第06話「殺人マシーン」
カリス軍機動兵器、タイプ・レガシアの内部。
薄暗いコクピットの奥底で、その少女はただ無言のままシートに身を沈めていた。
『トリスよ。早急に、先ほど探知した所属不明の敵艦を捕捉し破壊せよ。周辺の居住区の壊滅も並行して許可する』
沈黙を引き裂いて、乾いた暗号無線が降ってくる。銀髪を僅かに揺らし、少女――トリスは感情の欠落した紅い瞳を昏く光らせた。
「了解した。これよりまず、潜伏中の敵艦を排除する」
冷徹な復唱と同時に、レガシアの放った第一波の砲撃が、特殊戦艦アイアースの直上へと吸い込まれていく。凄まじい衝撃波が地殻を突き抜け、大気を赤く灼いて連鎖爆発を引き起こした。
フォオオオォォォン――。
特殊戦艦『アイアース』内部には直撃の振動によって衝撃が走り、ユルグやサイルは大慌てとなっていた。
「うわああああっ! な、何だこれ!? どこに逃げればいいんだよ!」
「ちょっと、これ本物の敵襲じゃないの!? シーレスはどこ行ったのよ!?」
居住区の通路で突如迫った死の恐怖に身を縮めて大慌てで右往左往する二人のすぐそばで、ケガをしているセリムは、自分よりも重傷のユイシスを気遣って寄り添いながら、必死の声を上げる。
「お兄様、しっかりなさってくださいませ……っ!」
「ううう……っ……」
だが、その地獄のような爆音を最も近くで聞きながら、高級士官室のベッドに横たわるフェニス中尉は、ただ腕を頭の後ろに組んで仰向けになったまま、鼻歌交じりに天井を見つめていた。さっきまで自分の手のひらの中で泣き、貪り尽くしたシーレスの、あの熟しかけた肢体の余熱。男の口元に、傲慢で余裕に満ちたドス黒い笑みが浮かび上がる。
「フフフ、フフフフ……」
上空の戦火へ、セレス軍の艦載戦闘機「サイホーク」の数機が、死に物狂いでようやく姿を現した。
「ふん、ようやく出てきたか」
トリスは眉ひとつ動かさず、照準モニターを見つめる。
『あれだ! 敵機を捕捉、全弾発射せよ!』
サイホークのパイロットたちが必死の叫びと共に一定の距離から一斉射撃を敢行し、レガシアの巨体を凄まじい爆煙が包み込む。しかし、煙が晴れた戦場に佇む銀色の機体は、装甲に一筋の傷すら負っていなかった。
『な、何だと……!?』
「ふん、なんて貧弱な」
サイホークが第二射の隊形を整えようと散開するが、兵器として完成されたトリスの引き金の方が、圧倒的に早かった。
「ふあはははははっ! ハルスの奴らは皆殺しだ!」
狂気を含んだ声音が回線をハックする。レガシアの至近距離にいたサイホークが、いとも簡単に肉片と鉄クズへと変わっていく。
『ぐあああああ!!』
残された戦闘機が死に物狂いで牙を剥こうとしたその瞬間、トリスの顔つきがクワッと獰猛に変貌し、その両瞳が血のような深紅へと烈しく発光した。
「邪魔をするなあ!!!」
レガシアから放たれた圧倒的な面制圧火力の前に、サイホークはわずかな残骸を残して一瞬で全滅の危機へと追い詰められる。
「ええい、うっとうしい!」
トリスは頭部に取り付けられたバイオコントロール用のヘッドギアを通してシステムを強制接続し、コクピットの最奥にある特異なレバーを限界まで引き絞った。
「イプシロンインパクト!!!」
咆哮と同時に、レガシアの機体全体が目眩めく異質な光を放ち、周囲を飛んでいたサイホークの数機が、その余波の衝撃だけで次々と空中分解を起こして爆散していった。
一方その時、特殊戦艦アイアースの背後ハッチから出撃したシーレスのサイアスは、すでに戦場のすぐ目前まで肉薄していた。
「!」
どんなに猛攻を受けても微動だにしないレガシアの圧倒的な強靭さを前に、シーレスの身体にフェニスから植え付けられたばかりの「最奥の余熱」が烈しく疼き出す。ペンダントの輝きがシンクロ率を狂わせ、彼女の表情もまた、迷いを捨てた戦士のそれへとカッと見開かれた。
「これ以上は、やらせない……!」
「これでトドメだ!」
トリスが残ったサイホーク三機に照準を合わせた、その瞬間――。
「そこまでよ!!」
銀色の生体兵器『サイアス』が、大気を引き裂いてレガシアの脇腹へと猛烈な体当たりを叩きつけた。
「な、何だと!?」
「はああああっ!」
至近距離から繰り出されるサイアスの強烈な一撃を受け、最強を誇っていたレガシアの巨体が、思わず不様に大きくよろめいた。
『サイアス……? 助かったのか……!』
「みんな、下がって!」
『す、すまない……! 後は頼む!』
生き残ったサイホークのパイロットたちは、無線越しに伝わってくるシーレスの異質な気配に戦慄しながらも、即座に全機撤退行動へと移った。
「ちいいいっ!」
「これでも!」
トリスが体勢を立て直す隙を与えず、シーレスは肉体の痛みを戦闘エネルギーに変えるようにして、サイアスを獰猛な追撃へと走らせる。
「セレス軍に、実戦投入できるこんな機動兵器がまだ残っていたとはな……!」
レガシアが完全に機体を制御し、サイアスの正面へと構え直す。
「うん? 何だこの機体は。セレス軍の量産機とは明らかに違う。報告に聞いていた、あの遺跡から発掘されたもののレプリカか何かのようだな……。どうやら、こいつらの秘密兵器というわけか」
ピピピ……と、緊迫したコクピットに、トリスの脳内意識へと直接干渉する軍通信が割り込んできた。
「!」
『……トリス、任務のほうはどうなった?』
「もう少しかかりそうです。いま、不穏な邪魔が入りまして」
『何? お前ともあろう者が、一体どうしたというのだ』
「セレス軍が、例の遺跡から発掘された生体構造のレプリカらしきものを出してきました」
『ほう……興味深いな。その機体のデータが欲しい。トリス、やれるか?』
「……一対一では、少々時間を食います」
『まあいい。ちょうど今、首都セイレスを完全に制圧した部隊の一部をそちらに回してある。奴らと合流すれば、やれるな?』
「了解」
「!」
その不気味な脳内通信の残響が、システムを介してシーレスの脳髄へと直接流れ込んできた。
「首都セイレスが……制圧された……!?」
「! おい、その機体に乗っている女。お前にも今の会話が聞こえたのか?」
「あなた……、あなたがあの機体のパイロットなの!?」
「いいから質問に答えろ!」
「ええ、聞こえたわよ……って、あなたのその声……あなたも、私と同じ『女』じゃないの!」
シーレスの驚愕の叫びに、トリスのコクピットから冷徹な冷笑が漏れた。
「わたしが、女?」
「……?」
「ふははははははは、甘いな女! わたしはすでに女など捨てたわ!」
「なっ……!」
「まあいい……。この領域の会話が脳内に直接聞こえるということは、どうやら、お前も、わたしと同じ【ノイド】のようだな?」
「ノイド……?」
「知らないのか。ふん、まあいい」
「どういうこと……!?」
「お前も、つまらない日常の幻影に惑わされているようだな」
「幻影……?」
その時、先ほど墜落したサイホークから命からがら脱出し、地上を這い回っていた生身のパイロットの姿が、トリスの照準センサーに不意に捕らえられた。
「ふっ、死にぞこないめ」
「!」
「はあっ!」
レガシアの重機関砲から放たれた無慈悲な砲弾が、生身の兵士を容赦なく一瞬で粉砕した。
「あっ……!」
さらにトリスの視線の先、高度を上げて逃亡を図ろうとする、民間人が乗っていると思われる数機の小型避難シャトルがレーダーに映し出される。
「死ねえええ!! 敗北者どもよ!」
トリスは指先一つ、眉一つ動かすことなく、平然とビーム兵器のトリガーを引いた。光条が空間を裂き、逃げ惑う民間のシャトルたちのほとんどが、大気圏内で一瞬にして木片のように爆散していく。
「ひっ……酷い……! すでに戦えない兵士や、一般の民間人にまで、なんてことを……っ!」
「おい、女。何を甘いことを言っている」
「あなたの撃った相手は、もう武器を持たない人たちや民間人じゃないの!?」
「ふん、それがどうした!」
トリスは深く冷たい息を吸い、コクピットの闇から、地獄のような真実を言い放った。
「――これは、戦争だ!」
「!」
「それに……」
「だからって、こんな虐殺が許されるわけがない!」
激昂するシーレスに対し、トリスはスーッと感情を排した息を吐きながら、冷酷にモニターの出力を最大にした。
「何を言っている! これを見ろ! ――お前たちが、先に殺ったんだ!!」
レガシアから送信されたホログラム映像が、サイアスの視界に強制表示される。そこに映し出されていたのは、カリス星の平和な居住区が、セレス軍の機体によって無慈悲に蹂躙され、炎上していく凄惨な虐殺の記録だった。
「こっ……これは……っ……」
目の前に突きつけられた、自らの祖国が先に行った血塗られた不条理。
シーレスはその映像が持つ残酷な現実に息を呑み、下腹部の痛みを忘れるほどの激しい衝撃のなかで、ただただ言葉を失って震えるしかなかった。
(第06話「殺人マシーン」おわり / 第07話へ続く)
次回予告
カリス軍の増援が迫る中、辛うじてトリスを後退させることに成功したシーレス。
硝煙の立ち込める戦場から特殊戦艦『アイアース』へと帰艦した彼女を待っていたのは、勝利の余韻などではなく、フェニスとの密室(手ほどき)によって肉体に一度刻み込まれてしまった、抗うことのできない「男への激しい生理的飢餓」の始まりだった。
「お前、名前は?」
「……シーレス」
「シーレスか、覚えておいてやろう。私の名はトリス。次に会った戦場がお前の墓場だ」
敵の言葉が頭から離れない。冷え切った自室の暗がりで、シーレスは無意識に手をお臍の下(下腹部)へと強く押し当て、熱を帯びていく身体の疼きに絶望の涙を流す。
「こっ……こんな身体にされるなんて……っ……」
次回、第07話「バイオコントロール」
底知れぬ不条理と混沌の檻の中で、肉体の降伏が、少女をさらに深い奈落へと引きずり込んでいく――




