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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE2 寄生魂
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昼下がりの友情





「あれ……でも、確か亜紀さんに心臓を撃たれたはず……」

「それはきっと、狂魔弾を撃ち込まれたのね。でも、狂魔じゃない人間には全く効果がないから気絶だけで済んだのよ」

「なるほど……。と、ところで……乖離点で僕を助けてくれた近衛さんはあなたで、本物の近衛さんは……!」

「ちゃんといるわ」

「じゃあ処刑場襲撃後の、僕が事情聴取を受けた日にいた近衛さんは……?」

「私じゃないわ。近衛さんよ」


 蒼斗はその言葉を聞くと、ほっと安堵の溜め息がこぼれた。

 そして、だからあの時違和感があったのかと一人自己解決した。

 蒼斗の知る近衛は、辰宮が変装していた時のような優しさは持ち合わせていない。強烈なジャブを食らわせて置き、やんわりと落としていく。

 その裏に一点の優しさを持つ――そんな、性格だった。


「近衛さんがそんなに好き?」

「んええ!?」


 突拍子もない問いかけに蒼斗は動揺を露わにし、思わず立ち上がりかける。

 ボッと頬が紅潮するのを嫌というほど感じ、頬杖をついてこちらを見上げる辰宮から目をそらす。脳裏に残る近衛の性悪な顔を思い出しては振り払う。


「ぼ、僕はただ……約束を守りたくて……!」

「ふぅん、それだけなんだ?」

「それだけに決まっているじゃないですか!」


 こういった話に慣れていない蒼斗は一刻も早く話を逸らそうと話題を探す。しかし、軽くパニックに陥っている蒼斗にこの空気を打破する余裕もキャパシティも持ち合わせておらず、辰宮を楽しませる要因でしかなかった。


「……本当、近衛サンが羨ましいわね」

「え?」


 拾い損ねた辰宮の言葉はそのまま有耶無耶にされてしまった。

 それから、辰宮は話を振った。「それで、話を戻してもいいかしら?」と、眉を下げる。


「私、こんなでしょ? みんな遠巻きにしか見ないし、友人って言える友人がいなくて正直寂しいのよね。だから、私と友達になってほしいんだけど」


 気恥ずかしそうに視線を横にずらし、カップを持つ。


「なんで……よりにもよって、僕なんかに……?」

「なんか、じゃないわ」


 ピシャリと遮られた。ソーサーに戻すと、辰宮は蒼斗の目をじっと見据えた。


「あなたなら私をちゃんと見てくれる。あなただからこそ、私は友達になりたいと思った。だから、自分のことを卑下にしないで」


 強さを持つものは、いつだって孤独を胸の内に秘めている。

 万人に共通することで世界は調和を保ち続けている。それ故、平均から少しでも秀でてしまえば、良くも悪くも一目置かれ、遠ざけられてしまう。

 それはきっと、亜紀やほかの皇たちも同じことだろう……まぁ、亜紀に関しては不明だが。

 少なくとも、辰宮は変装が優れているとばかり注目され、『辰宮星妃』自身を見てもらえないことに、疎外感と空虚感を抱いていた。事実、こうして大学内で他人と仕事と訓練以外の話をしたのは、蒼斗が初めてだった。


 僕と、似ているのかもしれない――蒼斗はグラスをとって水を一気に飲み干し、口火を切った。


「友達っていうのは、許可をもらってなるものじゃないと思います」


 辰宮は何も言わない。


「卯衣ちゃんが言っていたことなんですけど……初めて会って、話をした時から友人関係は始まっているらしいです」


 だから――。


「彼女の定義に則ると、もう僕たちは既に友達ってことになりま……なるんだ」


 それは他の人間にも当てはまることで、仕事の話しかしないときであっても、友人関係を作るきっかけは既にできていた。

 それを築こうとしなかったのは、彼らではなく、辰宮自身も言えることだった。

 きっと、彼女はその容姿とスペックのせいで幼い頃から一線を引かれていただろう。

 それに従い、彼女は初めから他者と必要以上の関わりを静かに且つ無意識に拒絶するようになってしまった。

 何重にも作り上げられた彼女自身の殻に、誰も近づこうとはしなくなる……そんな悪循環が起こる。

 蒼斗はそっと右手を差し出した。辰宮は虚を突かれたような顔を貼り付けた。


「知っての通り、僕は死神だ。誰からも認められない、恨みを買ってばかりだけど……僕はこの国のために戦うって決めた。でも、僕はこの国のことを知らない。だから……いろいろ助言をもらいたい」


 辰宮の望みに応え、懐を自由にした。

 あとは前に進むか、それともいつものようにその場にとどまってしまうのかは、彼女次第。


「……彼らをどうにかしてくれって泣きつかないのね」


 遠くから送ってくる汚い視線に気づいていた。


「僕はこの国の害ではないことを証明したい……自分自身の力で。だから、亜紀さんや他の人に頼るつもりは毛頭ない。僕は、ただ君やみんなが心を開いてくれることを待つだけだ」


 人間の心は圧力でどうにかなるものではない。認めてもらうには、まずは行動しなければならない。そこから全ては始まる。

 中々応えてくれず拒絶をされていたのかと右手を下ろしかけた――その時、辰宮の左手が差し出された。これに心を痛めかけた蒼斗は目を丸くした。


「悲劇の主人公になるのかと思っていたけれど……期待以上。私の目に狂いはなかった」

「……これからよろしく、辰宮」

「勿論……蒼斗君」


 差し出された左手をそっと握り返された辰宮。つくられた微笑はすっかり消えていた。口角を上げ、少し照れくさそうに頬を紅潮させる、年齢相応の姿。

 笑い返した蒼斗は受け入れられたことの安堵で手汗が滲んだ。それを辰宮に指摘されないか、内心冷や冷やしていた。


「そういえば蒼斗君、今日のカウンセリングにはちゃんと行った?」 

「あぁ、うん。行ったよ」


 APOCの決まりで、狂魔弾を撃った又は殺した時には必ず週に一回、カウンセラーの許可が下りるまで大学の零号館にてカウンセリングを受けるようになっている。

 先日の一件で人を斬ってはいないが、異形を斬った蒼斗もその対象に入っていた。

 異形とはいえ、記憶喪失状態の精神的に不安定な状態にある蒼斗が斬ったことに亜紀たちは多少なりとも気にかけていた。

 けれど、肝心の蒼斗はカウンセラーの報告によると全く問題はないようだ。


「そういえばお義兄さんはどうしているの? あなたが狂蟲を根こそぎ斬り落としてからAPOCの管理下に置かれているんでしょう?」

「祥吾なら監視付きの施設で保護されているよ。桐島に狂蟲を植え付けられたショックがまだ残っていて、精神的にも肉体的にも休養が必要だから、カウンセリングを繰り返し受けて立ち直ろうと頑張っている」

「実の父親に実験台――化け物されたんですものね。あなたに助けてもらったとしても、あの裏切りは誰でも堪えるわ」


 指を絡めたそこに顎を置き、ティーカップの中へと伏し目がちに視線を落とす。憂いの情がこもる瞳は、妖しくも美しく見えてしまう。


「兄と言えば、辰宮に兄弟はいるの?」

「一人、兄がいたわ。両親は私が幼い頃に放火で死んで、それから兄が男手一つでずっと私を育ててくれたの……まぁ、その兄もゼロ・トランスでいなくなっちゃったけど」

「……ごめん」

「いいのよ、もう十年前も前のことだし。それに、兄はいつでも私の傍にいてくれているから」


 辰宮は胸に手を当て、穏やかな笑みを浮かべる。彼女にとって、兄の存在が唯一の存在だったのだろう。


「……あ、電話」


 亜紀から呼び出しが入った。現場は大学から車で三十分の距離のところに位置するとあるバーらしい。

 モニターに映った亜紀を見るからに、相当機嫌が悪い――これは早く向かわねば八つ当たりされること間違いなし。


「ボスったら相変わらずね」


 辰宮は声を聞いただけで亜紀の様子が悟れたようで、破顔した。


「どうして怒っているのかは察しがつくけど」

「え?」

「現場は何処? 送っていくわよ」


 チャリ、と小さな金属音がした。辰宮の白く細長い指先にはリングに通された一本のカギがぶら下がっている。場所を告げれば「あそこね」と、軽く相槌を打つ。


「知っているの?」

「ここの学生は週末にはあそこで遊んでいるわ。あそこのお酒は不味いのにね」

「へぇ……辰宮も行くの?」

「一度だけ行ったことがある程度よ」

「僕も行ってみたいな……」

「あら? それって私に誘って欲しいの? それとも誘っているの?」

「な!! 何を言って……!?」

「冗談よ。お喋りはまたの機会にして、早く行きましょう。ボスのご機嫌が悪化する前に」


 辰宮が持っていたのは、バイクのカギだった。駐車場につけば黒いボディに黄色のラインが走ったバイクが停まっていた。

 積んでいたスペアのヘルメットを蒼斗に投げて寄越し、キーを差し込んでエンジンをかける。ドルン、ドルン、と轟くエンジン音に呆けていると、辰宮は自分の後ろを指差して手招きした。

 女の後ろに座ったことがなかった蒼斗は瞬時に一歩下がる。

 だが次に手首を指して「時間がない」と示され、迷った。触れることすらないに等しいというのに、よりによってこの密着した形に……。


「女に触れたことがなくて恥ずかしい? カカマトぶってんじゃねぇぞ、ダメペットのくそ野郎が」


 ――なんて亜紀が見たら言われそうだが。

 潰されるような威圧感に肝を冷やした蒼斗は小走りで駆け寄り、肩を借りてシートに跨る。

 青い色をしたその姿を横目で見た辰宮は、心底可笑しそうに声に出して笑った。


「そんなにボスが怖い?」

「なりふりかまってなんかいられないって」

「ボスの言うことには絶対なんだね。相当躾けられているみたいで驚くし……少し妬けるなぁ」

「え?」

「さ、行くわよ。舌噛まないようね」


 エンジン音が轟き、アクセルを回り走り出すバイク。エンジン音で掻き消された言葉を訊ねようとしたところで、タイミング悪く蒼斗は舌を軽く噛み、視界を点滅させた。






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