首謀者
◆
――病院から数キロ離れたところに位置する廃屋の近くで、奈島と卯衣が乗る車を見つけた亜紀。
「亜紀ちゃん、蒼君」
車を同じように停め、亜紀と蒼斗を待っていた三人と合流する。
「ターゲットはあの中に入ったきり出て来てない。熱探知で確認して、逃げていないことは分かっている」
「ご苦労だったな、三人とも」
「共犯者は一緒じゃないんですかね」
「いずれ分かる。俺と卯衣、蒼斗と奈島で行く。あとは合図を出すまで待機だ、誰もあそこには近づけさせるなよ」
「ちょっと待て。何故私は残るんだ」
亜紀の指示に異を唱えたのは当然のこと東城。
自分だけ待機組にされれば不満も抱く――が、今回ばかりはどうにもならない。
STRPはAPOCが裏で乖離点の番人を行いつつ治安を守っているのは既に知っている。
しかし、狂魔や一般人が目にしないような存在は知られていない。今回それを目にしてしまう恐れがあり、防がなければならないことだった。
「東城、お前はオレたちに何かあった時のためにここにいて欲しい。頼む」
「複数の方がいいでしょう、それに応援はすぐに来ますよ」
「――いいから、お前はここで待機していろ。これは頼みではなく、命令だ」
退かない東城に痺れを切らした奈島は、ドスの利いた声で吐き捨てた。
目を細め、普段頼りない上司の面影は欠片も見受けられず、元APOCCの幹部だけあってその威圧感は痛々しい。
仕方なく、しかし不服そうに怒りを滲ませながら東城は待機命令に従った。
亜紀の指示で全員配置につき、四人は銃を片手に廃屋へ足を運ぶ。
「奈島さん、何も東城さんにあんな言い方しなくても……」
「アイツを守るためなら、例え恨まれても構わないっス。狂蟲の浸蝕がなく、今まで通りに小姑のように口煩く健全に生きてくれればどうってことないっス」
「あなたは……、結構不器用なんですね、亜紀さんに似て」
「そこで無駄口きいている奴は後で躾け直すからな」
「なんで!」
身体を半身にしてドアから様子を伺うと、中は錆びついた工具や機材が散乱しており、辰宮の姿はなかった。
後ろにいた奈島は亜紀に二階から声がするという合図を送る。耳を澄ますと、辰宮の争う声が聞こえた。やはり共犯者がいるのだろうか?
――すると、二階とは真逆の方向から物音が聞こえた。他に誰かいるのだろうか。
「亜紀さん、微かですが向こうから狂魔の気配を感じます」
「他にも狂魔がいるのか……ちっ、面倒だな」
手の銃をしまい、腰のホルスターから銀銃を抜き出し、狂魔弾を確認する亜紀。
奈島もこうなることを予期していたのか、持ってきていた自分の銀銃の弾を装填していた。
やはりAPOC幹部を抜けたとしても万が一のことを考えてこれだけは手放さず取っておいたのだろう。
「いいか、ここを動くんじゃねぇぞ。何かあったら鎌出して構わず振り回せ」
「亜紀さんじゃないんですから、そんな危ないこと出来ないです」
蒼斗は亜紀の拳骨を脳天に食らい、目に涙を浮かべて一人その場に残る。
「――っ!?」
頭を労わりながら上を見上げていると、とてつもない狂魔の気配を感じた。
ぞわり、鳥肌が立ち身震いする。今まで感じて来たものと比べ、負のオーラが深くて重い――亜紀が言っていたように、桁違いだった。
気がつけば亜紀の命令に背き、二階への階段を昇っていた。
板を軋ませないよう慎重に一段一段気を配る。
震える全身を押さえる術が分からないまま、奈島から渡されていた小型銃を抜くことなく最後の階段を昇り切ってしまった。
「お願い……もう、やめて……っ」
ドアの向こうで辰宮の苦しむ声と、鼻を啜る音が聞こえた。
蒼斗がドアの前に立ったところで自然とドアが開いた。
ゆっくりと蝶番が擦れ小さな悲鳴を上げ、真っ暗な部屋の中に外の明かりが差し込む。
光の筋の中に、金色の髪が照らし出された。
「辰宮……?」
慌てて振り向き、揺れた髪の間から覗く青い瞳が、怯え、恐怖に染まる辰宮の瞳を映した。
「大丈夫、亜紀さんたちはいないよ」
「蒼、斗君……」
自分の身体を抱きしめ、苦悶に歪む表情を見て、何かあるのだと悟った。
「具合が悪いのか? なら急いで医療班を――」
「平気、大丈夫だから……っ」
「ちょ……!」
「――妹に近づくな」
苦しむ辰宮に足を踏み出そうとしたところで、低い男の声がそれを牽制した。何処から声がしたのかと辺りを見渡すが、そこには暗闇しかない。
「お前がオレ様たちの邪魔をしている死神だな」
「だ、誰……ですか」
「蒼君! 勝手に移動したらダメじゃ――」
合流した卯衣は呻く辰宮見て顔を強張らせた。
後に来た亜紀に肩に手を置かれ、一瞬驚くと安堵の息を漏らした。
「まさかテメェが出てくるとはな」
「亜紀さん、あの人は一体……?」
「今回の事件……まぁ、辰宮の共犯者……いや、今回の事件の首謀犯といったところか」
「兄さん、お願い……もう、やめて」
肩を大きく上下に動かしながら荒い息を漏らす辰宮は、声の主を兄と呼んだ。
「兄? 兄って、確か辰宮のお兄さんはゼロ・トランスで……」
「今までテメェを見逃してきたのは、テメェの妹が俺たちに尽くすと約束したからだ。それを破る気か? もうレッドゾーンにまで達しちまっているぞ」
「約束ねぇ……ソイツは星妃が勝手に結んだものだろう? オレ様は関係ねぇよ」
「舐めた真似をすれば消すと言ったはずだ」
「掟通り、あなたは私たちが始末します」
亜紀と卯衣は銃を構えた。
その気になればいつでも闇の向こうに撃つ準備は出来ている。それでも男は壊れた人形のように笑うだけ。
「お願い、ボス! もう一度私が抑えるから、兄さんを殺さないで!」
しゃがみ込んでいた辰宮は壁を頼りに立ち上がり、二人の前に両手を広げて兄を守るように立ちはだかった。
「星妃さん、私だってこんなことはしたくない。でも、今の状態が続けばあなたの身体は……」
「それでも構わない! 兄さんを守れるのなら私は……!」
「お前はいつになったら目を覚ますんだ。自分の命を削らせてまで生き延びさせる肉親が何処にいる!」
辰宮の訴えに、亜紀は鋭利な刃物のように言葉を突きつける。
蚊帳の外に追いやられた蒼斗は、呆然とその会話を聞くしか手段はない。
初めから関わろうとしない奈島は下で灰になっている狂魔を踏みつけてガムを口に含み、辰宮を見据える。
「……よく見ていろっス、ヒヨッ子。あの女の兄貴――辰宮太一がお出ましっス」
奈島がそう言っても、蒼斗の目には苦しむ顔を伏せる辰宮と、彼女に銃を向ける亜紀と卯衣だけ。
「全くよぉ……死神さえいなけりゃ、オレ様の計画は完璧だったのによ」
地を這うような声は蒼斗の身体にまとわりつくように響いた。
声を出せなかった。
真っ直ぐ憎しみの念を込めた目で見据える辰宮に頭の中が真っ白になった。
さらに追い打ちをかけるように辰宮は嘲笑う。
「ハジメマシテ、工藤蒼斗クン。辰宮太一デス」
夢を見ているのかと思った。
だが、肉食獣のような目つきで不敵に笑うその姿に、辰宮の面影は微塵も感じられなかった。




