ないものねだり
東城の稼働により最悪の事態は一旦免れた。
しかしどういうわけか数が減ることはなく、一体何処から狂魔を調達しているのかキリがない。
「もしかしたら乖離点をこじ開けて、向こうから……っ」
「ヒャハハッ! STRPから悪魔と恐れられるAPOCの総帥もお手上げかぁ? 落ちぶれたもんだねぇ」
「――っ、亜紀さん!」
蒼斗は視界の端に入った刃が亜紀に届く前に大鎌の柄で寸でのところで受けとめる。
「アアアァァァア!!」
「っ、篠塚君……!」
その力強く重々しい一撃に歯を食い縛り、鍔競り合いの先に見えた顔を見れば、怒りに満ちた篠塚のものだと分かり目を見張った。
蒼斗は背に庇った亜紀を一瞥して無事を確認すると、汗を滲ませながら苦悶の表情を浮かべた。
訓練の時にも手合わせしたことはあるが、やはり今まで手を抜いていたのかが分かった。
元々腕っぷしは強い方なのか、少しでも気を抜けば押し負けてしまいそうなくらいの威力だった。
「っ、どうしてだ篠塚君……どうしてよりにもよって君が狂魔なんかに……!」
「ウ……セェ……ウルセェェェェエエ!! コノォォミカゲノ息ノカカッタ野郎ガァァァアァア!!」
雄たけびと共に押し切られ、蒼斗は咄嗟に後方に下がり距離をとる。
だが一息つかせる余裕も与える気のない篠塚は瞬く間に懐に入り刃を振るう。
衝撃に耐えるために咄嗟に止めた息が苦しい。
「蒼斗! もうそいつは人間じゃねぇ! このままだと埒が明かねぇ、早く始末しろ!」
「っ、そんなこと言ったって……」
「アアアアァァァァアアァ!!」
祥吾の時のような変わり果てた姿で牙を剥く篠塚は、刃の競り合いを押し切り蒼斗の身体を後方に崩した。
反動で蒼斗の両腕が上に上がったのを見逃さず、柄を握り直しそのまま突きの姿勢に入る。
心臓めがけて伸びる切っ先を視界に捉えた蒼斗は、倒れながら左足を振り上げ篠塚の剣の持ち手に蹴りを入れ軌道をそらす。勢いは落ちたものの、剣先は蒼斗の腹部すれすれを裂く。
――剣が落ちない……!!
尋常でない力で握りしめているのか普通であれば手から落ちるはずの剣。
蒼斗は不安定な体勢のせいで力が足りなかったかと内心舌打ちする。
――どうしてだ。
銃声と剣戟の音で満たされた室内。
蒼斗は脳裏に響く悲しげな声を拾った。
辺りを見渡せば各々未だに戦闘を続けており、とても声が聞こえるような状況ではなかった。
蒼斗だけに聞こえた、ということなのだろう。
――誰も俺を認めてくれない。肩書きだけばかりで俺自身を誰ひとり見てくれない。どうしてお前ばかり……!
それは篠塚の誰にも言えない叫び。蒼斗への嫉妬心だった。
篠塚はゼロ・トランスで両親を亡くしてから親戚の家を転々とし、持って生まれた器用さと才能を大人だけでなく友人にも利用され自分の価値に疑念を抱いていた。
そして誰ひとり「篠塚亮」という人間を見ていなかった現実を突きつけられた。
絶望した彼は、文字通り全てを放棄した。
自分の真価を問うことも、周囲の目や顔色を伺うことも、何もかも。
ただ自分がよければいい。
自分のいいように動かすためなら、自分の欲しいもののためなら、どんなに非道なことでもやってのけた――本当に欲しいものは、手に入らないまま。
篠塚と蒼斗。
ゼロ・トランスで互いに多くのものを喪った。
前者は両親や生活、自分という価値を。
後者は家族と蒼斗という名前以外の自分に関するあらゆる全ての記憶。
境遇は同じはずなのに目の前に突き付けられる立場の違いが、篠塚の心の内に眠っていた願望に嫉妬の炎を灯らせた。
「……っ、ふざけるな……」
蒼斗は柄を持つ手に力が入る。
「僕が……っ、僕がどんな思いでこの十年生きていたと思ってるんだ!!」
「!?」
傍から見れば蒼斗が独り言を言っているように見えるだろう。
けれどそんなことは構っていられない。
我慢してきた感情がここで耐え切れずに爆発した。
「空っぽ同然の僕が、どれだけ周りに受け入れてもらおうと努力してきたか君には分からない! 分かって欲しくもない! 自分が一体何処の誰で、両親が誰で、兄弟がいたのかすら分からない僕の寂しさが分かるはずがない!」
「蒼君……」
「あの家の人たちに受け入れてもらえるように、僕がどれだけ悩んだと思う? 分かるはずがない! どんな形であれ歓迎された君と違って、僕は厄介者だったんだから!!」
世界から忘れられ、天涯孤独の身の蒼斗に対し、招かれちやほやされ好きなように自分に選択権があって生きていた篠塚。
それこそ蒼斗にとって妬ましいことだった。
「君はいつだって自分本位だ! 幼い子どもと何ら変わりない! 周りを傷つけることしかできない君なんかの本当の望みなんて理解したいだなんて思うわけがない!」
「ウルセェェェェ!!」
「――あっははは! 滑稽だなぁ本当に! 何てざまだよ!」
両手を広げ、目の前の有り様に甲高く笑う太一。
「んー、でもなぁ……面白みに欠ける」
踊らされている亜紀たちを愉快そうに眺めているのも飽きたのか、腰に差していた銃を手に取ると、完全に狂魔に気を取られている卯衣に銃口を向け――発砲した。
「――っ、亜紀ちゃん!」
「東崎いいい!」
卯衣を背に庇って銃弾を受けた亜紀。
苦悶の表情を滲ませた亜紀の身体は、そのままゴム毬のように床に打ち付けられた。
「あきさん……?」
亜紀の身体を中心に赤が広がっていく冷たいコンクリートに、心臓が張り裂けそうになった。
ばく、ばくと脈が忙しない。
いつもの余裕に満ちた笑みもなく、ぴくりとも動かない。
早く、起きてくださいよ?
ただの掠り傷だって、言ってくださいよ?
そうでないと、そうでないと僕は……。
「リカバリー!!」
慌てて周囲に結界を張り、亜紀の傷口を自分の上着で強く押さえる卯衣。
役に立たない無線が小さな悲鳴を上げるくらい握り、APOCの応援の到着が遅いことに声を荒げた。
「亜紀さん! 亜紀さん、しっかりしてください!」
「おい東崎! 寝たふりするのはやめろ! 冗談でもいまやるところじゃないぞ!!」
卯衣の指示弾かれるように彼女たちの周辺の狂魔を切り伏せていく。
背中越しに声をいくらかけようにも、亜紀は顔を伏せたまま反応はなく、卯衣の治療を受けている。
無力化した二人を守るように蒼斗と奈島、東城は狂魔の前に立ち塞がる。
もっとも、東城は依然腰が抜けたままだ。
――見事に形勢逆転されてしまった。
「邪魔者は始末する。そしてお前らが持っている残り一つのカギを手に入れ、アストライアを御影様に献上する――この身も添えてなぁ!」
「何、だと……?」
太一が何言っているのか、理解するのに時間を要した。
「コイツは狂蟲を応用した実験の成功体だ。この身体を研究すればさらなる力を得ることが出来、世界はオリエンスを認め直すだろう!」
太一の歓喜の声、亜紀の痛みに耐える声、卯衣の泣き声、奈島の怒声……不安定な卯衣の結界が割れる音ともに、蒼斗の中の何かが音を立てて壊れた。
「手始めに死神を殺せぇ!」
「ヒヨッ子!」
「工藤君!」
数十人の狂魔が奈島と東城を床に押さえつけ、他は蒼斗を取り囲む。
蒼斗は動揺することも、戸惑うことも悲鳴を上げることもない。ただ表情を前髪の向こうに隠すだけ。
――あなたは弱くなんてないわ。
「死神に与えられた使命――それは偽りの正義を盾に猛威を振るう御影を完全に滅し、世界を新たなる聖地を導くこと」
「……何?」
――あなたなら、できるはずよ。
蒼斗は一度伏せた瞼の奥に自信に満ちた近衛の顔を見た。
「……辰宮は、渡さない」
――蒼白い刃が弧を描いた。
狂魔は頭部と胴体が切り離され、迸る血はまだら模様の池を作る。ボトボトと落ちる音を捉え、その場にいる人間は言葉を失った。
「テメェ……っ!」
「どうなって……やがるっスか……?」
奈島と東城を押さえていた狂魔は蒼斗を威嚇すると背後から襲いかかる。本人は刃に付着した血を振り払い、依然と顔を上げない。
完全に無防備状態だった蒼斗は目にもとまらぬ速さで大鎌を振るう。
狂魔は塵となり風で吹き飛ばされるようあしらわれ、鉄臭漂う赤い溜め池の一部と化す。中には、生身に戻り、気絶している者もいる。
そして、蒼斗の取り巻く空気に様子を伺う篠塚と対峙した。
「……篠塚君。やっぱり僕は君を理解することはできない。生まれ育った環境、境遇があまりにも違いすぎる」
――けれど。
「変わりたいと思う気持ちは同じだから――僕は、君にまだ諦めて欲しくない」
――彼女が背中を不器用に押してくれたように、そんな人がいつか来てくれるように……僕は君のすべてを否定するよ。
飛び掛かる篠塚を正面から対峙し、すれ違いざまに大鎌を一振り。
赤緑色の飛沫を上げ篠塚の身体はその場に崩れ落ちた。
「……本当に、僕と似て君はしぶといんだね」




