【第十三話:虚構の栄華 —— 継がれゆく「嘘」と「血」】
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コメディ寄りのエピソードでございます。お楽しみください。
慶長十年(一六〇五)、江戸城。
将軍職を秀忠(長丸)に譲り、大御所となった五郎は、駿府へ退く準備を進めながらも、息子の治世を注視していた。
五郎の心配をよそに、二代将軍となった秀忠は、意外なまでの政治手腕を発揮し始めていた。父のような戦場での猛々しいカリスマこそないが、実務家としての緻密さと、正信らの意見を謙虚に汲み取る柔軟さは、平時の幕府を固めるには最適の資質であった。
だが、公務における「完璧な将軍」の裏側で、五郎の胃を焼くような私生活の不始末は、相変わらず続いていた。
慶長十年、冬。深夜の江戸城・奥御殿。
「……父上。また、やってしまいました」
忍び足で五郎の寝所に駆け込んできたのは、天下の主・秀忠であった。
五郎は筆を置き、深く、重い溜息をついた。
目の前に座る息子は、武骨な自分とは似ても似つかぬ風貌をしていた。亡きお愛の面影を色濃く継いだ、透き通るような白皙の美男子。その涼やかな目元に見つめられれば、城中の女たちが色めき立つのも無理はない。
だが、その「美しさ」こそが厄介であった。
お愛から譲り受けたのは容姿だけでなく、その「優しすぎる気性」までもであったのだ。困った女を放っておけず、潤んだ瞳で見つめ返されれば、将軍という立場も、恐妻である江の顔も、瞬時に彼方の空へと消えてしまうらしい。
「……秀忠。今度は、どこの誰だ」
「お亀にございます。……また、授かってしまったようで」
五郎は天を仰いだ。
お愛が逝ってから二十余年。五郎はあの一夜を除き、ただの一度もお愛以外の女性と契っていない。だが、世間での「徳川家康」は、数多くの側室を持ち、老いてなお盛んな好色漢として囁かれていた。
その実体は、息子がその「優しさ」ゆえに振り撒いた種を、すべて自分の子として引き受けてきた「偽りの絶倫」であった。
「父上……。江に見つかれば、私は今度こそ生きてはおりますまい。徳川の治世も、夫婦の睦まじさという名の虚構も台無しに……。どうか、今回も『父上の子』として……」
秀忠は、その美しい顔を畳に擦り付けた。
五郎は自嘲気味に笑った。
「……わかっている。お前の不始末を、私の『生涯現役』の武勇伝にしてしまえと言うのだな。……阿茶、手配を」
傍らで控えていた阿茶局が、もはや驚きもせず、事務的な手際で帳面をめくった。
「……承知いたしました。これで、お亀様(相応院)の子・義直、お万様(養珠院)の子・頼宣、そして頼房……。今回のお亀様の新たな懐妊も、大御所様の子として歴史に刻ませます。来年には、可愛らしい御子(市姫)がお産まれになることでしょう」
五郎は遠い目をした。
義直は尾張、頼宣は紀州、頼房は水戸。後に徳川を支える「御三家」と呼ばれる血筋のすべてが、兄・家康の血ではなく、影武者である自分とお愛の血筋で埋め尽くされていく。歴史という名の壮大な嘘が、五郎の「親心」によって塗り固められていく瞬間であった。
「……秀忠。お前は、本当に私の子なのか? それとも、お前の中にだけ、私の知らぬ『本物の家康公』の、あの女好きだった魂が乗り移っているのか」
五郎がポロリとこぼした本音に、秀忠はきょとんとした顔をした。
「……? 父上、何を仰るのです。私は父上にそっくりだと、皆が申しておりますよ」
五郎は、懐にある、もう香りもしないお愛の香袋をそっと撫でた。
(お愛……見てくれ。私とお前の血が、これからこの国を三百年支配する『徳川』になる。私が兄上の名前を盗んだ報いか、それともお前への愛が起こした奇跡か。……どちらにせよ、私は死ぬまで、お前の息子のために『好色の怪物』を演じ通さねばならぬようだ)
「秀忠。江の機嫌を取るために、たまには髪の一本でも梳いてやれ。将軍が妻に怯えて父の寝所に逃げ込むなど、末代までの恥だぞ」
「はっ! かたじけなき幸せにございます!」
意気揚々と去っていく秀忠の背中を見送りながら、五郎は再び、孤独な「神」の座に座り直した。
こうして、徳川の歴史は「偽物」によって完全に塗り替えられた。だがその血筋は、一人の男のあまりに不器用な、そして一途な純愛によって、皮肉にも最も強固に守り抜かれていったのである。




