才能
「っ、お前は来るなと言っただろう!」
「上司を放置する部下がいてたまるかっていうんですよ!」
「そういう問題じゃないんだよ! STRPはコイツに関わったら……!」
奈島は首を傾げる東城に向かって銃口を向けた。
目にかけられたレンズに気づくのと、弾が顔横を通過して背後で呻き声が聞こえたのはほぼ同時。
赤緑の汚らしい返り血を振り向きざまに顔面に受け、言葉を失った。
「な、何だ……?」
「東城!」
B級ホラー映画でも観ているような、酷くリアルな感覚。
灰になる異形に足が竦み、東城は襲いかかる恐怖の念にどうすればいいか冷静な判断が難しくなった。
STRPの人間は狂魔を見たことがない。
そもそも、狂魔となった姿を視ることができるのはAPOCの人間のみで、普通の人間の認識はただの気の狂った犯罪者としかみなされない。
街を取締り治安を維持していくことを理念としてきた彼らにとって、裏治安で動くAPOCの当然のことも珍しく、異様なものだった。
奈島が待機しているように命令した意図にここでようやく気付き、背いたことを後悔した。
ただの頼りない上司ではなかった。
「ヒャハハハッ! 足手纏い一匹か? どんどん殺せぇぇ!!」
弱点を見極めた太一は狂魔をさらに動員し、東城に狙いを定め攻め始めた。
狭い空間の中で動くのが困難になり、痺れを切らした亜紀はバチカルの剣を出現させると床に突き立てた。
「しゃらくせぇ!」
「危ない!」
力強く黒く光る剣は床を一面吹き飛ばし、階下の工場へと全員落ちる。
衝撃に備えていた蒼斗たちは負傷することなく着地し、広い空間に強制移動となった光景に亜紀らしいと苦笑が思わず漏れる。
しかし、やることが一々派手な亜紀を咎める余裕は誰も持ち合わせておらず、落下の衝撃をものともしない狂魔に銃を構え直す。
「ちっ、キリがない! ここはもうバチカルを……」
「亜紀さんダメです! 外にはSTRPの人たちが待機しているんです!」
狂魔と戦うことになると分かっていた亜紀は、全員を一定範囲の外に待機させていた。
ところが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
待機位置はバチカルの攻撃の範囲内。このまま使ってしまえば、蒼斗たちは卯衣の結界で免れるだろうが外にいる彼らは巻き添えを食ってしまう。
無線も使えなくなり、外部との連絡が取れなくなってしまった今、ひたすら狂魔を狩っていくことしかできない。
そのもどかしさに亜紀は盛大に舌打ちをした。
これがAPOCであったら最初から距離を取って容易に太一もろとも灰にできたことだろう。
奈島は東城を襲う狂魔を撃ち払いながら叫ぶ。
「お前だけでも逃げろ、東城!」
「し、しかし……」
「黙れ! お前がいると邪魔なんだよ!」
「亜紀さん! そんな言い方……!」
狙いを定められたことで奈島の負担が一気に増す。
一刻も早く奈島にとって重荷でしかない東城をこの場から退かせたい。亜紀は動揺する東城が煩わしくて仕方がなかった。
「つまんねぇなぁ……バラすか」
太一の指示で狂魔が的確に動く。
数にものを言わせ、次第にそれは亜紀たちを分断させていく。
出入り口を塞がれ逃げ場を失った東城は効果を持たない銃で応戦するしかなく、ついに弾切れになってしまった。
「ひっ……」
震える手でリロードする間、数体の狂魔が牙を剥く。
歩く度に粘つく水音が耳にまとわりつき、腐敗しきった悪臭が鼻をつく。
殺されると諦めた東城。
――視界を遮断しかけたところで、蒼い軌道が狂魔全ての首を跳ね飛ばしたのを捉え呆然と眺めた。
「な、に……?」
ゴロリ、と転がる首を視線だけで追い、灰となって消えるのを見届ける。
すっかり腰が抜けた東城は眼前に背を向けて立つ蒼斗の姿を見上げた。
「大丈夫ですか、東城さん」
「あ、ああ……」
「こちらの人にはキツいかもしれませんが、しばらく気配を消して隠れていてください」
外套をはためかせ、ふと安心させるようにこちらに笑いかける。
大鎌を手足のように回して構え直す姿からは、初めて会った時に目にしたような気弱さは欠片ほども見受けられない。
妖しくも美しい蒼白の刃、深く澄んだ青い瞳、大きな鎌――その特徴的な容姿を、以前書物で読んだことがあった。
「まさか……君が、あの死神だというのか……」
自分よりも小柄なのに、その背中はやけに広く感じた。
化け物と向き合い、刃を振るう彼には覚悟が確かに存在していた。
――何をやっているんだ、私は。
「……冗談じゃない」
「?」
「私がただ隠れているだけなんて……できるわけがないだろう!」
傍らに転がっていた狂魔の残骸から這いつくばって銃をもぎ取り、後ろを取られそうになる上司の背後の狂魔を躊躇いもなく吹き飛ばす。
狂魔弾を使用していないとはいえ改造銃の威力は絶大だった。
粉砕された狂魔に呆ける奈島を、東城はずれたメガネを掛けなおしながら怒鳴り、叱咤する。
「後ろは常に気をつけろと言ったでしょう! 何度言えばわかるんです!!」
「は、はい……」
「東城、さん……?」
「ボサッとするな! まだ来るんだぞ!」
次をガチャガチャと手際よく装填する東城は何かを吹っ切ったような、開き直ったような、タカが外れたかのように激情していた。
人間窮地に陥ると何を仕出かすか分からないとはよく言ったものだ。
「……おもしれぇ」
――これが、人間の足掻きが見せる力か。
亜紀は次々と隙を作っていく東城を感心するように声を漏らした。
それから自分の銃を一丁抜くと東城の名を呼び、それを投げて寄越した。
絶秒なタイミングよく銃を手中に収めた東城。
何のつもりだと言わんばかりに訝しげな目を向ける彼に対し、亜紀は鼻で笑った。
「そいつらに普通は通用しない。APOC側の物でないとダメだ」
「APOC側……?」
「何にせよ、俺のものを使いこなせるか、お手並み拝見といこう」
「東崎……っ、貴様のものを私が扱えないわけがない!」
挑発に乗せられた東城はセーフティを慣れた手付きで解除し、APOCの捜査官でもないのに使いこなしていく。
とても腰を抜かしている人間には到底見えない。
その戦闘能力は動けないにしろ非常に高く、先程とは桁違いに戦力として劣ることはなかった。
STRPのナンバーツーとして奈島の補佐を担っているだけのことはあった。
「ふぅん、やはり素質はあるようだな」
「亜紀さん……?」
またろくでもないことを企んでいるのだろうか。
生か死かの戦いの中だというのにもかかわらず、口角を上げ満足そうに笑みを浮かべる亜紀に対し、蒼斗は呆れてしまった。
この人に隙など本当にないのかもしれない。




