない」
「はは……」
男の俺があいつの家になんて行ったら命の保証はない。お互い苦笑いをして会話は終了となった。
本当に体調不良なら玲奈に任せておけば今日の夜にでも様子が分かるだろう。俺は大人しくそれまで待つことにする。
だが、そうじゃなかったら。佐倉が学校を休んでいる理由が他にあるんだとしたら。
あいつが休み始めた前日は、あのいざこざがあった日。これまでも何度か同じような事は起きていたが、それであいつが学校を休むようなことはなかったはずだ。
もしかしたら。
俺は過去に似たような状況を体験して、とても辛い思いをした。正直今でも思い出したくはない。だが、どうにもその記憶との重なりを感じてしまい、結局今日一日を不安のまま過ごすことになった。
「冬夜、冬夜ってば」
「……」
「おいコラ」
「!? あ、ああなんだ玲奈か、なんか用か?」
「なんか用か、じゃないよ。帰らないの?」
玲奈がピンと伸ばした指の方向に目をやると、既に外はオレンジ色に染まっていた。そのまま教室に目線を戻すと、クラスメイトはほとんど居なくなっていた。あれ、もしかしてもう放課後?
「今日一日ずっとボーッとしてたっしょ。なになに、そんなに春花っちが心配?」
「……たしかにあいつは心配だが、そういう意味じゃない」
「あはは、まあそりゃそうだよね。春花っち見た目は可愛いのに性格きっついもんね。あの子好きな男子はただの面食いか、ドMくらいかな?」
「ノーコメント」
あいかわらずの軽いノリで来る彼女を遮るように立ち上がる。まあ、悪いやつではないんだが。
「帰るよ。声かけてくれてサンキュな、あいつによろしく」
「ん、りょーかい。なんか分かったらメッセするよん。冬夜は既読無視しないでよ?」
返事の代わりにヒラヒラと手を振りながら、俺は教室を出た。
◇
帰ると言ったはいいものの、朝から続いている胸騒ぎが気になって、帰り道から少し外れた場所を歩いていた。目的地は、近所の大きな池のある公園。俺はストレスが溜まったときなんかに、いつもこの公園で気分転換することにしている。
自販機でコーヒーを買って、池全体が一望できるお気に入りのベンチに座る。今日は俺以外の先客はいないようで、気持ちを落ち着けるには絶好のタイミングだった。
それから20分ほど経っただろうか、空になったコーヒーを手持無沙汰に指ではじきながら、そろそろ帰るかと腰を上げかけた時だった。
池の周りに設置されている進入禁止の柵の内側、それも池にあと数歩で浸かりそうな場所に一人の少年が立っていることに気付いた。
釣りをしに忍びこんだのだろうか、上下に赤いジャージを着た少年は池をただジッと見下ろしているようだった。なんにせよあそこは進入禁止場所だ。それにいくら今日が春の日差しで暖かいからといって、池に入ろうなんてもってのほかである。あそこは水深が深いため、非常に危険なのだ。過去に死亡事故だって起きていた。
声をかけようにも距離が離れていたので、ひとまず近寄ろうと俺が走り出した瞬間。
――――少年は、糸が切れたようにふらっと池に倒れこんだ。
俺が少年を追うように池に飛び込んだのはそれからすぐのことだった。力なく沈んでいく彼の身体を掴み、なんとか陸へ引き上げる。意識は失っていたが、幸いにも心臓は元気に鼓動していた。
「はーっ、はーっ……」
帰宅部の俺にとって、いきなりのダッシュからの水泳はキツい運動なのだ。途切れ途切れの息を整えつつ、仰向けに寝かせた少年に声をかける。ひとまず目を覚ますか確認したかった。
「おい、大丈夫か。ってか聞こえてるか?」
ぺちぺちと色白の頬を叩いてやると、やっとのことで少年はうんうん唸りながらも徐々に目を開き始める。ここにきてようやく安心感を覚えた俺は、ビショビショに濡れたズボンからスマホを取り出しつつ少年の様子をうかがった。
「良かった、無事みたいだな。俺のスマホも……防水機能付いてなかったら死んでたなこれ」
「……ゴホッ、ゲホッ!」
「っ! だ、大丈夫か! 呼吸できるか!?」
水を吐きだした少年の首を横に向けて気道に入らないようにさせつつ背中をさすってやる。少年はしばらくのあいだ苦しそうにしていたが、やがて呼吸が整い始めたのか、一つ大きく息を吐いた。
「一応救急車呼んでおくよ、なんかあったらいけないしな」
再度安心させるように呼びかけると、少年はいまだ真っ白なままの顔をこちらに向けた。瞳に生気は宿っていなかったが、その表情からは静かながらも「怒り」が感じられたことに、俺は戸惑いを隠せなかった。
「なんで……」
「え……」
「なんで助けたのよっ!!」
◆
もう開かなくなるはずだった目が開く。私はそれが何を意味しているのか一瞬で理解してしまった。
私はまだ生きているんだ。でもなんで? 私はたしかに池に飛び込んだ。そのまま意識を閉ざして、この世から消えていなくなるつもりだった。
その理由もすぐに分かった。目の前の男が私を助けたのだ。こいつは誰だ。なんで私を助けた。
「なんで……」
無意識だった。気付けば私の口は動いていた。男はそんな私を見つめて酷く困惑した様子だった。
「なんで助けたのよっ!!」
二度と聞きたくない声だった。私の口から発せられる、私のものじゃない『男の声』。
二度と見たくなかった。私のものじゃない『男の姿』。
だから死のうと思ったのに。全てを投げ出して楽になりたかったのに。
「なんで……なんでっ……!」
「ど、どうしたんだよ、落ち着けよ、な?」
「触るなあっ!!」
私の肩を掴んできた男の手をふりほどく。男はなおも私を押さえつけようとしてくる。
「近寄るなっ! やめろっ!」
「落ち着けよ、おい! くそっ、どうしたってんだ急に! パニックになってるんなら一度落ち着いて俺の話を聞け!」
「誰がお前の、男の話なんて聞くかっ……!?」
必死に抵抗していたはずの私の身体がむりやり制止させられる。私のこの仮初めの姿を上回る力で抱きしめられたのだ。私はもう、この時には頭が真っ白だった。
「はなせ……はなしてよ……私を自由にさせてよ……」
「……」
「私を、わたっ……うぅ、うああ……」
あれからどれくらいの時間こうしていただろうか。男に抱きしめられたままの私はようやく止まった涙を拭いながら、男に声をかけた。
「……いいかげん離してくれないかしら」
「お前が本当に落ち着いたというのなら離してやる」
「……このままだと一生落ち着けないわよ、馬鹿」
「はは。可愛いことを言うやつだな、お前」
男はそう言ってやっと力を抜いた。すぐさま私は彼と距離を取って、いつでも逃げ出せるような態勢になった。
「もう一度聞くわ、なんで私を助けたのよ」
「目の前で死にかけてる人を助けようとしないほど、俺は無関心な人間じゃないんでね」
「……ッ! なにそれ、格好つけてるつもり!? あんたのそんな身勝手な行動に付き合わされたこっちの身にもなってよ!」
平然とした顔でそんなことを言う彼に頭がカッとなって、突っかかるように叫ぶ。
男ってやつはみんなこうだ。相手の事なんて考えずに、自分のやりたいようにやる。なっちゃんだって、きっとそういう男のせいで……。
「ああ、そうだな。格好つけてるかもしれないな」
「え……?」
「でもさ、俺は目の前で助けられたはずの存在を助けられない、そんな経験はもうしたくないんだ。あの時あの子が味わったような苦しみを、もう誰もしてほしくない……」
予想外だった。彼の言葉も、その辛そうな表情も。はたして彼は今どんな感情を抱いているのだろう。
呆気にとられた私は思わずぺたんと尻餅をついた。
「……なんてな、はは、何言ってるんだろうな俺。確かにお前からしたら勝手に助けられて勝手に偉そうな事言ってる大馬鹿者かもな」
「あ、う……」
「さて! とにかくお前も落ち着いたようだし、俺はもう行くよ。救急車とか今後の事は……お前に任せる。本当はもう二度とこんなことはしてほしくないんだけど……これ以上は干渉しないよ」
「……」
そう言って立ち上がろうとする彼を、いつもの私ならどうしていただろうか。
何かに突き動かされるように、気付けば私の右手は彼の制服を掴んでいた。
「待ちなさいよっ……」
「……」
「さっきの……さっきの話、ちゃんと聞かせて。私を助けた理由」
「……話したら、もう池に飛び込まないって約束するか?」
「それ、はっ……」
「……分かった。いいよ、話すよ」
不思議な気分だった。パパ以外の男とこうして話す機会なんて無いと思っていたのに。
彼に対しては、拒絶の二文字は頭に浮かんでこなかった。彼に興味があるから? 分からない。
でも私は、彼が何を話すのか、何を考えているのかが知りたくてしょうがなかった。
彼が再び口を開いたのはそれからすぐのことだった。
「小学校の頃にさ、俺のクラスにいじめられている女の子がいたんだよ。俺からしたら可愛い女の子だったけど、その子はよく男っぽい恰好をしてたんだ。だから、どうしてもクラスで浮きがちだった。小学生は残酷だよな、思った事をすぐ口にしちまう。その子はよく言われていたよ、『おとこおんな』ってさ」
ここで私は気付いた。彼にとても酷な事をさせていることに。
それでも彼は、強い意志を持って話を続けてくれた。
「俺はそれを止めることが出来なかった。その結果、彼女は……遠くへ行ってしまった。ショックだったよ。特別彼女と仲が良かったわけじゃないけど、それでも彼女を救えなかったことがショックだった」
「だから……」
「ああ、だから君を助けた。君の言った通り、身勝手な理由だよ」
「……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「勝手な事を言ったのは私だから……」
彼は私の抱いていた偏屈な男像とは真逆だった。自分を犠牲にしてでも、相手を助けようとしていた。
「でも勝手に助けたのは事実だ。君にどんな事情があるかも知らずに。本人の前で言うのもなんだけど、自殺しようとするくらい思いつめてたんだろ?」
相手の事を考えていないのは、私だった。
「……約束する」
「ん?」
「もう池に飛び込まないって、約束する」
「……そっか」
この時彼は、私の前で初めて笑顔を見せた。
◇
「そんじゃ、まあお互い全身びしょ濡れだし、そろそろ帰るか」
「うん……え、あっ!?」
話も一段落したところで改めて少年の方を向くと、彼は慌てて全身を隠すように丸くなった。
「へ、変なところ触ってないでしょうね!?」
「変なところって……」
……まあ男同士でも気になる人はいるよな。でも緊急事態だったんだから許してほしいんだが。
とりあえず弁明しようとしたところ、少年はふと自分の身体をしばし見つめた後、盛大にため息をついた。
「……なんでもない」
なんか自己解決した。
「立てるか?」
「……要らないわよ。あ、あれ?」
俺が差し出した手を拒絶して一人で立とうとするが、どうも足が震えているようだった。身体が冷えたことによる影響かもしれない。
「早く身体を温めた方がいい。ほれ、おぶってやるから乗れ」
「い、いやよ恥ずかしい!」
「なるべく人目に付かないとこを歩くから、ほら早く」
「そういうことじゃ……う~~!」
半ば無理やり少年をおぶって歩く帰り道、背中から声が掛けられる。
「……本当に事情とか聞いてこないのね」
「お前が話したかったら聞くし、話したくないなら無理には尋ねないよ。お前が約束を守ってくれる代わりにな」
「……そう」
小さく呟いた少年の、俺の両肩に置かれた手に少し力がこめられたのを感じた。
「事情っていうわけじゃないんだけど……あなたは私の姿を見て、どう思った?」
「どう、って?」
「その、今は男の姿をしてるじゃない、私。なのに言葉はこんなだから……きっと気持ち悪いとか思っただろうなって」
どこか引っ掛かりを覚えるその言葉だったが、とにかく今は質問に答えるべきだろう。
「正直なところ、男にしては可愛いなとか、たしかに女の子みたいな喋り方をするな、とは思ったけど……それだけだよ。変とか、気持ち悪いとかは思ってない」
「なんで?」
「お前を助けた理由とも被るんだけどな」
「あっ……そう、そういうこと、ね」
ちょっと濁した言い方だったけど伝わったみたいだ。
「私はね、今のこの姿がとても嫌いなの。私が私じゃないみたいで。だから……」
「……」
「でも、約束したから。もうあんなことはしないわ」
「ああ、ありがとう」
「……お礼を言うのは私のほうよ」
「……」
まずいな、こうしていざお礼を言われるとちょっと嬉しいぞ。おんぶした状態じゃなかったら少年にニヤついた顔を見られるところだったかもしれん。
は、話を変えよう。
「そういや今更なんだが、俺たち自己紹介してないよな。俺は水瀬冬夜っていうんだが……」
「水瀬冬夜っ!?」
「え? うん、そう。あれ、もしかして知り合いだったり?」
「あ、え、いやいや違う違う! 初めて! 初めて聞いたわ! そう、水瀬冬夜……ふ、ふ~ん、そう」
名乗った途端思わぬ反応が来て俺もビックリしてしまう。というかあんまり暴れないでくれ、落としそうになるから。
「あの……それで、お前の名前聞いてもいいか?」
どのみち家まで送り届けるんだから表札を見れば苗字は分かるが、せっかくなので名前も知っておきたい。もしかしたら長い付き合いになるかもしれないし。
「名前……私の名前……そうね、名前……」
「あ~……もし言いたくないんだった無理しなくても」
「は、春人! 佐倉春人! 春の人って書いて春人!」
「お、おう……佐倉春人な、佐倉……佐倉?」
背中の少年、改め佐倉春人が身体をビクッとさせる。
「なななななにかしら!? 何か問題でも!?」
「いや、そういうわけじゃ……ただ高校のクラスメイトに佐倉ってやつがいるなって思っただけで」
「へ、へー! そう! 偶然ってあるものね!」
「う、うん……」
一体春人が何をそんなに慌てているのかは皆目見当がつかなかったが……まあちょっとは元気を取り戻したんだろうな、うん。そう捉える事にしておこう。
「お、着いたぞ、ここで合ってるよな?」
春人の案内のもと、「佐倉」と書かれた表札がある家にたどり着いた。彼をゆっくり降ろす。しかしおんぶって相当疲れるな……。
「ええ……その、ここまでしてもらって、その……ありがとう」
あれからすっかり静かになってしまっていた春人だったが、それでもこうしてお礼を言ってくれるあたり、彼の真面目さがうかがえる。ちょっと照れてる姿も可愛かった。
「そうだ、これ渡しておくよ」
俺はカバンからペンとメモ用紙を取り出すと、スマホの電話番号を書き写して春人に手渡した。
「もしなんか俺に話したい事があったら連絡してくれ。学校の時間以外なら大体出られると思うから」
「え、あ……うん」
「それじゃあな、早く身体あっためろよ」
「うん、また……ね」
またね、か。反射的に出た言葉かもしれないけど、嬉しいことを言ってくれる。それだけで俺の心はどこか満足感を覚えていた。
ひらひらと手のひらを振りながら今度は自分の家に向けて足を進める。スマホといえばそういや玲奈も今日は佐倉の家に行くって言ってたよな。なんか連絡きてるかな……。
「げっ」
メッセージが何件も溜まってた。慌てて玲奈に電話を掛ける。
「もしもし冬夜!? 既読無視どころか完全無視ってどーいうこと!? 玲奈ちゃんすっごい傷ついたんだけど!」
「わ、悪いな、今度なんかで埋め合わせすっから。そ、それより佐倉はどうだったんだよ」
「駅前の新作パフェ大盛りで手を打ってやる。それから春花っちね~なんか入院してるんだって」
「え、入院っておい」
新作パフェ大盛りも非常に気になる点だが、入院となるともしかして……。
「あー入院って言ってもなんか詳しく検査するだけでそんなにヤバめな状況じゃないらしいよ。まあしばらく会えないのは変わりないっぽいけど」
「お前そういうことは先に言えよ……」
「メッセを見なかった冬夜が悪いと思うけどな~?」
ぐうの音も出ない。
「と、とにかくそれならそんな心配することないってことだな、良かったじゃないか」
「ん? まーそうね。……それより冬夜さ、なんか良いことあった?」
「なんだよ急に」
「や、なーんかガッコ居た時とは声の調子が違うなーって。でも春花っちの事分かったからって感じでもなさそうだしさ~?」
良いことね……あれが良いことになるかは正直何とも言えんが、声で分かるくらいには気分が高揚しているのかもしれない。
「なんでもねーよ。それじゃあもう切るぞ、早く家帰ってシャワー浴びたい」
「えーなにそれ! 気になるじゃん聞かせろよっ」
プツリ。人に話すことでもないので通話を終わらせる。後で呪いのメッセージが大量に届くかもしれんが、まあ後でなんとでもなるさ。
「さってと」
駆け足気味に帰路を進む。こんなにも気分が良いのは久しぶりの事だった。
◆
「ただいま」
まさかまたこの家に帰ることが出来るなんて、と思いながら、私は玄関のドアを開ける。
「え、は、春花ちゃんっ!?」
リビングから飛び出すようにやってきたママは私を見て複雑そうな顔をしていた。
そりゃそうよね、三日間ずっと部屋に閉じこもってた娘が急に外から現れたら驚くわよね。……それに、今はこの姿だし。
「黙って外に出てごめんねママ。色々話したい事はあるんだけど、まずはお風呂入ってもいいかな」
「え、ええ……」
「あ、それと……ご飯さ、食べたいな」
多分ぎこちない笑顔だっただろう。それでも私の顔を見たママは何事かを察して「ええ!」と笑顔で返事をしてくれた。
お風呂とご飯を終えた後、ママとパパに話をした。自殺しようと考えてた事も正直に話すと二人とも涙を浮かべていたけど、最後には二人とも優しく私を抱きしめてくれた。
「……ふぅ」
今日一日の疲れを吐き出すようにベッドに寝そべる。手に持ったスマホには、さっき登録したばかりの彼の電話番号が映し出されていた。
「水瀬、冬夜くん……」
まさかあんなところでクラスメイトに出会うとは思わなかった。いや、それどころか……。
「あああああなんか思い出したら変な気分になってきた……」
水瀬冬夜。私が大っ嫌いな男の一人。でも、私の人生で出会った男の中でパパと同じくらい好きな人。
いや、好きといっても恋愛的な意味じゃなくて、人間的にというかなんというか。
とにかく。
「助けてくれたのが彼で良かった……」
もちろん命もそうだけど、彼は『私自身』を救ってくれた気がする。
この忌々しい男の姿が元に戻ったわけじゃないけど、なんだか凄く幸せな気分だった。
「……も、もう今日は寝よう! 疲れたし!」
どこか自分に言い聞かせるように布団をかぶる。
「……う、なんか臭い……」
三日三晩男の姿でこのベッドに寝ていたせいか、とてつもない異臭がする。これじゃ寝ることも出来ないじゃない。
「はぁ~~……。やっぱり男ってサイアクだわ」
今日はリビングで寝る事にしよう……。
せっかくの幸せ気分もどこへやら、だった。




