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第07話「バイオコントロール」

挿絵(By みてみん) 


「こっ……これは……っ……」


目の前に突きつけられた、自らの祖国が先に行った血塗られた不条理。


シーレスはその映像が持つ残酷な現実に息を呑み、下腹部の痛みを忘れるほどの激しい衝撃のなかで、ただただ言葉を失って震えるしかなかった。


その頃、サレス星のはるか上空に、カリス軍前線旗艦『イグジス』が音もなく到達していた。


この巨大な宇宙戦艦の艦長を務めるチャーム特佐は、カリス王家の第一王女であり、巡礼中に行方不明となったユイシス王子の妹、 shadow(影)でアークレイに抱かれる未亡人アレサとも因縁を持つ、セリム王女の義姉に当たる高貴な軍人であった。


「トリスからの連絡は?」


「はっ、それがまだ……」


司令席で腕を組むチャームの美しい眉が、焦燥に跳ね上がる。


「早くしろ! 兄上と我が妹セリムの安否を、一刻も早く確認するんだ!」


「ははっ!」


一方、戦場に佇むシーレスは、サイアスのモニターに映し出された光景がとても信じられなかった。


そこに記録されていたのは、セレス軍の兵士と思われる者たちが、カリスの一般市民を老若男女関係なく片っ端から蹂躙している凄惨な虐殺の現場だった。逃げ惑う無抵抗の群衆を追い詰め、殺された親兄弟の前で泣きわめく子供を容赦なく射殺するセレス軍。特に若い女は容赦なく凌辱されてから殺されているという、目を覆いたくなるような地獄絵図がそこにあった。


「そっ、そんな……っ……」


「わかったか! 先に仕掛けたのは貴様たちセレスのほうなのだ!」


トリスの冷徹な怒号が突き刺さる。


「ああ……うそ……」


「私は、お前たちセレスの者どもを絶対に許さない!」


「!!!」


「この私が一人残らず、根減やしてくれるわ!」


トリスの両目が血のように赤く光った。


「死ねっ! セレスの亡霊ども!」


「!」


レガシアの放った突然の体当たりの前に、サイアスの巨体が大きく吹き飛ばされ、大地を転がった。


「ニードル・クロー―――!!!」


レガシアの両手首の付け根に備えられた、尖った牙のような特殊兵装が限界まで伸び、次々とサイアスへと向かって容赦なく牙を剥く。


「ぐはっ!!!」


絶え間ない衝撃。サイアスは物見事にトドメを刺される寸前のように、ボロボロになって大地へと倒れ伏した。


「ふっ」


「げふっ……」


シーレスはサイアスのコクピット内で激しく身体を打ち付けられ、口から苦い血の味を吐き出す。


「フン、他愛もない」


「ぐうううう……っ」


「さらばだ、女よ。これでトドメだ!」


――カチリ、とその時。


一向に報告の来ない戦況に業を煮やしたチャームから、トリスへ向けて直接の脳内連絡が割り込んできた。チャームは高度な精神能力者であり、その指向性通信はシステムを介さないため、サイアスのシーレスには聞こえない。


チャームは艦長席でそっと目を閉じ、戦場のトリスへ念波を送る。


『トリス……トリス……聞こえるか? トリス』


「……! チャーム特佐!」


『兄上と我が妹セリムの行方は分かったか?』


「いえ、それがまだ……」


『早くしろ。セリスの首都セイレスをお忍びで巡礼中に、我が軍のイレギュラーな攻撃によってバイオセンサーの通信が途絶えた。おそらく今の状態では、頼みの二人の神官魔法も使えまい。ケガを召されていては一大事だ。早く救出して差し上げろ』


「しかし、今は目の前の敵機を――」


『いいから指示に従え! 最優先だ!』


チャームは冷酷に、手元にある特異なスイッチを押し込んだ。


トリスの肉体を物理的に縛る、例の胎内遠隔操作によるバイオコントロールが容赦なく発動する。


「ぐああああああああっ……!!」


脳髄と下腹部を直接ハックされる強烈な刺激に、トリスはコクピットの中で激しくのけぞり、息を詰まらせた。


『わかったな?』


「はっ……はい……。(これだから、王族上がりの軍人は……。)」


トリスは、はるか上空にある母艦イグジスの座層を見上げながら、忌々しげに奥歯を噛み締めた。


戦時下、しかも戦闘任務中だというのに、公私を混同していると見える……。


とその時、首都セイレスの制圧に行っていたカリス軍の量産型機動兵器『カーコス』二体が、土煙を上げてトリスの元へと到着した。


『トリス特尉、遅くなりました!』


バイオコントロールの解除と共に、トリスの目から赤い光が静かに消えて行く。


「おお、お前たちか。わたしはこれより、この地下に潜伏している所属不明の敵艦を破壊しに行く。お前たちは、そこに転がっている死にぞこないを始末しろ。いいな?」


『はっ!』


「さてと……」


トリスはその場を部下二人に任せると、特殊戦艦『アイアース』が潜伏していると思われる座標へと機体を進めていった。


「さっ……させるわけには……」


『おい、こいつまだ動いているぞ』


『ああ、これは確か、なんでもセレス王家の起動兵器のレプリカらしいな』


『放っておくと自然回復するらしいから、さっさとトドメを刺しておくに限るな』


『ああ、やるか』


「……せない……」


『? こいつ、まだ動くのか?』


「――わけにはいかない!!」


シーレスの両目が、突如として黄金色に激しく輝いた。今にも殺されそうだった彼女の身体の中から、システムを強引にハックする信じられないほどの未知の力があふれ出した。


『な……』


サイアスの片手から放たれた目眩めく光の弾が、敵の機動兵器カーコスの一体の頭部を正確に撃ち抜き、内部のエレクトロニクスを一瞬で吹き飛ばした。


『ぐわっ!?』


『コイツ、まだこれほどの出力を……動くのか!』


その頃、地下に潜伏する特殊戦艦『アイアース』のブリッジ内。


「エンジン上昇! 発進まであと少し!」


「よし、何とか間に合いそうだな」


プシューッ、と自動ハッチが開く。


「うむ、皆、ご苦労であった」


ちょうどその時、先ほどのシーレスとの抱擁の余韻から覚めたフェニス中尉が、乱れた軍服を整えてようやくブリッジに現れた。


その首筋には、先ほどベッドの上でシーレスから付けられたであろう、キスマークらしき生々しい痣が何個も残されていた。フェニスはそれを自らの戦果として見せびらかすかのように、隠そうともせずに顎を引く。ブリッジのオペレーターたちは、それがどれほど熱いひと時であったかを容易に想像し、息を呑んだ。あの純粋可憐だった元首の妹を、フェニスの圧倒的な男の圧によって、熱のこもった雌の身体へと仕立て上げたのだ。


「・・・・・・・」


「どうした?」


「い、いえ! なんでもありません!」


「ふん、まあいい」


フェニスは傲慢に艦長席に腰掛けると、カタパルトに待機するロイド少尉へと通信を入れた。


「ロイド少尉、本艦はこれよりこの場から緊急上昇する。地上に浮上したら直ちに、敵レガシアタイプへ一斉射撃を敢行せよ。そして敵が一瞬止まった隙を狙って主砲を叩き込め。良いな?」


『はっ! 了解いたしました!』


「さて……」


「フェニス中尉! エンジン臨界点まであと上昇率85!」


「90!」


「95!」


「100!」


「エンジンフルチャージ完了!」


「いけます!」


「よし! 特殊戦艦『アイアース』、緊急浮上せよ!」


「はっ!」


『艦内にいる全乗組員へ緊急通達! 本艦はこれより緊急浮上する! 对ショック注意!』


『繰り返す! 艦内にいる全乗組員へ緊急通達! 本艦はこれより緊急浮上する! 対ショック注意!』


艦内に、けたたましい一斉アラームが鳴り響いた。


その頃居住区では、ユルグとサイルがまだ環境の激しい変化に戸惑っている真っ最中であった。


そんな時に、この緊急警報である。


避難スペースの都合上、男女関係なく一つの狭い部屋に押し込まれているが、今は思春期の恥じらいなどと言っているどころではなかった。


「うう……この船が動くのか?」


「……そのようですね」


衝立の向こうで、大怪我を負ったユイシスが苦しげに喘ぎ、セリムが必死にその身体を支えていた。


「セリムよ、気をつけるのだ……っ、ぐふっ……がはっ……」


「おっ、お兄様! 嫌、しっかりなさってください!」


「ゴホッ、ガハッ、ゲホッ……!」


「くっ……ここでは私たちの神官魔法は使えない……! 誰か! 誰か来てください! お医者様を! お兄様が……っ!」


隔壁を隔てたすぐ隣で、二人はその悲痛な叫びを聞いていた。


「シーレス、大丈夫かなあ……」


「うん。あたしたちには特別に教えてくれていたけれど、シーレスはこの星の王女様だからね。大丈夫だと思いたいけれど……」


「放置しておくと、あの二人死んじゃうわよ!」


「でも、さっき廊下でばったり会ったとき、なんかいつもと雰囲気が違っていたよな」


「うん。何だかひさしぶりというか、初めて会ったような感じだった。なんとなく……大人への階段を一気に登っちゃったみたいな感じに……(って、まさかね……)」


サイルは頭を振り、不穏な想像を打ち消す。


「ところで、シーレスのことも心配だけれど、さっきまで一緒にいた大けがをしているあの兄妹のことも心配だよな?」


「ええ……。今日知り合ったばかりとはいえ、ここまでいろいろなことが結構あったからね。すごく心配」


「ビルからここまで命からがら逃げてきた、あの二人……俺たちと部屋を分けられちゃったからなあ」


「そうよね……って、何か声が聞こえない?」


「……うん、本当だ。女の子の声だ……って、さっきの兄妹の、妹のほうじゃないか!?」


「ほんとだ、なんか助けを呼んでいるよ!」


「あの二人、大怪我をしていたじゃんか! きっと症状が悪化したんだよ!」


「きっとそうよ、……って、こんな発進段階だから怪我人には手を回せないっていうの!? せっかくここまで来られたのに、放っておいたらあの二人死んじゃうわよ!」


「ほんとだ、何とかしてあげないと!」


サイルは壁の通話スイッチを烈しく押したが、発進パニックの混線のためか全く反応がない。たまらず彼女は、部屋のハッチをドンドンと強く叩いた。


「すみませ~~~ん!!! さっきのケガをしている女の子が叫んでいます!!! だれか行ってやってください!」


「お願いします!」


「お願いよ! あの傷のまま放っておいたら、あの二人死んじゃうわよ!」


ちょうどその時、避難通路を走っていたロイド少尉がその必死の叫び声に気付き、ハッチのロックを解除して勢いよくドアを押し開けてきた。


コンコンコン、プシュー。


「失礼する、わたしはこの艦の乗組員、ロイド少尉だ。シーレス様のご学友の方たちだな」


「大変なんです!」


「早く誰か行ってあげないと!」


「どうした!」


「ロイドさん、さっきのケガをした兄妹の妹さんのほうが助けを求めています! はやく行ってあげないと!」


「何!? 言われてみればそんな声も聞こえるようだが……キミはかなり耳が良いようだな。よく気付いたな!」


ロイドは、パニックの重低音が響く艦内で隣室の声を正確に聞き取ったユルグの素質に目を見張った。


「それよりもあの二人を!」


「お願いします!」


「うっ、うむ。そうだな(冷静な判断で、状況の優先順位も判別できるようだ……)」


ロイドはふーッと重い息を吐くと、申し訳なさそうに眉をひそめてこう伝えた。


「申し訳ない。だが先ほどの敵襲で、カタパルトのほうでも怪我人が沢山出てな、ドクターはそちらに付きっ切りの状態なのだ」


「し、そんな……」


「何とかならないんですか?」


「ううむ、この艦にいる医療スタッフはみんな手がふさがっていてな。目の前の怪我人たちを放っていくわけにもいかないんだよ」


「そうだ! サイル、お前、看護資格を目指していてハイスクールでも実技指導を受けているところじゃないか!」


「あっ、そういえば……! でも、ハイスクールが破壊されちゃったから、この前受けてたぶんの、看護師試験の合格通知はまだもらっていないからねえ」


「何!? 君にはそんな能力があったのか?」


「は、はい。まだ免許をもらう前の、実習生の段階ですけれど」


「いや、大した特性だよ! この戦時下に、そんな書類の手続きなど構わない!」


「そ、そうでしょうか?」


「そうだとも。少なくとも私やそこの少年よりは、こういう時にどうすればいいという実技がわかるだろう?」


「ええ、それはまあ、そうでしょうけれど……」


「そのキミのスキルを見込んでお願いがある。わたしが責任を持つから、あの兄妹の看病と手当てを二人でしてあげて欲しい。そうすればあの二人は助かるだろうし、キミたちもただ待つだけの不安から解放される」


「うん、サイル、やろうよ!」


「――うん、わかったわ!」


「うむ、感謝するぞ!」


その頃地上では、トリスが特殊戦艦『アイアース』の潜伏するあたりに単発的な臨機攻撃を加えていたが、いまひとつ手応えが得られずにいた。


「ちっ、いったいどこに隠れているというのだ?」


ゴゴゴゴゴゴゴ――!!


突如として地殻が裂け、大地を割りながら、特殊戦艦『アイアース』が浮上を開始してその巨大な全容をあらわそうとしていた。


「うん?」


目の前に現れた鋼鉄の巨体を、トリスは肉眼で捕捉した。


「ようやく出てきたか。過去の死にぞこないの親玉が」


トリスの瞳が、再び血のような赤色に染まる。


「一気にトドメを刺してやる!」


レガシアの機体全体から、激しい不穏な赤いオーラのようなエネルギー波が立ち込められてきた。


「はあああああ!!!!」


レガシアが構えたバイオランチャーから放たれる最大出力の閃光が、アイアースの艦橋を捉えようとした、その瞬間――。


「いまだ! すべての砲門は目標レガシアへ一斉発射!」


『はっ! 全砲門、レガシアへ一斉発射!!』


浮上した特殊戦艦『アイアース』の全砲門が一斉にレガシアへと向けられ、無数の対空弾幕と対艦レーザーが空間を埋め尽くした。さすがのトリスも、その圧倒的な対空火網を前に一瞬だけ回避行動の躊躇を見せる。その、わずか一瞬の隙をフェニスは見逃さなかった。


「いまだ! 主砲、アイアースキャノンを目標レガシアへ発射!!!」


ヴヴヴヴヴヴヴッヴヴヴォォォォォォォオォォ!!!


空間を焼き尽くす圧倒的なエネルギーの奔流が主砲から解き放たれ、レガシアへ直撃する直前――。


「くっ、まずい! イプシロンインパクト!!!!」


トリスはレガシアのバイオコントロールを限界まで駆動させ、イプシロンインパクトを展開。一時的に機体の周囲に絶対の防御壁を張ることで何とか直撃の爆散を免れた。しかし、それはレガシアのエネルギーを劇的に消耗させる最大出力の緊急障壁だった。これ以上の戦闘継続は不可能であり、緊急補給のために一度帰艦する必要が生じてしまう。


『トリス特尉!』


『申し訳ございません!』


頭部を完全に大破させられたカーコスを、もう一機のカーコスが必死に抱えながら、トリスの元へと合流してきた。


「くっ、今回はここまでか……」


トリスの赤い瞳が、悔しげに特殊戦艦『アイアース』を睨みつける。


そこへ、傷つきながらもカーコス二機を執念で追ってきたシーレスのサイアスが、土煙を上げて立ち塞がった。その背後からは、緊急浮上を果たした特殊戦艦『アイアース』が、悠然とその巨大な艦体を割り込ませてくる。


「さすがに準備不足過ぎたわ! データ収集班へは今後の課題とする」


『トリス特尉!』


「やむを得ない。今回の任務はここまでだ」


トリスの冷徹な赤い瞳が、モニター越しにサイアスと、それに乗っているシーレスを真っ直ぐに睨みつけた。


「おい、女。お前の名前は?」


「……シーレス」


「シーレスか、覚えておいてやろう。私の名はトリス。次に会った戦場がお前の墓場だ」


トリスはそう言い放つと、満身創痍の部下二機を引き連れて、大気圏の闇の中へと静かに退却していった。


もちろん、今のシーレスたちには、彼女たちを追撃するような余力など残されていなかった。


「……あたしたちは、生き残れたの……?」


極限の疲弊の中で呟くシーレスの耳に、ブリッジからの通信回線を通じて、あの男の声が滑り込んできた。


『シーレス、よくやった。戻ってくるがいい。――あとで、またたっぷりと可愛がってやる』


その、フェニスからの甘く湿った支配の言葉を聞いた瞬間。シーレスの身体の最も深い最奥が、ドクンと熱く疼き出し、甘い痺れが全身の神経へと流れ出した。あの夜にベッドの上で知ってしまった屈辱的な快感と、サイアスによって精神を侵食された彼女の肉体が、完全にフェニスという男への「快楽の同調」を完了させていた。


「あっ……うそ……はぁっ……」


頭では嫌がっていても、女としての自分の身体が、フェニスのあの熱のこもった逞しい圧を、激しく求めてしまっているのが自分でも分かってしまう。


敵の言葉が頭から離れない。冷え切った自室の暗がりで、シーレスは無意識に手をお臍の下(下腹部)へと強く押し当て、熱を帯びていく身体の疼きに絶望の涙を流す。


「こっ……こんな身体にされるなんて……っ……」


底知れぬ不条理と混沌の檻の中で、肉体の降伏が、少女をさらに深い奈落へと引きずり込んでいく――。


(第07話「バイオコントロール」おわり / 第08話へ続く)

次回予告


第08話「抗えぬ宿命(さだめ)」


激戦のダメージにより、カリス軍へと一度撤退し、機体のバイオメンテナンスを余儀なくされる宿敵トリス。


一方、戦いから生還したものの、自らの部屋で全身を駆け巡る異常な発熱と乾きに襲われ、激しく息を乱してのたうち回るシーレス。そんな彼女の前に、冷酷な軍服に身を包んだフェニス中尉が再び影を落とす。


「ちっ……。早急に、レガシアのバイオメンテナンスが必要だ……」


「うっ……あ、熱い……っ! か、身体が……っ!」


「だから言っただろう、シーレス。お前の心はどれだけ望まずとも、その身体は、もう男を欲するように作り変えられているのだと」


次回、第08話「抗えぬ宿命(さだめ)」。


一度刻まれた快楽の呪縛が、彼女のすべてを完全に支配していく――。

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