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第03話「戦争と現実」

挿絵(By みてみん)


特殊戦艦『アイアース』の艦内に無事滑り込んだ五人だったが、張り詰めた糸が切れたような安堵の息を漏らす猶予など、一瞬たりとも与えられなかった。


「戦況のほうは!?」


乗艦するや否や、フェニス・アクウェル中尉の鋭い怒号が格納庫に響く。


オペレーターの若い兵士は、端末を叩く手を震わせながら悲痛な声を返した。


「はっ……! すでに王都セイレスは完全に陥落! シルク様、アレサ様を失った国家中枢は麻痺状態に陥っており、軍部の指揮系統も崩壊しています! ――ただ、一つを除いて……!」


「何だと? どこだ!?」


「はい! ポイント0148――かつて惑星ハルスが存在した位置から、その衛星軌道上に近いポイントです!」


「むむう……。特殊戦艦『アイアース』はいつ発進できる!?」


「そっ、それが、機関の立ち上げに手間取っており、まだ発進までに二時間はかかるかと……!」


「一時間四十五分で発進させろ! このままでは全員ここで干からびて死ぬぞ!」


「はっ……! なんとかしてみます!」


焦燥に駆られる部下を怒鳴り散らしながら、フェニスは冷徹に自らのサイフォンを見つめていた。


(それにしても、こんなところにカリス王家の王子と王女だと? ――間違いない。いくら応急処置のホログラムを使って顔をごまかし、声色を変えていたとしても、特殊訓練を施された軍人であるこの私の目は絶対にごまかせんぞ)


フェニスの目の前にあるモニターには、刻一刻とセレスの絶望的な光景や、破滅のインフォメーションが流れ込み続けている。


「しかし……まずは脱出が先決だな」


フェニスがそう自分に言い聞かせるように呟いた、その時だった。


「フェニス中尉! 敵の機動兵器と思われる未確認機が一機、こちらへ急速に接近してきています!」


「何だと!?」


「この上空を旋回している模様です!」


「……位置を特定されたか?」


「いえ、まだ、確実には。敵はこちらの存在を大まかに把握しているようですが、正確な座標までは絞り込めていないようです!」


「機動兵器だと……。機種は判るか!?」


「タイプ・レガシア! カリス軍の将校が駆る特務機のようです!」


「何だと……!? 奴ら、あんな旧時代の遺物まで発掘して修復していたというのか!?」


「いえ、データリンクの挙動を見る限り、おそらくはコピー(模倣機)かと!」


「うむむ……」


「しかし、このままでは、ここを特定されるのも時間の問題です!」


オペレーターの叫びが響く中、フェニスの視線は格納庫の最奥、冷たい防塵シートに覆われた巨体へと向けられた。


(むうう、この艦にも一機だけ機動兵器が搭載されているが……あれは王家の血を引く者にしか起動すらできない。いったい、どうすれば……)


その瞬間、気圧の抜ける音と共にコントロール・ブリッジのハッチが勢いよく跳ね上がった。


「フェニス中尉! 一体どういうことですか!?」


「これはこれは、シーレス様。いまはご覧の通り臨戦態勢ですぞ。用がないのであれば、どうぞお引き取りを」


「何であの二人の応急処置が終わった途端、監視付きの別室に監禁するんですか!? こんなの、もはやただの捕虜扱いじゃないですか!」


詰め寄るシーレスの血色の良い、しかし憤怒に震える顔を見つめた瞬間、フェニスの細い眼光の奥にドス黒い光が灯った。


(……クク、ちょうどいいところに、うぶな小ウサギさんが自分から罠に飛び込んできたようだな)


「フェニス中尉!!」


「――お前たち、わたしは少し疲れた。指揮能力回復のため、少し休息してくる。後を頼むぞ」


「ははっ!」


「……え?」


シーレスが戸惑う間もなく、フェニスはその細い手首を有無を言わさぬ力で掴み取った。


「シーレス様。少し別室でお話ししましょう」


「フェニス中尉……!?」


抵抗する隙も与えられないまま、シーレスはブリッジから少し離れた、重苦しい静寂が支配する薄暗い部屋へと連れてこられた。


部屋の奥に、無機質な軍の設備には似合わない、贅沢なほど大きなベッドが鎮座している。


ここは艦内でも最高階級のものしか使えない、高級士官の寝室だった。


「どうぞ、お入りください」


「……」


不穏な沈黙に、フェニスは喉の奥で低く笑った。


「くくく……」


「コっ……ここは、あなたの寝室じゃないですか!」


「そうです!」


逃げようとしたシーレスの肩を、フェニスは強引に冷たい隔壁へと押し付けた。


逃げ場を完全に塞がれ、男の放つ男特有の汗と革の匂いが一気に目の前に迫る。


「フェニス中尉! これはいったい、どういうことですか!?」


「ふっ、ふっ、ふっ……」


「フェニス!!」


「ほら、そうやって、いかにも自分は間違っていない、正しいというように言い切る」


「あたしは間違っていません! あなたがおかしいんです!」


「綺麗事で戦争は出来んのですぞ!!」


「――ッ!」


烈しい怒号に、シーレスは息を呑んで言葉を失った。


フェニスの顔が、耳元に触れるほどの距離まで近づいてくる。


「まず、これから始まる国家存亡の危機に際し、圧倒的な人員不足を補うため、怪我をされたお二人を除いた民間人全員には、本日付けで我が軍に入隊してもらいます。――無論、シーレス様。あなたにも、だ」


「なっ……!?」


「あなたご自身、本当は分かっているのでは? その胸元に輝く王家のペンダントが、さっきから不穏に光を放っているのを……」


言われて視線を落とすと、服の隙間からのぞく琥珀色のペンダントが、艦の動力に呼応するように淡く脈動していた。


「ま、まさか……」


「そうです。ここにも、あなたの義姉君が作り上げたサイアスシリーズの、オリジナルに限りなく近い【雛形】が格納されているのです」


「フェニス、貴方は……いったい何を言っているの?」


「聡明なあなたなら解るはずだ。サイアスシリーズはもともと、我が王家の血統が開発に関わったもの。無論、並の軍人でも操縦はできるが、王家の因子を持つ者が乗った時の性能はそれの比ではない。この絶望的な状況下で戦況を打開するためには、あなたがサイアスに乗るしかないでしょう?」


「でも、たしかサイアスに乗って、その真の力を発揮するには……」


「――そうです。汚れを知らぬ『乙女』のままでも操縦すること自体は可能ですが、それではシステムとの神経同調(シンクロ)が未成熟のままになり、十分にその性能を発揮できない。おそらく、今の穢れを知らぬあなたのまま乗ったところで、カリス軍のレガシアにあっさりと撃墜されるのがオチでしょうな」


「ま……まさか、そんな……!」


フェニスはニヤリと唇の端を吊り上げると、怯えるシーレスの耳元へ、その濡れた唇をさらに寄せた。


「そう。そして、さらに――」


その瞬間、シーレスの脳髄を、未知の身の危険を察知する電流のような強烈な戦慄が駆け抜けた。


「シーレス様。いや――シーレス。あの二人をこのままカリスの捕虜として見過ごさず、生かして助けたければ、わたしの『モノ』におなりなさい」


「なっ……!」


「どうします? タイムリミットはあと一時間三十分。これから、あなたの初めてのことを完璧に済ませるのには、最低でも一時間はかかる。さあ、早くお決めなさい」


「……っ……」


ドゴォォォン!!


激しい重低音の振動が、高級士官室の床を大きく揺らした。


「くくく……。どうやらカリス軍にここが特定されるのも、本当に時間の問題のようですなぁ」


「フェニス! あなた言う男は!」


暗転しかける視界の裏で、シーレスの脳裏に、怯えていた幼馴染のユルグやサイル、そして先ほど血を吐いて倒れたユイシスとセリムの兄妹の姿が次々と浮かび上がった。


「さあ、どうしますか? このままみんなで仲良くここで死ぬのか、それとも、生き延びるのか? ――すべては貴女の選択にかかっているのですよ、シーレス」


「あっ……あたしは……っ……」


戦時下の薄暗い高級士官の寝室で、シーレスは自分たちの運命を、そしてその「心と肉体」を大きく分ける絶望的な選択を迫られたのであった。


(第03話「戦争と現実」おわり / 第04話へ続く)

メインヒロインのひとりシーレスが歌う、「シークレットALPHA」のキャラクターソングです


『渇きの残痕(Scar of Gland)』


架空アニメ「シークレットALPHA」 キャラクターソング


歌:シーレス


https://suno.com/s/8xbAP72A9A7XOjov

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