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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE3 死ノ一族
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白百合の悪魔





「!?」


 吹き荒れた殺気。

 蒼斗は咄嗟に反応できず後方に弾き飛ばされた。

 空中で後転し、態勢を整えた蒼斗の視線の先には冷めた目をした黒羽が見据えていた。


「私が第四皇帝だということを忘れてはいないか?」

「黒羽さん!」

「今まで死神としての使命を全うするために控えていたが……お前相手にその必要はないか」

「気をつけろ、蒼斗!」 

「来る……っ!」



 我、いまここに真名を以て汝に命ずる。

 紅の夢想に揺蕩い、微睡む者よ、我の声を聞け。

 そして我が意志に応えよ。

 我が血肉と魂を糧に、その姿を我の前に示せ。




「アィーアツブス!」




 突風が起こり、渦を巻く風に視界が遮られる。

 亜紀のバチカルや、瀬戸のエーイーリーのように獣のような呻き声も、圧倒されるような気配は感じられない。

 けれど。確かに、この世のものではない、心臓の鼓動を逸らせる存在がその姿を晒そうとしているのは肌で痛いくらいに感じた。


 ――霧散した風と共に舞ったのは、白百合の花弁だった。



「は、な……?」


 白百合の儚さとは対称的に、出現したのはバチカルやエーイーリーとは風貌が正反対の全身漆黒の甲冑だった。

 その表情はヘルムに隠され見ることは叶わない。

 これが悪魔なのかと疑いたくなるくらい、それは美しかった。


 まさしく人にしか見えない悪魔。

 鞘から剣を抜き、黒羽を背に蒼斗と対峙する姿は、悪魔というよりも皇帝に仕える騎士が相応しい。

 力量を図られているような、嫌な視線が突き刺さり、脂汗が滲む。

 汗はこめかみを伝い、ゆっくりと頬、そして顎へと伝う。

 気やすく動いてしまえば斬り殺されてしまいそうだ。


 こんな悪魔がいていいのだろうか……?


「驚いたかい?」

「ニ対一だなんて……っ、そんなに僕を退けたいんですか」

「そうだよ。だって、これは全てお前のためなのだから」

「え……?」

「――行くよ、アーツ」


 黒羽の言葉を合図にほぼ同時にアィーアツブスは動き出し、瞬きをするあっという間に間合いを詰めた。

 蒼斗は間一髪のところを柄で突きを弾く。

 ヘルム越しの表情は伺えない。

 受け流すのでいっぱいの蒼斗は反撃の機会を逃し、襲い掛かる剣戟に押し潰されそうになる。

 今の状態は、あまりにも分が悪い。


「……?!」


 蒼斗は次第に香る甘い匂いに瞠目した。

 アィーアツブスが現れるまでなかった香り。徐々にそれは嗅覚を通じて体内に入り込み、くらくらと香にあてられたような気分になる。


「アーツは快楽と苦楽を司る特性があってね。その香りを嗅げば男はみな動きは制限される」


 確かに、男にはきつい香りだった。

 なんて厄介なものだろう。


 これほどの誘惑をまき散らす十大悪魔であれば、この悪魔の真名に心当たりがあるかもしれない。

 唇を噛んで耐えても、息をつく間も与えられず身体が次第に悲鳴を上げ始める。


 正面のアィーアツブスの攻撃に気を取られすぎて視界の端の黒羽の存在に気付けても、ついに足に限界が来たのか体勢が傾く。

 ひやりと肝が冷えた。



 ――まずい……!



「アーツ! テメェの相手は俺だ!!」


 流れるように黒羽の剣を受けた第三者の剣。

 どっと溢れ出る汗を流しながら、蒼斗は息を呑んだ。


「亜紀さん!」

「相変わらず腹の立つ悪魔だよ、コイツは」


 力技で黒羽を押しのけ、獣のように唸る亜紀は剣先をアィーアツブスに向ける。

 亜紀の乱入を予想していなかったのか瞬時に距離をとる。動きが早い。


「俺が入ったからには、テメェの好きにはさせねぇよ」

「っ……」


 亜紀と合流しようと後退し、トンと蒼斗は亜紀と背中合わせになった。

 肩で呼吸を急ぎ整える。

 目の前には厄介な人間が来た、と言わんばかりの苦い表情の黒羽がいる。


「亜紀さん、ここは僕が……っ」

「ニ対一なんて分が悪すぎるだろうが。手段を選ばないのなら、こっちもなりふり構ってられねぇだろ」

「でも……!」

「俺にコイツの効果は効かない。コイツは俺が相手する」

「そんな身体で十大悪魔と闘うなんて……っ!」

「くどい! ――それとも何だ、お前はその背中を預けられないって言うのか」


 思わぬ問いに蒼斗は目を丸くした。

 アバドンの鎖のせいで力を大きく削がれ、休む間もなく湧いて出てくる狂魔たちを撃ち殺し、疲弊しきった身体。

 ボロボロで立っているのがやっとのはずなのに、当たる背中は何よりも心強い。

 背中越しに見える横顔は辛そうなのに、その瞳に光は失っていない。



「愚問ですね」


 ――と、蒼斗は窮地だというのに破願した。


「あなたの背中ほど信じられるものはありません」

「――当たり前だ」


 パス越しにバチカルが鼻で笑ったような気がした。


「――いいか。兎にも角にもあのクソ悪魔をどうにかしないとならない。だから亥角より先に討つぞ」

「でも、いくら倒せたとしても魔力があれば……」

「大丈夫だ」


 力強い『大丈夫』。

 亜紀は勝算のない勝負などしない。

 それを十分に理解して言う蒼斗は素直に亜紀に従うことにした。


「――了解しました。亜紀さんを、信じます」


 一拍……そう、静まり返った、たった一拍。


「「――っ!!」」


 二人は反転した。

 蒼斗は黒羽と、亜紀はアィーアツブスと必然と対峙することになる。


 蒼斗は用意していた閃光弾で黒羽の視界を奪う。

 亜紀は振り向きざまに視線の先のアィーアツブスへと剣を振るう。

 剣は黒く光ると振りぬいた勢いとともに無数の漆黒の刃が飛んでいく。


 アィーアツブスは急所を避けるように刃を弾いていくが、ところどころ掠り傷を負っていく。

 刃の雨に便乗するように亜紀は近づき、懐に手を入れる。

 黒羽が視界を奪われ、一瞬でも隙ができたこの時を、待っていた。


 亜紀の攻撃を退け切ったアィーアツブスを襲ったのは、全身の拘束。

 ハッと背後を見れば大鎌を使って羽交い絞めにし、動きを封じる蒼斗の姿。

 いつの間に回ったのか疑問に思うよりも早く、防衛反応でアィーアツブスは身じろぎしながら剣をくるりと持ち替え蒼斗の右大腿に突き刺す。


「痛……っ!!」


 強烈な痛みが蒼斗を襲う。チカチカと視界が点滅するように目が回る。

 緩みそうになる両手を握り締め、歯を食い縛って耐える。

 痛みのせいでアィーアツブスの匂いは誤魔化せた。


 ――絶対に離してなんかやらない。これは全て想定内のことなのだから。


「見てみてください」

「――!」


 暴れるアィーアツブスの耳元にそっと息を当てた。

 蒼斗に促されるまま視線を前に向ければ、銃口をこちらに向けた亜紀の姿。

 その銃の威圧感が、これまで亜紀が使用していたものとは違うことを本能的に悟ったのか、呻き声をあげながら蒼斗の足を突き刺す剣の手に力を入れる。


「アァ……ァァァアァハナ、セェエェェェエ!!」

「ぐ……ぅ……っ、離す、ものか……!! 絶対に、離すものか――!!」

「オ、ノレ……ッ!!」

「っ、あなたの負けだ!!」


 一発の銃声がアィーアツブスの悲鳴を黙殺した。

 鋼鉄の鎧などお構いなしに心臓部を貫いた蒼魔弾は、効果は絶大だった。

 剣を握る手はだらりと力が抜けたように垂れ下がり、蒼斗にしな垂れかかるように倒れた。


「……ク、レ……ゴメ、ナサ……」


 掠れた声。女の声だった。

 主の名を愛おしそうに呼び、今にも泣きそうなものだった。

 震える身体は次第に黒い粒子となって消えていく。



 ――死んだわけではない。そもそも悪魔に死はない。



 蒼斗はその場に片膝をつき、パタタと滝の汗を滴らせる。

 右足を見れば、大腿部は剣が貫通したことで血溜まりを作っている。


「よく耐えたな」


 そう言う亜紀も剣を地面に突き立てなければ体勢を保っていられない状態だった。


「失敗なんて、できませんから」

「千葉の研究が役に立った」


 蒼魔弾――死神の血が込められた新たな狂魔弾は、蒼斗たちにとって幸をもたらした。


「……まさか彼女を押さえるとは思わなかったよ」


 あの閃光弾が光った一瞬の出来事。

 黒羽はため息を漏らした。


「奥の手も消えた。観念するんだな」

「後に引けないのを分かっていてそんな戯言を言うんだから、お前たちは本当にそっくりだ」

「黒羽さん。お願いです、ペンタグラムに……亜紀さんたちのところに戻ってきてください。事情を核が知ればきっと……」


 蒼斗が懇願するように手を伸ばした。



 ――パァンッ!!



 しかし、複数の乾いた音が割り込んだ。

 嫌な音は全ての者の動きを封じた。





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