第08話「抗えぬ宿命(さだめ)」
「さすがに準備不足過ぎたわ! データ収集班へは今後の課題とする」
「トリス特尉!」
「やむを得ない。今回の任務はここまでだ」
トリスの冷徹な赤い瞳が、モニター越しにサイアスと、それに乗っているシーレスを真っ直ぐに睨みつけた。
「おい、女。お前の名前は?」
「……シーレス」
「シーレスか、覚えておいてやろう。私の名はトリス。次に会った戦場がお前の墓場だ」
トリスはそう言い放つと、満身創痍の部下二機を引き連れて、大気圏の闇の中へと静かに退却していった。
もちろん、今のシーレスたちには、彼女たちを追撃するような余力など残されていなかった。
「……あたしたちは、生き残れたの……?」
極限の疲弊の中で呟くシーレスの耳に、ブリッジからの通信回線を通じて、あの男の声が滑り込んできた。
『シーレス、よくやった。戻ってくるがいい。――あとで、またたっぷりと可愛がってやる』
その、フェニスからの甘く湿った支配の言葉を聞いた瞬間。シーレスの身体の最も深い最奥が、ドクンと熱く疼き出し、甘い痺れが全身の神経へと流れ出した。あの時にベッドの上で知ってしまった屈辱的な快感と、サイアスによって精神を侵食された彼女の肉体が、完全にフェニスという男への「快楽の同調」を完了させていた。
「あっ……うそ……はぁっ……」
頭では嫌がっていても、女としての自分の身体が、フェニスのあの熱のこもった逞しい圧を、激しく求めてしまっているのが自分でも分かってしまう。
敵の言葉が頭から離れない。冷え切った自室の暗がりで、シーレスは無意識に手をお臍の下(下腹部)へと強く押し当て、熱を帯びていく身体の疼きに絶望の涙を流す。
「こっ……こんな身体にされるなんて……っ……」
底知れぬ不条理と混沌の檻の中で、肉体の降伏が、少女をさらに深い奈落へと引きずり込んでいく――。
トリスたちの準備不足ということもあり、何とか、トリスを退けることに成功したシーレスたちであった。
「トリス特尉!」
「くっ、ぬかったわ」
「お怪我は?!」
「ああ、大丈夫だ。それより」
トリスは急ぎレガシアのデータをチェックする。
「ちっ……。早急に、レガシアのバイオメンテナンスが必要だ……」
『トリスよ、話がある。至急、こちらまで帰艦するように』
「・・・・・・・・はっ」
トリスは傷ついた部下を引き連れて、カリス軍前線旗艦『イグジス』へと向かうのであった。
一方、その頃。
「・・・・・・。」
トリスたちが退却していくのを、ただじっと見ているシーレス。
「何とか生き残れたわ・・・・」
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「・・・・・・・」
ピキィィィィン。
その時、シーレスの身体の奥から全身の神経へと、痺れるような感覚が広がった。
「がはっ……!」
自分の身体中を襲う異様な熱覚の前に、シーレスは自分の身体を強く抱きしめて、たまらず声をあげる。
「うっ……あ、熱い……っ! か、身体が……っ!」
シーレスは自分の身体を抱きしめながら、サイアスの奥深くで明滅するシステムを忌々しく睨みつけた。
「・・・・・・。」
ふと、数刻前の高級士官の寝室での、フェニスとの熱い抱擁のことを思い出してしまう。始めは激しく抗っていたハズなのに、初めて訪れる狂おしい感覚におぼれて行き、途中から抵抗どころか自分から積極的に彼を求めてしまった事実。それを思い出すたびに、激しい自戒の念を思い起こすとともに、身体中が火照り、内側から激しく疼き出す。
「はっ……はやく戻らなければ……み、みんなの……い、いや……あの人の所へ・・・・」
もはやシーレスの脳を支配しているのは、純粋にみんなを救いたかったという高貴な気持ちだけではなくなっていた。
一方、ロイド少尉の計らいで、ユイシスとセリムと共に医療室へと移動しているユルグとサイルを含めた四名たち。
「うう・・・・。」
「お兄さまっ!」
「あっ、気が付いたみたいよ!」
「よかった~、これで一安心だな」
「わたしは・・・・わたしたちは助かったのか?」
「ええ・・・・。」
セリムはようやく意識を取り戻した最愛の兄を見て、その大きな瞳からボロボロと大粒の涙をこぼす。
「もう大丈夫です。この艦で出来ることはすべてやりましたし、あとは貴方の意識が回復するのを待つだけだったんです」
「お二人とも本当にありがとう。おかげで兄が意識を取り戻しました」
「いや、ホントに冷や冷やしたよ」
「ユルグも手伝ってくれてありがとう」
「私からも礼を言わせてもらう。お二人には大変お世話になったようだ。ほんとうにありがとう」
「いやいや、そんな……っ」
「お兄さんの意識が戻って、妹さんの傷の手当ても済んだから本当に良かった。ただそれだけです。あたしは看護師見習いなので、こういうことに生き甲斐があるんです」
ユイシスとセリムは、謙遜する二人を見て恭しく頭を下げた。
「・・・・それで、いったい、何があったのだ?」
「それが・・・」
「何となくは覚えているんだ。あれは・・・、あの揺れはここが何者かに攻撃された、そうだろう?」
「・・・・・はい。カリス軍がこの艦を襲撃したそうですが、先ほど私たちをこの艦へ招き入れて下さったシーレス様が、何と敵を追い払ってくださったそうです」
「そうそう! 僕たちの幼馴染みのシーレスが、サイアスっていう起動兵器?っていうのに乗って、敵を追い返してくれたみたいです」
「ホントに、あの子にこんなことが出来るなんてね」
「(・・・・サイアス?)」
「(サイアスって、あのおとぎ話にも出てくる、あの……?)」
「なんかさっき出撃前に見かけたときは、明らかに様子がおかしかったけれど、アレは緊張とかだったんだな」
「そうよ、きっとそう。だって、いくら何でもこんな時に何かされていた、なんてことはないでしょうし・・・(私はそう思いたい!)」
「(・・・・カリス軍が・・・・、そうか・・・・)」
「はい・・・・」
「(チャーム・・・・)」
ユイシスは遠く離れたところにいるであろう、もう一人の妹のことに思いを馳せていた。
カリス軍前線旗艦『イグジス』ブリッジにて。
「チャーム特佐!ただいま帰艦いたしました!」
「トリス特尉、あなたともあろうものが任務に失敗したようだな?」
「・・・・。」
「なにかいうことはあるか?」
「今回のことは、明らかにわが軍の準備不足にあると思います」
「何? それではその根拠を言ってみろ!」
トリスは今回の出来事を、冷静かつ沈着に、そして感情の起伏がないまま淡々と順を追ってチャームへ説明した。
チャームはそのことを目を瞑りながら聞いていて、時折うんうんと頷いていた。王族出身である彼女は他者から傲慢だと誤解されがちだが、父カリス王の教えもあり、こうして人の話にまずしっかりと耳を傾ける聡明さを持っていた。
「したがって、今回のことは明らかにこちらのデータ収集班の情報収集不足にもあるかと」
「・・・・ご苦労」
「はっ!」
そのころ特殊戦艦『アイアース』では、艦長代理のフェニス中尉を始め、シーレスの歓迎ムード一色であった。
カタパルトにはサイアスが帰艦している。
プシュウ。
サイアスのパイロット席のハッチがようやく開いた。
サイルたちがシーレスのことを抱きしめようと駆け寄ろうとすると、サイアスから、生々しいバイオスーツに身を包んだシーレスが姿を現した。
「ううう・・・・」
そのバイオスーツに包まれたシーレスから放たれる気配は、もはや穢れを知らぬ純粋な少女のそれではなかった。どう見ても、大人の男の手によって手ほどきを受け、熟させられた女のそれであった。先ほど出撃してからそれほど時間は経っていないというのに、彼女の輪郭は明らかに艶やかな大人の身体へと成長を遂げている。
初めての異性との交わりと、初めての戦闘。あまりにも過酷な初めて尽くしの連続だったということもあり、特殊戦艦『アイアース』に帰艦した頃、シーレスの意識はもうろうとしていた。
「シーレス・・・・」
サイルが息を呑む中、シーレスは肉体の疲弊のためか、よろよろとしながら何かを貪るように求めている。その視線の先に、こちらを見ながらニヤニヤと傲慢に笑っているフェニスの姿を見つけた。
「あ、あああ・・・・」
「ふふふ。シーレス、どうしました?」
「フェニス・・・」
「おやおやおや、これはいけませんねえ。私が奥の休憩室まで送って差し上げましょう」
「フェニス中尉、よろしいのですか?」
「そうです。ここはあたしたちが」
「いやいや、ここは彼女のことを誰よりもよ~く知っている私がいたわって差し上げますよ」
「ですが!」
「それよりも、ようやく臨戦態勢が解けたんだ。しばらくは大丈夫だから、いまのうちに食事やケガの治療をすまして、交代で休憩に入るように」
「はっ!」
「それでは、奥までお送りしましょう、シーレス」
「あ・・・・」
シーレスは苦悶の表情を浮かべながらも、本心のどこかで、これからこの男にされるであろう徹底的な支配に、激しく期待していた。
フェニスはシーレスの細い身体を抱えながら、数刻前に彼女を蹂躙した、自身の寝室へと戻って来た。
「ううう・・・・フェニス」
「シーレス、初めての後にまた初めての戦闘でしたが、まあ、よくやりましたよ」
「・・・・はい」
「それよりも、そのバイオスーツは窮屈そうですな。早く脱ぎ捨てるのがよろしい」
「・・・・はい、わかりました」
シーレスはフェニスから離れると、全く躊躇することなく、彼の眼の前でバイオスーツを脱ぎ捨てた。
「シーレス、綺麗ですよ。あのサイアスとシステムのおかげで、あっという間に大人な女の身体になってきているようだ」
「ああ・・・・」
「どうしました? 私に身体を見られるのが、まだ恥ずかしいですか?」
「・・・・いえ」
「それでは、うれしいのですか?」
「・・・・・ええ」
「ほうほう、随分と従順になったものだ。つい先ほどまでは生娘だったというのに」
シーレスはもう我慢できなくなったのか、何も身にまとっていない姿のまま、沸き上がる愛欲を求めるようにフェニスに烈しく抱き着いた。
「おやおやおや。一国の王女ともあろうお方が、このようないち軍人である私のようなものに欲情していいのですか? (くっくっくっ、どうやらあれとサイアスのバイオシステムの相乗効果は想像以上のようだ。これでこの王女は、もう完全に俺のモノだな)」
「フェニス!」
「ん~~~、どうしました~~~?」
「・・・・・・」
「ちゃんとご自分の口から言っていただけないと分かりませんよ。あなたは王女、わたしはいち軍人。立場上、勘違いがあっては困りますからね~」
「フェニス・・・・」
「ん~~~?」
「フェニス、あなたが!」
「・・・・・」
「あなたがたまらなく欲しい! あの時のように、私を強く抱いてください!」
「はっ、はっ、はっ! よく言えました。それではお望み通りというか、お約束したとおり、あちらで明日の朝までたっぷりと可愛がって差し上げます」
「フェニス・・・」
シーレスは頬を真っ赤に染めている。
「今夜は寝かせませんぞ」
「ええ、私をかわいがって、わたしを愛して……。私を朝まで寝かせないで!」
フェニスはそのままシーレスを、先ほど愛し合ったベッドへと運び、彼女の肢体に覆いかぶさった。
「ああ・・・・」
シーレスの顔には、システムを介してようやく欲求が満たされたという、歓喜の表情が満ち溢れていた。
「だから言っただろう、シーレス。お前の心はどれだけ望まずとも、その身体は、もう男を欲するように作り変えられているのだと」
シーレスはまだ不慣れということもあり、サイアスのバイオシステムから降りたばかりの、自分の本能からの強烈な欲求を抑えきれていない。
シーレスは衣服を全て脱ぎ捨てたまま、歓喜の表情を浮かべながらフェニスにすがりつく。
シーレスの表情には、やがて訪れる快感という名の不条理な喜びの前に、心からの笑顔が浮かんでいた。
もう彼女は、フェニスという男がもたらす肉体の快楽と、サイアスのバイオシステムという、もう二度と引き返せそうもない闇の奈落へ、完全に堕ちつつあったのだ。
(第08話「抗えぬ宿命」おわり / 第09話へ続く)
次回予告
第09話「コズモクラッシュ」
まだ、同胞がいるかもしれない。そんな微かな期待にすがるようにポイント0148――かつて惑星ハルスが存在した位置から、その衛星軌道上に近いポイントを目指して特殊戦艦『アイアース』は発進する。
一方、チャーム率いるカリス軍前線旗艦『イグジス』は、緊急の指令が入ったことにより、これへの追撃に対応できなかった。
「ふっ、まあいい。あやつに奴らの始末をさせる。星界の始末屋を呼べ!」
「・・・・・・・」
『以上をもって、王女シーレス・サラーセントの名においてフェニス・アクウェル中尉を少佐に、ロイド少尉を大尉に昇進を任命するものとする』
バイオシステムの影響でサイアスから降りたばかりのシーレスは、ただただフェニスの思い通りに彼を求めるようになる。
「こっ、こんなことになるなんて…」
だんだんと正気を取り戻しつつあったものの、自分の女の本心の欲求を抑えられなくなり、サイアスに乗る前からもフェニスを激しく求めるようになり、平然と人目もはばからず彼と同じ部屋で生活するようになりつつある――。
次回、第09話「コズモクラッシュ」。
底知れぬ不条理と混沌の檻の中で、少女の降伏が、さらなる激動の渦へとすべてを引きずり込んでいく。




