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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE3 死ノ一族
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バスティール




   ◆




「そんなに窓を開けたら、風邪を引くぞ」



 白い一室には、ベッドが一つだけ。

 大きめの窓はいっぱいまで開かれ、部屋の壁と同じくらい白いカーテンが大きく靡いていた。


 腕を組んでドアに寄りかかっていた亜紀は、面倒くさそうに窓際に近寄ると、開かれた窓を相手の返事を聞かずに半分だけ閉めた。



「いつから君は、そんなに過保護になったんだい?」

「ふん、お前に何かあると大鎌振り回されかねない奴がいるんだよ」

「ははっ、仕方ない子だ」


 点滴を施されている腕を一瞥すると上体を起こした。

 窓の外を眺めていた黒羽は、不貞腐れる亜紀の反応を見て小さく笑った。

 黒羽がいる一室は、APOCが所有する医療施設の個室。



 ヘリで運び出された黒羽は、ペンタグラムに到着するとこの病院に搬送され命を取り留めた。



「あの時の千葉の顔……思い出しただけで腹が立ってくるぜ」

「蒼斗から聞いたよ。私の傷の状態を訊いた時、返って来た言葉に思わず拍子抜けしたって」



 絶望的な顔で見た、あの時の千葉の顔は、まさに黒羽はもう助からないと言わんばかりのものだった。


 微かな脈しかなかった黒羽を、生きて欲しいと強く願いながらヘリまで運んだ時の気持ちは、蒼斗と亜紀にしか分かるまい。


 それを千葉は――。



「亥角はもう大丈夫だ。ここまで虫の息なのに、死なないってどういうこと?」



 と、目に力を入れて言い放ったのだ。

 紛らわしい返答に亜紀だけでなく蒼斗も激怒した。



「千葉が言っていたぞ、お前はゴキブリ並みの生命力を持っていると。応急措置をしたらすぐに脈がはっきりと感じられるようになったとか。やはり、お前は殺しても死なねぇな」

「死神がそう簡単にくたばってたまるものか。それに、憎き下衆の手によって殺されるなら、お前の射撃の的になって死ぬことを選ぶよ」



 病室に広がる、黒羽が行方不明になる前と変わらない会話の調子。

 だが、ゆっくりこんな話が出来るのも今日が最後だった。



「それで、いつ移るんだい?」


 亜紀から表情が消えた。

 外には既にAPOCの捜査官が二人待機している。あと数時間したら、黒羽はこの病室から別の施設に移送される。



「……何故だ、亥角」


 亜紀は偽名のまま、彼の名を呼んだ。


「自分から言い出すことはなかっただろう。辰宮のような処分だったら、お前は蒼斗と暮らすことが出来たんだぞ」


 黒羽が移送される場所は、APOCが要注意人物として収監する施設――バスティール。

 簡単に言えば刑務所のようなものだ。


 一度入れば、出られるのはいつか分からない。面会も制限がある。

 ただ何もせず、暇を持て余して生き続ける、ある意味地獄のような場所だった。


 そこに、黒羽は自分から行くと進言したのだ――自分は核から勅令と受けるほどの事を起こし、それに値するしかるべき罰を与えなければならない人間だ、と。



「自分から牢獄に入れてくれ、だなんて聞いたことないぞ。お前も物好きな奴だ」

「私は自分のしたことに悔いはない。だが……もう疲れたんだ」



 今まで自分の為に生きたことがなかった黒羽。

 蒼斗が四代目を継承し、御影を斬ったことでこうして解放された。――が、自分の次の生き方が見つけられずに迷っていた。


 黒羽は、御影の滅亡と同時に自らの命を絶とうとしていた。

 生きる目的がなくなれば、もう自分の価値はなくなる――そう思っていた。



「それより、私のことよりも自分のことを心配した方がいいんじゃないか?」



 亜紀は黙ったまま黒羽を見た。「知っているよ」と、黒羽は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。



「アバドンの鎖で完全に無力化されたバチカルの力を再度使うには、対価を支払い、強制的に力を引き出させるしか方法はない。今度であと君はどれくらい()()()()()のかな」

「生きる意味をなくしたと思い込んでいやがる負け犬に心配される筋合いはない」


 ばっさりと突き放す亜紀に返す言葉がないのか、黒羽は黙っている。


「核はキチガイなのか、お前を第四皇帝から降ろさないらしい。契約魔も剥奪されないらしい」



 今回の一件の亥角の処分を亜紀が訊ねたところ、核は多大な被害を出したにしろAPOC及びペンタグラムの最大の目的である御影討伐が果たされたという事で、世間には第四皇帝を主体に動いた功績という形で公表する方針の様子。


 そして、第四皇帝として籍は置くが、実質空席という形にするとのこと。

 もっとも今後、この席には黒羽に代わる人間はいないだろうが。



「契約魔は取り上げるにしろ、取り上げないにしろ、アイツはお前の傍をテコでも離れないだろうよ」

「そうかな」

「悪魔のくせにお前への執着度はドン引きものだ。取り上げられたら、きっと憑りつくに決まってる」

「酷い言われようだ。彼女も蒼魔弾撃たれて結構怒っているんだよ?」

「俺の邪魔をするならたとえアイツでも容赦はしない」



 ふんと鼻を鳴らす亜紀に、黒羽は苦笑するしかなかった。




 キキッ――車が下で停まる音が聞こえた。



「千葉さん、早く早く!」

「こら、年上を少しは労わりなさい」


 窓の外から千葉を急かす蒼斗の姿が見えた。

 親を急かす子供のようなやり取りを見て、黒羽は御影の城で自分と刃を交えていたのが別人だったのではと微笑する。



「生きてくれ、か」



 亜紀は独り言のように零した黒羽の言葉を聞き逃さなかった。

 黒羽は外に向けていた顔を亜紀に戻し、嘲笑交じりに言った。


「生きている限り、自分の成すべき道がちゃんと見つかる――そう、あの子は言ったんだ。生きることを諦めた私にね」


 亜紀が思い出すのは、黒羽が麻酔から目を覚まし、色のない目を浮かべる彼の肩を揺さぶって怒鳴る蒼斗の形相。

 あの時の医師や看護師の仰天した顔はまさに滑稽で、笑うのを堪えるのに苦労したことを覚えている。



「そんなものは見つかるわけがないとあしらったよ。でも、今まで兄として、家族として何も出来なかった侘びとして、あの子の言葉を信じてみることにした」

「だが信じたその果てがコレか。家族なら今までの埋め合わせの為に一緒にやり直すものだろう?」

「言っただろう、私はもう疲れたと。だから、外のことを気にせずにいられる場所――バスティールで、私の生きる道について考えようと」



 なるほど、黒羽は蒼斗の言葉を実現させる為に、あの光の少ない場所で答えを見出そうというのか。


 それでも、亜紀には解せないことがあった。



「お前がバスティールに行った後、アイツはどうする? 一人にする気か」

「何言っているんだい。あの子の居場所はもう出来ているだろう――お前という、APOCという新しい居場所を」


 黒羽は嬉しそうに言った。


「やはり、あの子を君に任せてよかった」

「は?」


 亜紀は目が点になった。


「右も左も分からなかったあの子は、私の手引きもあるが、君たちと出会ったことで自由を手に入れることが出来た。詳細はどうあれ、私の最終的な目的はほぼ果たせたと言ってもいい」

「……ちょっと待て。お前……まさか、俺がアイツを拾って手元に置くことを分かっていてあんな話を……」

「お前なら、蒼斗の力を知れば新しい玩具を手に入れたと喜ぶと確信していた」



 亜紀は最初から黒羽に利用されていた。

 真実を知った亜紀は腸が煮えくり返り、両肩が震える。

 ここは病室。されど今の亜紀には関係ない。怒鳴り散らそうと肩で息を大きく吸った――その時。



「あれ、亜紀さんここにいたんですか?」



 両手いっぱいの見舞いの花束を抱えた蒼斗が亜紀に声を掛けた。

 その後ろに続く千葉は、タイミングの悪い時にと言わばんばかりの表情の亜紀の姿を見て物珍しそうに顎に手をやってほくそ笑んだ。



「兄さんのお見舞いに来てくれたんですか? ありがとうございます」

「……ちっ」

「え、ちょっと、亜紀さん?」


 亜紀は状況が理解出来ていない蒼斗――にこりと穏やかにほほ笑む黒羽――そして、嫌な笑みを浮かべる千葉を一瞥。

 盛大に舌打ちを零すと、無言のまま黒い上着のポケットに手を入れて大股でその場を去った。


 取り残された蒼斗は、呆然と黒いオーラをまとった背中を呆然と見送り、何かしてしまったのかと狼狽した。


「心配いらないよ、蒼斗君。亜紀は任せておいてくれ」



 軽く蒼斗の背を叩いた千葉は、弾むような足取りで亜紀が消えた方を追いかけた。

 良く分からないまま、蒼斗は黒羽と目が合い、どちらからともなく破顔した。



「毎回すまないな」



 黒羽は花を見て眉を下げた。

 蒼斗はこうして黒羽の見舞いに来るたびに花を持って来ている。申し訳なさそうな顔をする黒羽に対し、蒼斗は首を横に振ってどうってことないと言葉を返す。


 病室に入り込む風の音が静寂さをいっそう際立たせた。



「墓参り行って来たのか」


 淡い橙色の花弁に白い指先で触れ、顔をそのままに訊ねた。


「まさかこっちにお墓があったとはね」

「狂蟲塗れのあの地で、先代たちが安らげるわけがない。まぁ、どちらにせよこの時が来るまで安息は得られなかったと思うが」

「でも、もう全て終わった」


 黒羽は安堵の息を漏らし、そうだなと微笑んだ。


「だが葛城の使命が終わり、悪夢を視ることがなくなるとしても、お前の持つ狂魔を斬る能力は消えることはない。私ももちろん、お前は普通の人間ではないからな」


 いくら解放されようとも、その身体に流れる血――死神の能力は生涯失うことはない。それは蒼斗も分かっていた。

 だから、蒼斗はこの力を有効に使えることを考えた。


「これからも僕はこの力で救える限り、堕ちた人々を救いたい」


 きっと、狂魔の浸蝕が強すぎるあまりに、境界線が視えずに救えない時があるだろう。

 それでも、少しでも人々の心の闇――彼らの罪を狩り取って行く。


 そう蒼斗は決意を固めていた。



「……そうか」



 揺るぎない強い言葉に黒羽が口出しすることは何もなく、数度首を縦に振った。



「バスティールに入っても、一生会えないわけじゃない。落ち着いたら必ず会いに行くよ、亜紀さんたちと一緒に」

「ははっ、亜紀たちも来るのか」

「当たり前だよ。みんな、兄さんの仲間なんだから」


 黒羽は花から目を離し、蒼斗を信じられないような目で見た。

 対して蒼斗は、そんな黒羽の反応に面白くなさそうな顔で見返した。


 気に入らない人間だったら、いくら仕事だからと言えど、見舞いはともかく言葉など交わすわけがない。

 特に亜紀は好き嫌いが激しく、嫌いな人間ならとことん視界から抹消して、事務的な接し方しかしない。

 卯衣や辰宮、瀬戸や奈島でさえも見舞いに来ている。

 ただ、瀬戸と奈島に関しては、顔は出さずに、看護師に見舞い品の饅頭を預けている。



「みんな、兄さんのことを心配しているんだよ」


 自分のしてきたことに巻き込まれたにも拘らず、蒼斗がペンタグラムにやって来る前と接し方が変わらない彼ら。

 心配しているという意思表示は人様々でも、黒羽は彼らの優しさに目頭が熱くなった。

 咄嗟に顔を伏せ、誤魔化すよう嘲笑を絞り出した。






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