↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第05話「サイアス起動」

挿絵(By みてみん)


「ここ、ね……」


ヴォオン、ヴォオン……と、油圧の作動音とは異なる重低音が、格納庫の鋼鉄の床を伝って足の芯を細かく震わせる。


それに呼応するように、シーレスの首から下げられたペンダント――セレス王家の血を引く者にしか持つことを許されない結晶――が、服の隙間から一際烈しく明滅し始めた。


「間違いない……。ここに、お兄さまと、お義姉ちゃんの……」


特殊戦艦『アイアース』の最深部、カタパルトデッキに到達したシーレスは、深く重い一呼吸を置き、内股の生々しい違和感を堪えるようにして目の前のハッチを開放した。


一歩足を踏み入れた先は、すでに逃げ場のないパニックに呑み込まれていた。


「敵襲! 敵襲だ!」


「おーい、こっちはどうなっている!?」


「おい、一番ハッチを開けろ!」


迎撃に奔走する兵士たちの怒号と、警報の赤色灯が格納庫を地獄の色彩に染めている。その雑踏の中から、泥に塗れたサレス軍(セレス軍)の軍服を着た一人の青年兵がこちらを振り返り、その Amber(琥珀色)の瞳を驚愕に見開いた。ハルス軍の生き残り、ロイド少尉だった。


「うん……? 貴女は……シーレス様!?」


「あっ……あの……」


「いったい、そのお姿は……」


ロイドが絶句するのも無理はなかった。フェニスの寝室から出てきたばかりのシーレスの姿は、髪がボサボサに乱れ、その頬にはまだ情欲の火照りと吐息の余熱が消えずに残り、まとう衣服も酷く着崩れていた。


「アクウェル……アクウェル中尉から、ここへ行くように言われて……」


「中尉から話は聞いております。私は、特殊戦艦『アイアース』専属特攻部隊隊長のロイド少尉です。しかし……」


ロイドは押し黙り、シーレスの立ち姿を痛痛しく見つめた。


(どうやら……【儀式は終わった】ようですね……。あの純粋無垢だったシーレス様が、こんな、男の匂いをまとい、強引に熟させられたようなお姿に……。いや、今は戦時下だ。生き残るためにはこれしかなかった、しかし……!)


「どうしました、ロイド少尉?」


「……いえ。それで、アクウェル中尉はどちらに?」


「もう大丈夫だから、あたしに一人でここに行くようにって……。じ、自分は少々疲れたから、自室で休まれる、と……」


毅然と振る舞おうとするシーレスだったが、先ほどからロイドに送られてくる彼女の立ち居振る舞いや空気感は、もはや無垢な少女のそれではなく、完全に「男を知り尽くした女」の生々しい雌の気配そのものだった。ロイドは複雑な情念を噛み潰すようにして、奥へと右手を差し伸べた。


「……サイアス、ですな。こちらに準備が整っております」


「ありがとう」


ドゴォオオン!!


一瞬の静寂を、船体を直接粉砕せんばかりの強烈な大爆発が遮った。


「敵襲です! とうとうここが特定されました!」


「何っ!? 特殊戦艦『アイアース』の発進まであと何分かかるんだ!?」


「およそ、まだ三十分です!」


「まだそんなにかかるのか! 防壁が持たんぞ!」


「敵の機動兵器、タイプ・レガシアがまっすぐここへ向かってきます!」


オペレーターの絶叫に、ロイドは躊躇なく叫び返した。


「ええいっ! 艦載機サイホーク、全機発進せよ!」


「敵の本格的な機動兵器に、サイホーク(戦闘機)を出すのですか!?」


「そうだ!」


「無茶です! 相手になりません、ただの犬死にだ!」


「他に方法があるのか!? 構わん、一定の距離を保って一斉攻撃を続けろ! わずかでも時間稼ぎにはなるはずだ!」


ロイドの部下たちは互いに顔を見合わせ、引き締まった顔で拳を突き上げた。


「……わかりました! 祖国ハルスのために!」


「祖国ハルスのために!」


次々とサイホークのコックピットへ飛び乗っていく兵士たちの背中を見つめながら、シーレスはポツリと、冷たい言葉を漏らした。


「……みんな、死にに行くのね」


「何をおっしゃいますか! シーレス様、貴女と、この祖国のためです!」


「ロイド少尉……」


「これで少しは、サイアスの起動時間を稼げましょう」


「……時間稼ぎ、ですか……」


「さあ、こちらです!」


(祖国ハルスのために……か……)


振り返る彼らの命の重みを胸に秘め、シーレスはロイドの後に続いた。


カタパルトの最奥の、そのさらに奥。辿り着いたその場所は、およそ近代兵器の格納庫とは思えない、古代文明の遺物とハルス王家の不気味な紋章が壁一面に刻まれた、異質な神殿のような区画だった。


「この特殊戦艦『アイアース』に搭載されていて、現時刻に起動可能な機動兵器には、このサイアスしかありません」


ヴォオン、ヴォオン、ヴォオン、ヴォオン!


シーレスの首に掛けられたペンダントが、その空間のエネルギーに引き寄せられるように、今までにないほど眩く激しい輝きを放ち始める。


「ふうっ……ここに、サイアスが……」


プシュー、と隔離壁のハッチが開き、二人の前にその巨体が姿を現した。


どう見ても異様な風格、剥き出しの神経組織のような装甲を持つ一機の「生体兵器」。シーレスは、その不気味なシルエットをどこかで見た記憶があった。


(……サイアス。また、会ったわね)


「まず、このバイオスーツに着替えてください。そうしなければ、この【生体兵器でもあるサイアス】は、満足なシンクロ能力を発揮しません」


「わかりました」


「では、いまこちらのドレッシングルームへご案内を……って、シーレス様!?」


シュルっ。


ロイドが案内を終えるよりも早く、シーレスはバイオスーツを受け取るなり、その場で身にまとっていた衣服のボタンを外し、一切の躊躇なくすべてを脱ぎ捨てた。


「シーレス様……っ!」


「構わないわ、時間がないもの。――それに、私には、女として失うものなんて、もう何も残っていないから」


衣服を失い、一糸まとわぬ素肌を晒したシーレスの身体には、先ほどフェニスから執拗に施された「手ほどき」の生々しい残痕が、刻印のように赤く残されていた。


その白くなめらかな下腹部から太ももにかけて残る痛痛しい傷痕を見て、ロイドは息を呑み、思わず本能的に目を背けた。


それを見て、ロイドは息を呑み、思わず本能的に目を背けた。


シーレスは羞恥心そのものが完全に麻痺した無表情のまま、身体のラインに完全に密着するバイオスーツを、その熟した肌へと滑り込ませた。


シュルっ、と音を立てて、黒と赤のスーツが彼女の凹凸を完璧に浮き彫りにする。


「よし……」


「シーレス様……」


「行きましょう」


ロイドに促され、シーレスはサイアスのコクピット前へとやって来た。


ヴォオン、ヴォオン、ヴォオン、ヴォオン!


ペンダントの輝きが、破裂せんばかりの出力を記録する。


「サイアス!」


シーレスが叫んだ瞬間、ロイドがコンソールを操作するよりも早く、サイアスのコックピットハッチが、まるで主人を迎え入れるように自律的に、自動で開放された。


「なっ……!? バ、バカな……サイアスが自動でシステムを承認したというのか!?」


驚愕するロイドを置き去りにし、シーレスは迷いなくコクピットのシートへと深く身体を沈めた。


「どうやら……本当にもう、大丈夫のようですな……」


シーレスがシートに収まると同時に、サイアスのハッチが閉鎖され、自動的に起動シークエンスが開始された。


彼女はまず、自分の小型端末「サイフォン」をスロットへとセットする。


モニター上には、夥しい数のチェック項目が高速で明滅していった。その中の一つのアラートが、異質な赤色で不気味に発光する。


【BIO-STATUS: NON-VIRGIN(非処女・同調能力解放)】

【SIGNAL LINK: 100% COMPLETION】

【SIAS: ACTIVATION APPROVED】


(――これが、生娘のままでは無理だということの、証明か……)


続いて、モニターに太いフォントの文字列が浮かび上がった。


『これより、王家の血統を確認する。その証を示せ』


「どうです、シーレス様!?」


「ええ、大丈夫よ。前にお義姉ちゃんに聞いていた通りだわ」


シーレスは自らの首から下げている、王家の紋章が入ったペンダントを取り外すと、コクピットのコンソールに浮き出てきた、ちょうどペンダントが型嵌めできるスロットへと迷いなく押し当てた。


「ここからは、王家の血を引き、泥に身を汚した者の領域よ」


「そのようですな……」


「ここまで案内してくれて感謝するわ、ロイド少尉」


「では、わたしはこれで! シーレス様、ご武運を!」


ロイドが格納庫の退避通路へと離れると同時に、コックピットの内壁が完全に閉鎖され、外の音が遮断された。


【FINAL SYSTEM: INITIALIZING COMPLETE NEURO-SYNCHRONIZATION】


「――っ!」


両手を乗せていたコントロール器具から、一斉に、身体中の神経へと走る生々しい電流のような衝撃が駆け巡る。脳髄、背骨、そして身体の最も深い最奥にいたるまで、完全にサイアスの生体システムに身体を支配されていく。


「くうっ……あ、あう……っ……!」


何とも言えぬ濃厚な、肉体の内側を直接愛撫されるような快感の濁流がシーレスを襲い、彼女は思わずその頬を紅潮させ、激しく息を乱した。


「これが、お義姉ちゃんの遺したシステム……。生娘の精神では、この負荷に耐えきれずに、脳を灼かれて撃墜されるわけね……」


身体中がシステムに侵食されていくような、蕩けるような感覚に陥りながらも、シーレスの琥珀色の眼光は冷酷に前方を射すくめた。


ドォォォン!!


外壁を破る衝撃音が響く。


「何とか、間に合ったみたいね」


サイアスの周囲では、ロイドたちが射出に備えて全力で退避を完了させていた。

 

シーレスの目の前で、カタパルトの射出ハッチにいたるまでの一本の光の道筋が、一直線に開放される。


システムがもたらす快感の余熱にようやく肉体を馴染ませたシーレスは、伏せていた顔を正面へと毅然と向けた。その顔は、他愛のない放課後を楽しんでいた少女の面影を跡形もなく無くした、迷いを捨てた「女の戦士」の眼光だった。


「行くよ、サイアス――!」


(第05話「サイアス起動」おわり / 第06話へ続く)

次回予告


第06話「殺人マシーン」


サレス軍の命運をかけて上空へと飛び立ったシーレスのサイアス。しかし、そこで彼女を待ち受けていたのは、カリス軍の圧倒的な物量と、戦場を平然と血に染めていく銀髪紅瞳の怪物だった。


「ふあはははははっ! ハルスの奴らは皆殺しだ!」


容赦なく民間人を殺戮し、地獄を創り出していくトリスの冷酷な引き金。慟哭するシーレスの前に立ち塞がり、トリスは血に塗れた弟の形見のペンダントを冷酷に突きつける。


「何を言っている! これを見ろ! ――お前たちが先に殺ったんだ!」


「お前も、幻影に惑わされているようだな」


交錯する二人の少女の宿命。「戦争は何も生み出さない」という冷徹な真実の真ん中で、泥に塗れたサイアスが、本物の『殺人マシーン』として牙を剥く――!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。