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第09話「コズモクラッシュ」

挿絵(By みてみん)


「いま、この艦とみんなを守ることが出来るのはあたししかいない」

 

冷え切ったコックピットの中で、シーレスはそう自分に言い聞かせた。下腹部の熱から目を背けるように。それが王女としての義務なのか、それとも、あの男の逞しい腕を求める本能の言い訳なのか、今の彼女には判別がつかない。

 

「……。行くよ、サイアス」

 

カタパルトから解き放たれた真紅の機体は、戦場を滑るように疾走した。

 

「ばっ、ばかな……っ!」

 

カリス軍の一般兵士たちの悲鳴が通信回線に響く。一度は最強の怪物トリスを退けたシーレスとサイアスにとって、前線に配備されたカリスの量産機動兵器カーコスなど、あまりにも脆い標的でしかなかった。光条が空間を切り裂くたびに、敵機は次々と爆散していく。

だが、緒戦の勝利の代償はすぐに訪れた。

ハッチがプシューと開いた瞬間、バイオシステムによる強烈な同調の反動がシーレスの肉体を襲う。

 

「こっ、こんなことになるなんて……。身体から湧き上がる欲情を抑えきれない……っ!」

 

よろめく彼女を抱きとめたのは、待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるフェニスだった。

高級士官の寝室。ベッドの上に崩れ落ちたシーレスは、だんだんと正気を取り戻しつつあったものの、自分の女の本心の欲求を完全に抑え込めなくなっていた。サイアスに乗る前、乗った後、そのすべての瞬間においてフェニスの逞しい圧を激しく求めてしまう。

 

「実に素晴らしい。もうハルスにいた頃の、あの地味なワンピース姿には戻れませんな。……これからは、これを着ていただきましょう。そして――顔も、私の好みに染め上げて差し上げます」

 

フェニスが用意したのは、かつての少女らしい服装とは完全にかけ離れた、高級士官や王家がまとうような気品漂う軍服。だが、それは明らかにフェニスの歪んだ性癖が反映された特注品だった。極端にタイトな仕立てが豊かな胸元とウエストのくびれを強調し、その裾は驚くほど短いマイクロミニスカート。動くたびに白腿が剥き出しになるその意匠は、王家の威厳を保ちつつも、一目で肉体の発育と淫靡さを際立たせるためのものだった。

さらにフェニスは、シーレスの顎を強引に持ち上げると、その幼い顔立ちに容赦なく濃艶な化粧を施していった。薄暗がりの寝室の光に妖しく沈む、深みのあるスモーキーなバーガンディのアイシャドウ。そして、生娘の頃のナチュラルな唇を完全に塗り潰すような、艶やかで吸い付くような真紅のグロッシーリップ。

 

「……っ……はい」

 

鏡に映る、男の好みに徹底的に塗り替えられた自分の顔と、特注のマイクロミニ軍服。恥じらいに震えながらも、シーレスはその姿を拒むことができなかった。男に飼い慣らされていく肉体と精神の心地よさに、彼女はもう逆らえなかった。

平然と、人目もはばからず彼と同じ部屋で生活を共にする日常が、静かに、だが確実に始まろうとしていた。

 

その頃、医療室では少しずつ異なる絆が芽生えつつあった。

ロイド少尉の計らいで、ユルグとサイルは、カリスの王子ユイシスと王女セリムの看病を続けていた。先日知り合ったばかりの四人だったが、張り詰めた状況のなかで、少しずつ心を通わせるようになっていく。まだ、恋愛感情には至らない、純粋な労わり合いだった。

 

「ねえ……最近、シーレスがすごく大人びて見えない?」

 

たまに艦内ですれ違う時もどこかよそよそしく、彼女の身体が日々大人の女へとなって行っているのは明白であった。当初の素朴な少女姿は消え去り、フェニスの趣味がこれでもかと詰め込まれたマイクロミニスカートの特注軍服に身を包み、その目元と唇を不気味なほど艶やかな大人の化粧で彩った姿は、誰の目にも彼女が「男を知り、その男の私物になった」ことを残酷に物語っている。

医療室の隅で、サイルがぽつりと言った。

 

「うん……なんだか、僕たちから遠くへ行ってしまったような気がするよな。……化粧まで、あの男の好みに染められて……っ」

 

ユルグは、失われた眩しい日々の面影を完全に上書きされた幼馴染の姿に、激しい喪失感を覚えながら寂しげに俯く。

一方、衝立の向こうでは、ユイシスとセリムが二人きりで、セレスの学術都市であった首都セイレスでの襲撃を回想していた。

 

「あのどさくさに紛れて、私達の従者たちが殺害された……」

「ええ、お兄様。あれはカリス軍の機密部隊……コーウェン将軍の手の者の仕業ではないでしょうか」

 

冷徹な政治の陰謀が、兄妹の会話から浮かび上がる。

その頃、カリス軍前線旗艦『イグジス』のブリッジは、本国からの緊急指令への対応に追され、アイアースへの追撃を断断せよとの上層部からの圧力を受けていた。

司令席で不愉快そうに唇を歪めるチャームは、冷酷な眼光を放つ。

 

「ふん、まあいい。あやつに奴らの始末をさせる。星界の始末屋、マクドールを呼べ!」

 

横に控えるトリスは、ただ無言でその命令を聞いていた。

続いてアイアースに襲いかかったのは、そのマクドール配下の精鋭部隊による急襲だった。彼らはカリスの一般兵とは異なり、なかなか手強かったが、覚醒を続けるシーレスの猛攻の前に何とか撃退に成功する。

しかし、戦闘が終わるや否や、シーレスはベッドの上だけでは物足りないと言わんばかりに、フェニスの膝の上で夢中になって彼に甘え、身体を委ねていた。ボディラインを露骨に強調する特注軍服のスカートを短く乱し、フェニスの好みに染まった真っ赤な唇を吐息で濡らしながら、上官の肉体に擦り寄る。

フェニスは彼女の濡れた黒髪を優しく撫で回しながら、その耳元で本性を囁く。

 

「私の軍での地位を、そろそろ上げてくれませんかね、王女殿下?」

 

その言葉を受けながら、ご奉仕の快感に理性を溶かされたシーレスは、ただぼんやりと彼の要求を受け入れることしか考えられなくなっていた。

艦内ですれ違うシーレスの身体からは、毎晩フェニスに抱かれていることを証明するような、生々しく成熟した大人の雌の気配が色濃く漂っている。ユルグとサイルはそれを察するたびに、激しい疎外感と無力感に胸を締め付けられていた。

 

「ユルグさん、どうかされましたか?」

「ああ、セリム王女ですか」

「ここではセリムでいいですよ」

 

一人落ち込むユルグの側に、セリムがそっと寄り添った。

「何かさ、僕とサイルにとって大切な幼馴染みで親友のシーレスが何だか遠くへ行ってしまったようで」

 

「・・・・大切な人が遠くへですか、その気持ち私にもありますよ」

「え?」

 

セリムは自分の家族のことを語り始める。

 

「私とユイシスは三人きょうだいなんです。そして、私達の間にはチャームという姉がいるのです。彼女には私達のような神力はありませんが、とても優しくて、とても不器用で、誰よりも家族思いの強い女性なのです。王国の役に立ちたいからと、私達が止めるのも聞かずに軍隊に入隊されて……」

 

そのチャームは今、旗艦イグジスのモニター越しに、マクドールからの不遜な報告を受けて激怒していた。

 

「……というわけでございます、特佐」

「貴様! それを本気で言っているのか!? 何だこの損害は!」

 

画面の向こうで、マクドールは下卑た笑みを浮かべる。

 

「いやいや、特佐。いえ、王女殿下には、こんな血生臭い戦場よりも、王宮でのきらびやかな暮らしがお似合いなのでは? ああ、そうでしたな。王家に生まれたのに神力がなく、神事に就けなかったから、自ら軍人になられたのでしたな」

「何だと……?」

「貴女のような『生娘』には、わしら叩き上げの軍人の気持ちなど、到底お分かりいただけないようで」

「貴様!! この私を愚弄する気か!」

「いえいえ、カリス軍の軍人は王家の忠実な部下。指示には従っているじゃありませんか。では……」

 

一方的に通信が切られ、画面が暗転する。

 

「おのれ……マクドール……っ!!」

「チャーム様、奴に完全に甘く見られているようですね」

 

トリスが静かに声をかけた。

 

「あいつめ、この私のことを『生娘』だと愚弄しおった……!」

「・・・・・」

「 そんなこと、軍人にとっては大したことではないのか?」

「いいえ、そうではありません。」

「何だと?」

「……チャーム様、我が軍の入隊規約をご存じですか?」

「それは……」

「男女共に、異性との肉体経験があること。それは精神面においても肉体面においても、戦場を生き抜くための必須項目です。それをクリアしている彼らから見れば、チャーム特佐はまだ、男と女の何たるかも知らぬ『子供』ということです」

「トリス、貴様!」

「いえ、もっと自分を認められたいのでしょう? それなら、男と女がどういうものなのか、彼らが何を求めているのかを、身をもって把握していなければ、軍を掌握することなど不可能です」

「この私に、どうしろというのだ?」

「簡単なことです。チャーム様が男を知って、本物の女になることです」

「な……っ……」

「他に方法はないでしょう? 最も、この私は生娘を捨て、そのあとは女すら捨てましたがね」

 

チャームは言葉を失い、自らのプライドと、突きつけられた不条理な宿命の狭間で激しく震えた。


そして、戦火が限界まで激化する中。

惑星ハルスがかつて存在した位置の衛星軌道上、資源惑星の近くのポイント0148。マクドール配下のカリス軍による包囲網は苛烈を極めた。サイアスの装甲が悲鳴をあげるなか、極限状態のシーレスの叫びと共に、ついにシステムが未知の広域破壊兵器を解放した。


「コズモ・クラッシュ―――!!!!」


凄絶な閃光が資源惑星の宙域を包み込み、敵の主力部隊を一瞬にして消滅させた。

しかし、その反動による肉体の疲弊と激しい発熱は、シーレスの理性を完全に焼き尽くした。降りたばかりの彼女の脳裏を満たすのは、ただ一つ。フェニスの逞しい肉体への渇望だった。

もう一度フェニスにベッド上で昇進するように言われて、シーレスは熱に浮かされたまま頬を染めた。


「はい・・・」


快諾して、寄り添うように身を寄せかける。フェニスは満面の笑みを浮かべた。

正式に全乗組員を集めた緊急式典があると聞いて、艦内は早くからざわついていた。

その前刻、高級士官の寝室にて、フェニスはあのタイトなマイクロミニスカートの軍服をベースに、豪奢な王家の紋章の刺繍と、純白のマントを組み合わせた特別礼装をシーレスに与えていた。王女としての絶対的な権威を周囲に見せつけながらも、過激な露出と肉体美の強調は一切妥協されていない。フェニスの施したバーガンディのアイシャドウと、真紅のリップが、その歪な気品をさらに淫らに引き立てている。


「私の言う通りに昇進を告げるのです。いいですね、シーレス?」

「はい・・・」


快諾して、頬を染めながらフェニスの胸に寄り添うように身を寄せかける。フェニスは満面の笑みを浮かべた。

戦艦アイアースの式典会場。全乗組員が集まる前で、壇上に立ったシーレスは、熱に浮かされた虚ろな黄金の瞳のまま、フェニスに言われるがままの言葉を口にした。フェニスの色に染め上げられた真っ赤な唇が妖しく動き、過激なマイクロミニの裾から伸びる白腿が、王家のマントの陰で眩しく光を反射している。


「以上をもって、王女シーレス・サラーセントの名において、フェニス・アクウェル中尉を少佐に、ロイド少尉を大尉に昇進を任命するものとする」


その異様な電撃昇進の発表に、式典会場の全員が言葉を失い、騒然となった。

それは、純粋だった王女が、一人の男の甘い毒によって完全にハックされたことを告げる、終わりの始まりだった。


(第09話「コズモクラッシュ」おわり / 第10話へ続く)

次回予告


第10話「カリス王暗殺」

 

カリス王の生誕パーティーの華やかな喧騒を引き裂く、冷酷な裏切りの銃声。

お飾りの王を排除し、カリスの全権を掌握せよと、暗闇の中で笑うコーウェン将軍。

一方、父の暗殺という最悪の知らせを受けたチャーム王女の前に、銀髪の死神トリスが再び妖しく微笑む。

カリス王「き、貴様……コーウェン将軍……っ!」

コーウェン将軍「もうこの国に、お飾りの国王はいらないのですよ」

チャーム「何? 父上が暗殺されただと……っ!?」

トリス「チャーム様。――軍人として、本物の女になる覚隔はできましたか?」

 

次回、第10話「カリス王暗殺」。

血塗られた玉座の影で、王女の覚悟が、さらなる狂気を呼び覚ます。

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