【第十六話:陽炎(かげろう)のなかの再会と、北国への帰還】
慶長十二年(一六〇七年)。駿府城、奥向き。天下人としての孤独が凝縮されたその居室の前には、阿茶局が微動だにせず控えていた。
そこへ、一人の女が近づいてくる。
阿茶にとって、お万という女性は、一度だけ接したことのある「秀康の母」という記号でしかなかった。お万が城外で過ごしていた長い年月、阿茶は家康の側近として修羅場を潜り抜けてきた。二人に面識はほとんどなく、流れる空気は冷ややかで、どこか余所余所しい。
しかし、越前から遥々やってきたその女の瞳を見て、阿茶は一瞬、言葉を失った。
お万の装いは、驚くほど質素であった。藍鼠色の紬に、飾り気のない帯。それは今の徳川の威光とは無縁の、あまりに古めかしい、けれど清廉な姿だった。
(このお方は……私たちが知る『大御所様』より前の時間を、連れてこられたのか)
阿茶はそれを直感し、何も問わずに、静かに襖を開けた。ここから先は、阿茶ですら入り込めぬ「五郎」の聖域であった。
部屋に入ったお万を、家康は文机に向かい、背を向けたまま迎えた。
「……越前から、よく参ったな。秀康のことは、……誠に、口惜しい」
「はい。あの子らしい、不器用で真っ直ぐな遺言が届きました。父上を……大御所様を、どうかよしなにと。それゆえ、居ても立ってもいられず駆けつけました」
家康の肩が、微かに震える。彼はゆっくりとこちらを振り向いた。その顔には、天下を統べる「徳川家康」としての、冷徹で隙のない、鉄の仮面が張り付いている。
しかし、お万はその瞳をそらさない。彼女が見つめているのは、最高権力者の貌ではなく、かつて別邸の庭で、お愛と共に仕えた「あの頃の主」の姿だ。
「……お万よ。其方まで、わしを憐れむか」
家康の鋭い声。だがお万には分かっていた。それが、最愛の息子を失った悲しみに無理やり蓋をして隠そうとする、一人の男の最後の虚勢であることを。
お万は静かに膝をつき、祈るように家康を見上げた。
「憐れむなど……。ただ、懐かしゅうございます。あの子は、最期まで貴方様を誇りに思っておりました。そして、貴方様もまた……あの子を、愛してくださった」
家康の「仮面」が、ふっと消えた。
眉間の皺が解け、権力者の眼光が、湿り気を帯びた一人の老いた男の瞳へと戻る。
「……お万。わしは、間違えたか。あやつに、酷なことをしたか」
その弱々しい吐露。お万はたまらず、にじり寄った。
城外で、ただ一人息子を想いながら過ごした日々。そして変わらぬ主への忠節。数十年分の想いが、一つの言葉となって溢れ出す。
「いいえ。……いいえ、五郎様」
家康が、弾かれたように顔を上げる。
三成が呼んだ「五郎殿」という名は、五郎にとって、己が偽物であることを忘れぬための、厳しくも尊い「楔」であった。 だが、今、お万の口から漏れたその名は、かつてお愛だけが呼び、今では誰も呼ぶことのない、柔らかで無防備な慈愛を孕んでいた。
三成の「五郎」が共犯者としての絆を確かめる声であったなら、お万の呼ぶ「五郎」は、すべてを許し、魂をあるべき場所へと導く灯火であった。
「五郎様……。貴方様は、よう歩んでこられました。あの子を……家康様の忘れ形見を、徳川の冷徹な後継争いから守るために、あえて突き放し、誰よりも遠くで見守ってくださいました。ここには、家康様はいらっしゃりませぬ。ただ、私が知る……あの別邸の庭で薬草を煎じていた、お優しい五郎様がいらっしゃるだけです」
家康は、何かにすがるように、お万の質素な衣の袖を掴んだ。 かつて兄・家康が愛した女性。けれど、その指先に触れるぬくもりは、兄が確かに生きていた時間の残り香であり、五郎が孤独な天下人の座で守りたかった「家族」そのものであった。
「……五郎、か。……三成に呼ばれるのとは、やはり違うな。其方にそう呼ばれると、わしは自分が背負うている重荷を、ほんの一時でも下ろしてよいのだと思えてしまう」
家康の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。部屋の外で控える阿茶には、その啜り泣きは聞こえない。二人の間には、秀康が繋ぎ直した「かつての時間」が流れていた。
やがて、お万は深々と頭を下げた。
「五郎様。私はこれより、越前へ戻ります。……あの子が愛し、守り抜いたあの地で、髪を下ろそうと存じます」
彼女は「許可」を求めなかった。それは秀康の母として、自らの意志で決めた道。江戸の奥の秩序に組み込まれるのではなく、ただ息子の眠る地で祈り続けるという宣言だった。
五郎もまた、何も言わなかった。
「行くな」とも、「許す」とも言わず、ただ、目の前で三つ指をつく女性の姿を、その目に焼き付けていた。彼には分かっていたのだ。彼女の魂はもう、自分の手の届かない、北の国にある息子の元へ帰っていることを。
お万は立ち上がり、一度も振り返ることなく、音もなく部屋を去っていった。
廊下に出たお万と、阿茶の視線が、一瞬だけ交差する。お万は静かに一礼し、そのまま迷いのない足取りで、駿府を後にした。
その後、お万は家康の正式な許しを待たずして、越前の地で髪を下ろし、長勝院と号した。側室が独断で仏門に入ることは、本来ならば許されぬ不祥事である。しかし、家康はこの件について、生涯不問に付したという。
長勝院は、雪深い越前の地で、亡き秀康の菩提を弔いながらその生涯を終えた。
家康が天下の采配を振るうなか、彼女の祈りだけは、遠く離れた北の国から、あの別邸の風のように、「五郎」の行く末を優しく包み込み続けたのである。




