【第六話:共犯者の戦場 —— 蜻蛉切が見た『理』】
慶長五年(一六〇〇年)九月十五日。関ヶ原。
霧が晴れ、陽光が降り注ぐ中、史上最大の激戦が火を噴いた。だが、その狂騒の只中で、本多平八郎忠勝は言いようのない違和感に襲われていた。
愛槍・蜻蛉切を振るい、敵陣を裂きながらも、忠勝の瞳は戦場の「流れ」を冷徹に捉えていた。
(……何だ、この戦は。何かが、おかしい)
戦場は本来、理屈を超えた泥沼の混沌であるはずだ。だが、今の関ヶ原は違う。あまりに理路整然と、あまりに計画的に、兵たちが死に場所を与えられている。石田三成率いる西軍の動きには、戦う意志を欠いた不可解な「隙」が、算盤の珠を弾くように正確に配置されていた。
「……まるで、最初から終わりの決まった舞ではないか」
忠勝は、後方に座す主君・家康――五郎の方を振り返った。具足を纏い、沈黙を守るその背中に、忠勝は「五郎」が抱き続けてきた、あまりに静かな、そして独善的なまでの慈悲を感じ取った。
忠勝の脳裏に、かつて酒井忠次から託された一帖の冊子が蘇る。
徳川家康を神に仕立て上げるための演出目録、『影向之次第』。
忠次は隠居前に、その最終頁に一節を書き加えていた。
『——数正、あえて殿の素性を記した家譜を豊臣へ持ち去る。それは敵中に共犯者を求めるという、神をも恐れぬ捨て身の博打であった。我、その真意をここに書き留め、後の者に託す』
(……共犯者だと? 数正殿、貴殿は殿をお守りするため大坂へ走ったはずだったが、まだ、何かしかけておったのか)
忠勝は戦塵の中で、ようやくその真実に辿り着いた。数正が盗み出した「五郎の正体」という毒は、豊臣を滅ぼすためのものではなく、秀吉亡き後の世界で「五郎の孤独」を分かち合い、共に泰平の脚本を書くための「招待状」だったのだ。
そして、その招待状を受け取った男が、今、目の前で西軍を指揮している。
石田三成(治部)。
あの潔癖な男が、なぜあのような拙劣な陣を敷き、敗北を引き受けているのか。
その答えは、五郎の「鞘」としての優しさに、三成が己の「理」を捧げたからに他ならない。
「……治部殿。貴殿もまた、あの不器用な殿に絆されたか」
忠勝は自嘲気味に笑った。
徳川の重臣たち誰もが命を懸けて守ってきた「嘘」を、宿敵であるはずの三成が、自らの命を供物にして完成させようとしている。
戦いは西軍の崩壊という形で終焉に向かっていた。島津義弘の軍勢が、死に狂いの突破を図って家康の本陣へ肉薄してくる。
五郎の意を汲んだ忠勝は、声を張り上げた。
「深追いするな! 命を惜しまぬ者に構う必要はない。これ以上の血は、泰平の妨げとなる!」
五郎は、これ以上誰の命も奪いたくなかった。三成との約束は「戦を終わらせること」であり、「皆殺しにすること」ではない。
だが、その五郎の静かな慈悲を、理解できぬ者もいた。
「逃がすなッ! 徳川の武名に泥を塗る不届き者、一兵たりとも生かして帰すな!」
真っ赤な甲冑を血で染めた「赤鬼」井伊直政が、忠勝の制止を振り切り、島津の軍勢へと突っ込んでいった。直政にとって、徳川家康は絶対的な「最強の主君」でなければならなかった。その主君を脅かす者を許せぬという若き苛烈な忠義が、五郎の描いた「優しい台本」を突き破った。
「直政、戻れ!」
忠勝の叫びも虚しく、島津の放った銃弾が、直政の肩を深く抉った。
落馬する直政。戦場に流れる、予定外の血。
五郎は、遠くで崩れ落ちる朱色の影を、ただ見つめていた。
(……済まぬ、万千代。私は、お前が信じるような『強い主君』ではいられぬのだ)
霧が完全に晴れた関ヶ原の野に、五郎の重い吐息が、硝煙の彼方へ消えていった。泰平という名の、あまりに重く、そして血生臭い「正解」が、今、確実な形となって現れようとしていた。




