【第二十五話:泥の王国の黄昏 —— 三人の老人と、約束の空】
元和元年(一六一五年)、秋。
江戸・牛込。
武田信玄の娘・見性院の隠宅に、一人の老人が現れた。
周囲の反対を力ずくで押し切り、豪華な装束を脱ぎ捨て、地味な着流しに身をやつしたその姿には、天下を平らげた大御所の威厳など微塵もない。そこにあるのは、かつて山寺で泥をいじり、薬草を煎じていた「小僧の五郎」の影であった。
五郎の目的は、どうしても一目会っておきたかった「あの時の不始末」——四歳になったばかりの幸松であった。
五郎は、小さな幸松の前に立つと、なんとも言えないバツの悪そうな顔をした。大名たちの前で見せる冷徹な眼差しはどこへやら、今の彼は「隠し事を失敗した犯人」のように、気まずそうに視線を泳がせている。
「……あー、お前か。……元気そうだな」
天下の主とは思えぬ、近所のおじいさんのような挨拶に、幸松はきょとんとしている。五郎はあぐらをかくと、誰に聞かせるでもなく、ぽつりぽつりと「謝罪」を始めた。
「……幸松。お前の兄たちはな、私が『私の側室との子だ』と大嘘を吐いて、無理やり徳川の家系図にねじ込んだんだ。……だが、お前の時だけは、どうにも不在の証が作れなくてな。洗濯場には、さすがの私も行かなかったんだ」
それは、幼い幸松には到底理解できぬ、役者としての敗北宣言であった。だが、五郎にとっては、これが精一杯の誠実さであった。
五郎は幸松の小さな頭に手を置いた。
「徳川に入れてやれなくて、すまなかった。……だがな。お前はこれで、私が一生かけて被り続けた『家康』という重い仮面を被らずに済んだ。お前だけは、徳川の毒に染まらず、真っ直ぐに育て」
徳川という名の呪縛から唯一外された幸松。その「自由」こそが、五郎がこの子に与えられる、父としての唯一の愛であった。
牛込を去った五郎は、江戸の雑踏の中にいた。
「元和偃武」が宣言され、戦が終わったという安堵が、街の隅々にまで満ち溢れている。
その中を歩く、三人の老人。
質素な隠居姿の五郎。
深い頭巾で素顔を隠した、背筋の伸びた老僧・天海(三成)。
そして、指先で黒革の紐を弄び、皮肉げな笑みを浮かべる痩せた老人・本多正信。
「……殿、御覧なされ。あそこの飴屋に並ぶ子供たちを。算盤を弾くまでもありませぬ。あの子らの頬の朱色こそが、この国の正解にございます」
天海が、かつての石田三成の面影を残す理知的な声で囁いた。
「ふん、治部殿は相変わらず理屈っぽいの。……ですが殿、私の書いた台本も、ようやく大団円を迎えましたな。これほど長く、退屈せぬ見物席はございませんでしたよ」
正信は、指にかけていた鷹の緒をふっと解き、懐へ仕舞い込んだ。彼が四十年間、徳川の行く末を操るために弄び続けたその紐は、今やその役目を終えていた。
五郎は、二人の言葉に答えず、ただ路地裏から響く子供たちの笑い声に耳を澄ませていた。
泥にまみれ、何に怯えることもなく、明日を疑わずに笑い転げる命の音。
(ああ……ようやく、終わったのだな)
かつて、自分の無力ゆえに救えなかった瀬名。散らせてしまった信康。そして、戦で散った名もなき命たち。
ただ見送ることしかできなかったあの絶望の記憶が、今の平和な景色に重なり、静かに溶けていくのを五郎は感じた。
自分が一生をかけて捧げた「徳川家康」という名の巨大な供養。
それは、歴史の教科書に載る武勲ではなく、今、目の前で笑っている名もなき子供たちの笑顔となって結実していた。
お愛という、魂の還るべき唯一の聖域。
数正が遺した、あまりに重い脚本。
三成と交わした、毒を食らう契約。
正信に踊らされ続けた、長い長い化かし合い。
そのすべてが、この子供たちの「笑い声」という一つの功徳のためにあったのだと。
五郎の背中を覆っていた鉄の鎧のような緊張が、ふっと消えた。
「徳川家康」は、この泰平の景色の中に昇華され、消えていったのである。
数正の独白 —— 信濃の風、迎えの刻
同時刻。信濃、松本の丘。
石川数正は、沈みゆく夕日を眺めながら、不敵に鼻を鳴らした。
「……やれやれ。ようやく、幕を下ろされましたか。不器用な殿だ。あんなに長いこと、一人で泣きながら神仏を演じおって。……本当にお芝居が過ぎますぞ、五郎殿」
数正は、ゆっくりと腰を上げた。生前のあの急き立てるような渇きは、もうない。
「……さて。お愛様を連れて、あの不器用な小僧を迎えに参りますかな。私が手綱を引かねば、あの方は黄泉の路でも迷いかねませぬゆえ」
数正は、白檀の香りが漂う風を背に、ゆっくりと歩き出した。
その歩みは軽く、まるで若き日に、三河の野を殿と二人で歩いたあの頃のように、穏やかであった。
「……参りましょうか。五郎殿。貴方の『本当の名前』を呼びに」




