表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE2 寄生魂
34/62

紐解き





「辰宮星妃は、家族を失ったことで、ある種の二重人格になった」

「に……二重、人格……?」

「おいおい、俺は星妃の一部なんかじゃねぇぜ? オレ様とコイツは別の個体であり、お互いの身体を共有する。いわば運命共同体だ」

「そいつは違うな。テメェは辰宮が抱える闇の影響で生まれた別の人格に過ぎねぇ」

「どういうことですか?」

「辰宮太一は十年前のゼロ・トランスで死んでいると言っただろう」


 太一は御影直属の化学研究機関ROXI(ロキシィ)の研究員だった。

 そしてゼロ・トランスと実験の失敗により、彼はたった一人の肉親である妹の星妃を残して命を落とした。

 彼女に巣食う太一という存在は、心に闇を持った彼女が蓄積した狂蟲で太一の過去の記憶を元に作り出した人格なのだと亜紀は言った。


 ――これで全てが合致した。


 大倉と本山の身体に残された二人分の傷は、一つの身体に住まう辰宮と太一の人格それぞれのものだった。

 切り傷から見てナイフを使ったのは辰宮だろう。


「十年前の実験の悲劇で世界から見放された御影様は、名誉挽回の為にこっちで材料を探すようオレ様に指示した」

「あの事件から、危険物質を扱うことを制限した。俺たちも核の指示でいくつも摘発してきた」


 街にやって来てから何一つ収穫出来なかった矢先――前の白井の研究所からアストライアが突然変異により作られたことを知った。

 当然太一はこれを好機と思い、奪おうと考えた。


 犯行の手順として、まず星妃で相手を油断させ、持ち前の力でナイフを以て脅す予定だった。


「お前は初めに、真っ昼間から酒を飲みに行っていた本山に近づいた」

「最初は上手くいったが、カギのことになると妙に警戒しだしてなぁ。瓶なんて振り回されて星妃は怪我するし、急きょオレ様が出て何発か撃ち込んで吐かせようとした。それでも喚く野郎の口を塞ぐのも兼ねて、殺すという選択肢を採ったんだよ」


 そして次の狙いを大倉に定め、彼が研究所にいる時を狙って侵入。


「星妃はAPOCに俺の存在が感知されないよう自分の力でやろうとした。まったく、健気な妹だぜぇ」

「けれど、彼女ではどうにも出来なかったってところっスね」

「アイツのやり方は見ていてもどかしくなるんだ。だからベランダに追い詰め、本山と同じように手初めに手足を使えなくした。まさかその時には既にカギを飲み込んでいたとは思わなかったぜぇ」


 面倒臭そうに首の後ろ掻き、思い出したように深くため息をつく。


「……奴を仕留めきれなかったのは誤算だった。なんせ、奴が死ぬ間際に自分のガキの名前を呟いたせいで星妃が反応しちまって、手こずったからな」 


 辰宮の人格を抑えることに意識を持って行かれた。

 完全に抑えた時には、大倉が最後の力を振り絞ってベランダから飛び降りていた。気付いたのは、丁度来ていたゴミ収集車に落ちてそのまま処理場に行ってしまった時だった。

 黄色いカギのありかを吐かせ損なった太一は、大倉のデスクを荒らし、彼の家も祐樹が留守の間に忍び込んだ。


 太一は焦った。

 このまま見つからなければアストライアは手に入らない。

 最後の一人の新條は複数の女の家を転々と移っており、見つけるのは困難だった。


「そんな時だ。長髪教授様が、星妃のところに捜査の一貫で新條がいるだろう場所の資料を届けに来た。こんなにラッキーなことはなかったぜぇ」


 辰宮は捜査のために新條が潜んでいる廃工場に向かった。

 マスコミにより、本山に続き大倉が殺されたという情報を得ていた新條は自分が狙われることを悟っていた。

 新條は辰宮の姿を見て自分を狙うものだと直感し、錯乱状態に陥り、護身用に手に入れた銃を迷わず発砲した。


「辰宮の傷はやはり新條に撃たれたものだったんですね。……そこであなたが表に出て来た」

「精肉工場だった施設はそのまま残っており、お前はそれを利用して新條の首を落とした」


 身体は辰宮のものだったとしても、中身が男の太一だとすれば説明はついた。


「大事な妹を殺されかけたんだ。あれは単なる報復。テメェだって、目に入れても痛くないくらい可愛いウサ公が死にかけりゃ、ぷっつりキレてその銃で頭を吹っ飛ばすだろ」

「かもな」

「亜紀さん!」


 太一は普段は辰宮の中に身を隠し、実に動きやすい状態だった。

 STRP本部に飛び込んで来た傷だらけの辰宮を思い出し、蒼斗は爪が掌にめり込み血が流れるくらい拳を握りこんだ。


「……あなたは、辰宮が自分を庇ってまで守ってくれると分かっていて、それを利用してあの三人を殺害しようとしたんですね。アストライアを手に入れるために」

「語弊はあるがな。アレに辿り着くためには、そこのAPOCの総帥が厄介でな、かなり骨がいったぜ」



 亜紀は部下から絶大な信頼を置かれており、その言葉は絶対的に守られる。不穏な影が少しでもちらつけば辰宮もろとも消されることは間違いなかった。


 だが、その亜紀が絶対甘い妹の卯衣の性格を利用すればその攻略は簡単だった。

 慈悲深い卯衣に辰宮を始末するのを躊躇させてしまえば、当然卯衣は亜紀を牽制し、亜紀は手を出せなくなる。


「ところがどっこい、今はそのウサ公にまで銃を向けられている」

「浅はかだったな」

「だが、こうしてAPOCの総帥と参謀代理、元APOC現STRPトップの奈島、そして死神の葛城……いや、工藤蒼斗といった邪魔者が揃った今、一網打尽にする機会が出来た。――そして、STRPナンバーツーもな」

「何だと?」


 太一の背後の闇から下品な笑い声を発しながら無数の男たちが現れた。

 彼らの目は完全に狂魔に浸蝕されてしまっていた。にもかかわらず、知性は残っているのか手にした銃を蒼斗たちに向けた。


「この人たち……同じ大学の……!」

「まだ狂魔がいやがったのか!」

「星妃は母親に似て、男の目を引くものを持っているからなぁ、駒を作るなんざちょろいもんだったぜ。しかも、狂魔になった引き金は全部テメェへの嫉妬なんだぜ、死神さんよぉ?」


 他人の心を自分の私欲のために利用し、ありのままに狂魔を従える太一。

 流石狂蟲の根源の一部であると感心する半面――爪を立てて掻きむしりたいくらいに腹立たしかった。


「っ、君は……!?」


 蒼斗は狂魔の中に見知った顔を見つけ目を見張った。

 涎を垂らし、血走った目でこちらを睨みつける()()――それと彼と一緒にSTRPから逃げ出した訓練生の姿もあった。


 狂魔を摘発する側のAPOCの人間が摘発対象の手に堕ちるだなんて、今までにないことだった。



「太一にまんまと乗せられたか。何処までも足を引っ張る出来損ないどもだ」

「亜紀さん! そんな言い方……!」

「小言はいいんだよ。俺たちの前に狂魔として現れたのなら、やることは一つだけだ」

「く……っ」


 大鎌を出した蒼斗は、四方八方に飛んでくる弾を物陰に隠れて避けつつ、狂魔の境界線を見極めようと目を凝らす――が、彼らに境界線が全く見られず、目を疑った。


「ダメです……境界線が全く見えません!」

「何だと!?」

「狂魔レベルはお前たちが今まで始末してきたものとは格が違うんだよぉ……なんせ、このオレ様が作ったんだからなぁ!」

「千葉! 今すぐ水魔鏡を蒼斗の目とリンクさせろ!」

「了解」


 無線で千葉に蒼斗の目とリンクさせ、狂魔の状態を高精度で見極めさせる。

 これを可能にするのは千葉の契約魔の恩恵であるが、元は亜紀が契約しているバチカルなしに成せるものではない。


 亜紀は蒼斗とバチカル両方と契約を交わしている。

 つまり亜紀を通じて蒼斗とバチカルは間接的に繋がっており、蒼斗からバチカル、そして亜紀へと蒼斗の視るものが共有され、それを千葉の契約魔が一定範囲内の水魔鏡にリンクさせているのだ。


 そのお陰もあり、狂魔の状態が隅々まで把握できている。


 ところが。



「な、何だこれは……?」

「東城!?」


 太一の言葉に引っ掛かりを覚えていたが、背後から聞こえるはずのない声に背筋が凍った。

 振り返れば銃を構え目の前の光景に呆然として立ち尽くしている東城の姿。

 その片目には何故か水魔鏡がかけられている。大方、車に置いてあった予備のものを見つけ興味本位でかけたのだろう。


「どうして東城さんに見えて……!?」

「っんのクソ悪魔……奈島と東城をリンクさせてやがったのか……!」


 亜紀は盛大な舌打ちをし、奈島を睨みつけた。


「奈島! テメェ関係ない奴を眷属にするんじゃねぇよ!」

「え?! そんなことしてねぇよ!」

「テメェの悪魔が勝手にやったんだよ! あまりにもテメェが頼りねぇから保険で眷属にしたんだろうよ!」

「んな馬鹿な!?」


 本来であれば東城はAPOC捜査官ではないため水魔鏡は使用できない。

 けれど、例外で悪魔契約した者の眷属になることで契約者と同じように恩恵を受けることができる。

 奈島の意思で東城を眷属にした覚えはない――となれば、奈島の契約悪魔が自分の意思で奈島に黙って眷属契約をいつの間にか結んでいたことになる。


 カッとなって怒鳴ってしまった亜紀であったが、今となっては既に遅いこと。

 東城のように下手に騒ぐような人間ではなかったことにひとまず感謝するしかない。

 これが他の人間であったのなら事態は最悪に陥っていただろう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ