【第十四話:陽だまりの再会 —— 駿府の風と西の盾】
慶長十二年(一六〇七年)。五郎は、江戸の喧騒を二代将軍・秀忠に任せ、住み慣れた駿府へと隠居した。
駿府は、兄公がかつて今川の元で人質として過ごした苦い記憶の地であると同時に、五郎がお愛と共に過ごした温かな日々の記憶が染み付いた場所でもある。
大御所という隠居の身になったことで、五郎はようやく「徳川家康」という重い鎧を半分脱ぎ捨てることができた。
駿府へ移ってからの五郎の日課は、お愛が眠る墓所を訪れることであった。
白檀の香を焚き、名もなき石碑に向かって、五郎は独りごとのように語りかける。
「……お愛、戻ったぞ。長丸(秀忠)は立派に将軍を務めておる。……お前が心配していたあの子も、今や立派な一国の主だ」
墓前に供えた花が、駿府の柔らかな風に揺れる。返事はない。だが、五郎には確かに、お愛の穏やかな微笑みが風に乗って届くような気がした。この墓参のひとときだけが、五郎を「怪物」から、ただの「五郎」へと還してくれる聖域であった。
駿府の城内、陽の光が燦々と降り注ぐ縁側で、五郎は一人の老僧と向き合っていた。
天海である。
かつて京都の冷たい牢獄で死を待っていた石田三成は、今や「天海」という高僧の名を背負い、堂々と五郎の前に座っている。かつての山寺の影の中ではなく、眩しい陽光の下で言葉を交わせる日が来るとは、数年前には想像もできなかった。
「……駿府の陽光は、人の毒を抜くには少々眩しすぎますな、大旦那様」
天海は茶を啜り、かつての鋭さを知恵へと変えたような、穏やかな笑みを浮かべた。
「治部殿、いや天海殿。貴殿が引いた江戸の図面は、実に見事だ。仕組みという名の『鞘』は、着実にこの国を覆い始めている」
五郎がそう告げると、天海はわずかに目を細めた。
「左様。ですが、鞘が磨かれれば磨かれるほど、中の毒の鋭さが際立つこともございます。……淀殿、そして成長された秀頼公。大坂の灯火は、依然としてこの国を焼き尽くす熱を孕んでおります」
天海の「正論」という名の毒は、依然として健在であった。だが、それは五郎が泰平を完遂するために、最も必要としている言葉でもあった。
五郎と天海が駿府で図面を引く一方で、西国への睨みを利かせている男がいた。
伊勢・桑名。本多平八郎忠勝である。
忠勝は五郎の意を汲み、自ら進んで西の要衝である桑名に封じられた。そこは、大坂の豊臣方、そして西国諸大名が東へ向かう際、必ず通らねばならない「徳川の門」であった。
忠勝は、今もなお愛槍・蜻蛉切を離さず、西の空を見据えている。
「……殿。この忠勝がいる限り、西の波風は一歩たりとも東へは通しませぬ」
忠勝は頻繁に間者(伊賀忍)を放ち、豊臣の細かな動きを五郎に報告し続けていた。彼は「五郎」という真実を守るための最強の盾として、桑名の地に根を張っていた。
桑名の忠勝が西を固め、駿府の五郎と天海が仕組みを練る。
これで徳川の世は盤石と言えるだろうか。それは、誰にも分からなかった。
大坂城で成人した豊臣秀頼は、人々の期待を背負い、かつての太閤を彷彿とさせる威厳を放ち始めている。戦を知らぬ若い世代にとって、豊臣は今なお「栄華の象徴」であり続けていた。
「……しばらくは、穏やかに過ごせるだろうか」
五郎の問いに、天海は答えず、ただ静かに庭の木々を見つめた。
駿府の穏やかな空気の中に、微かに、しかし確実に「戦」の匂いが混じり始めている。
五郎は懐のお愛の香袋をなぞった。
この泰平を本物にするためには、自分はもう一度、史上最も忌まわしい「怪物」にならねばならない。
「……天海。……茶を、もう一服所望する」
五郎は、迫りくる嵐を予感しながらも、今この瞬間に注ぐ陽の光を、愛おしむように目を閉じた。




